魅力的なサークル、そうでないサークルも、新入生獲得に走り回っている。
まるでお祭りだ。
こんな状況に目を奪われていると肩に衝撃が走り、顔と服に何かがかかった。
「わりぃ」
どうやらよそ見をしていて、その人が持っているコーヒーを被ってしまったらしい。
シベリアンハスキーをどことなく思い出す顔。
背の高いその男は、ニヤニヤ笑いながら私に侘びとは言えない謝罪をした。
もっと言い方があるのではないだろうか。
ばっちりとメイクをしてきたのに腹が立つ。
しかし、浪人生活で培った女子力(笑)。
その怒りを出来るだけ内に抑え、笑顔で言った。
「ううん、大丈夫。こっちもよそ見してたから」
「なあ、俺、友達まだいないんだよ。一緒に回らない?」
無礼で粗野で周りのことなんかお構いなし。
男って生き物は、どうして人の機微というものを理解できないんだろうか。
まずはこのコーヒーのシミを気にしろ。
具体的には、クリーニング代よこせ。
「え? でも私行くところがあるから……」
「いいじゃん。何かオゴルからさ」
何て言い草だ。
コーヒーをかけられて、さらに何でわざわざこんなチャラチャラした男に付き合わなくちゃいけないのだ。
私は駆け出し、不躾なその男から逃げ出した。
行くところがあるのは本当だ。
一刻も早くコーヒー染みを落としたい。
予備校寮で、自堕落な生活を隣人から教育された。
焦った私は夏休み明けから足掻いた。
田舎なら一流大、高学歴者なら二流大と呼ぶ大学に何とか滑り込めた。
入学、サークル、授業のカリキュラム、試験、バイト、その他もろもろ。
それなりに充実していたし、友達・知り合いも一気に増えた。
夏休みには合宿もある。
一年遅れた緩いキャンパスライフ。
一つを除けば、順風満帆。
あのシベリアンハスキー似のチャラ男が同じサークルにいたのだ。
私からは出来るだけ接触しないようにしていた。
しかし、ヤツは、私のことなど覚えていないのか積極的にこちらに寄ってくることもなかった。
ああ、腹立たしい、腹立たしい。
もっと楽しい話題がある。
当時、サークル内で気になる男の子がいた。
いつでも明るく、爽やかで、誰にでも優しく、嫌味なところがちっともない人だった。
ちょっと身長が低かったが、それ以外は私の理想だった。
私は夏の合宿である計画を立てていた。
鳴かぬなら 鳴いてみせよう ホトトギス
まあ、つまり、告白ってことなんだけど……。
日本一高い山の近くにあるロッジ郡がその合宿所だった。
二泊三日の合宿。
ターゲットくんには最終日に告白するつもりだ。
それまでターゲットくんとの関係をもっと親密にする……予定。
このバーベキューはその予定の布石の一つだ、ふっふっふ。
ところが、いきなり当てが外れた。
ターゲットくんは男におモテになるようです。
先輩や同期の男達に囲まれて近づけなかった。
私は一人ふて腐れて、やけ酒をしていた。
「お前さあ、ターゲットに構ってもらえないからって、イジケてんなよ」
何だとっ!?
動揺した私は返答に一拍遅れた
声の方向を見上げると、シベリアンハスキー似のあのチャラ男がいた。
「え? な、何のこと? そんなんじゃないよ!」
「そのリアクションだけで十分だ。おい、協力してやろうか?」
「……うん」
うっそ、コイツもしかして良いヤツなの?
ごめんね、シベリアン。
図体と態度のデカイ、お馬鹿なチャラ男だと思ってた。
「おーい。ターゲット! こっちでビール飲もうぜ!」
……はあ。
男ってヤツは何でこんなに直線的なんだ。
色々文句はあったが、三人でプチ飲み会を開いた。
シベリアンの話は面白く、手を叩いて笑った。
人生経験が豊富で色々な人と交流があるらしい。
一浪した私より更に一つ年上だということもそのとき初めて知った。
さりげなく、私とターゲットくんの距離を近づけてもくれた。
性格は悪そうだったが、性根は悪くないし、見てくれも悪くない。
何だかんだで楽しく過ごし、バーベキューは終わった。
事件は肝試しで起きた。
山道を歩き最終地点の廃村にあるお札を取って来る、というものだ。
お札は既に仕掛け人が用意しておいた偽物で、使い古された肝試しルールだ。
だが、陳腐だろうが何だろうが、実際の夜の山道は怖い。
懐中電灯が照らすところ以外は闇夜に溶け込み、注意力が著しく限定される。
そんな中、偽物とはいえお札を探すなんていうのは恐怖以外の何物でもない。
私たちは先ほどの三人グループで行くことになった。
ターゲットくん、シベリアン、そして私。
ターゲットくんの左隣にはもちろん私がいた。
シベリアン様々だ。
だけどね、君の役目はもう終わったのだ。
出来れば二人が良かったのに。
ビクビクしながら山道を歩く。
一向に廃村らしきものは見えない。
ターゲットくんは不安そうだ。
シベリアンは何がそんなにおかしいのか、ニヤニヤしていた。
「なあ。ちょっと気になることがあんだけど」
急に声を出すから、私達はビクリと肩を震わせた。
シベリアンは誰も許可していないのに話を続ける。
「俺たち、道、間違えてないか」
薄々そんな気はしていた。
怖くて言い出せなかっただけだ。
私たちは携帯の電波も届かない山道で、迷った。
「そうかもね。まあ、そんなに深刻になるなよ。今来た道を戻ればいいよ」
地図を開きながらターゲットくんは優しく言う。
さすがターゲットくん。
頼りになる。
今来た道を戻れば良いだけ、そのはず。
暗闇の中の山道は方向が認識し辛い。
私たちはさながら、もがけばもがくほど落ちていくアリジゴクの中のアリ。
完全に道に迷ってしまった。
自分達がどこにいるのかも分からない。
一番焦っているのは地図を持つターゲットくんだ。
「多分、こっち」
何度目かも分からないそのセリフを言い、ずんずん前に進んでいくターゲットくん。
私は後ろについて行ったが徐々に更なる不安に包まれる。
シベリアンはまだニヤニヤしていた。
「あった!」
ターゲットくんの嬉しそうな声を聞き、私たちもターゲットくんの近くに行く。
彼の指差すところには廃村があった。
入り口には薄汚れたクルマが置かれ、それが何とも寂しい雰囲気に拍車をかけた。
私たちは廃村の中に入り色々物色した。
ほとんどの家には何も手がかりになるものはなく、不安を煽っただけだった。
目的のお札も見つからない。
私たちは協議の末、次に来るであろうサークルのメンバーを待つことにした。
廃村を一望できる広場にて焚き火をし始めた。
言い出したのはシベリアンだ。
勝手に焚き火をしていいかどうか分からない。
だけど私たちは次に行動する何かが欲しかった。
「来た!」
しばらく焚き火に当たりながら待機をしていた。
ターゲットくんが嬉しそうな声を出す。
私たちを置いてその人物に向かって駆け出した。
「ようやく遭難から救助されたな」
「遭難って、そうなん?」
「何言ってんだ。くだらねえよ、わはは」
「逃げろ!!」
私たちの緩い態度とは正反対の表情でターゲットくんが一目散に駆けてきた。
不安になった私はターゲットくんに優しく問い質す。
「どうしたの? 怒られちゃった?」
「来ないんなら勝手にしろ!」
ターゲットくんはそう怒鳴り私の身をすくませた。
一体どうしたのだ。
わけも分からずに民家の陰に隠れた。
先ほどの人影は私たちを探しているかのように、ウロウロ彷徨っている。
シベリアンはニヤニヤ笑いながらターゲットくんに小声で質問した。
「おい、何だ? 何ビビってんだよ。あれ誰だったんだ?」
シベリアンはウロウロしている人物を指差す。
「人間じゃないって、絶対」
ターゲットくんは見たことがないぐらい狼狽していて、しきりに頭を掻いていた。
やばいやばい、と口の中でブツブツ呟いている。
私たちはその人物を見ようと身を乗り出す。
すぐにターゲットくんがそれを制する。
いや制するという感じではなく、無理矢理押さえ込む。
「痛いよ、何なの?」
「黙って。マジで見つかったらヤバイ、ヤバイってマジで」
マジで、と、ヤバイしか言わないオーディオと化したターゲットくん。
埒が明かない。
その人影は廃村を見渡せる広場でウロウロしている。
かといって隠れ続けることで、現状を打破出来るわけがない。
せめて何から隠れているのか知りたい。
シベリアンがターゲットくんを押さえつけている間、私はその人影を観察する。
ターゲットくんはヤメロヤメロと小声で叫びながら暴れていた。
だが、シベリアンの腕の中から抜け出せないでいた。
暗くて良く見えない。
人影は焚き火におっかなびっくりちょっかいを出していた。
その時、薪がバチリと爆ぜた。
人影はビクリと体を震わせる。
そして焚き火の明かりが、その顔を露にした。
虫?
ボロ布なのか、布状の何かを纏った大きな虫の姿がそこにあった。
「何だありゃ、カマキリみたいな顔して」
現状からずれたシベリアンの声が響く。
アンタはもうちょっと焦っていいよ。
ターゲットくんは奥でブルブル震えている。
叫ぶのを必死に我慢して口を押さえている。
私も似たようなものだったが、いつシベリアンがあの人影をおちょくり出すのかビクビクしていたせいで、少し冷静だった。
人が怖がっているのを見ると怖さが半減する、そんな言葉を聞いたことがある。
だけど、私はふざけている人間がいても怖さが半減することを知った。
カマキリ、カマキリねえ、とシベリアンはニヤニヤしながら呟いた。
「おい、良い事思いついた。あのカマキリ倒しちまおうぜ」
何てことを言い出すんだ、この犬顔。
「ふざけんなよ! そんなことお前らだけでやれ! 俺は絶対ここを動かないぞ!」
ターゲットくんは頑なに拒み、更に奥に引っ込んだ。
お前らって酷いなあ、私はやらないよそんなこと。
「んじゃ、ユウと俺で倒してくるわ。大人しくしてろよ? ユウ。俺と付き合え」
私は全身で否定したが、シベリアンは人語を解さないらしい。
ズルズルと表に連れ出された。
「あれが何なのかは良く分からんが、ドデカイ虫っていうのは分かる。まあ、虫顔の人間だったら事情を話して道を教えて貰おうぜ」
武器になりそうな物を探している男の言うセリフじゃない。
おお、こいつは使えそうだ、と嬉しそうに物騒な意味を含む言葉を言う。
長い棒切れに先端の尖ったナタを括り付ける。
私が不安を口にする。
それを聞いたシベリアンは、まあまあ良いことを教えてやるよ、と言い、続けた。
「小学生の時は虫ハカセの異名を持つ男だったんだ、俺。だから安心しろ」
ニヤニヤ笑いながらちっとも安心できないことを言った。
「すみませーん」
どこまで行っても軽いこの男は、あろうことか巨大カマキリにフランクに話しかけた。
焚き火に気を取られているのかカマキリはこっちを向かない。
「虫だけに無視ってか」
どうでも良い駄洒落を言い、持っていたお手製の槍でカマキリの背中を小突く。
その瞬間、ガン、という硬い音を響かせ槍が右にぶれた。
振り返ったカマキリは、とんでもなく薄気味悪い体をしていた。
布きれだと思っていた物は布きれではなく何かの皮のようだった。
毛がある部分もあれば、のっぺりとした部分もある。
だが五本の指のある腕もある。
その腕を中途半端に万歳をするように胸の前で掲げている。
体は細く腹だけが膨れていた。
逆三角形の頭は本当にカマキリのそれだった。
全体的に茶色いその化物は、明らかに人間には見えなかった。
「オタク、日本語、ワカル?」
シベリアンはこの場に至ってまだあざ笑うかのような態度を崩さない。
ニヤニヤと笑いながら槍を構え、そう質問した。
化物はニャチニャチと音を立て口を動かす。
私の田舎でパックンチョと呼ばれていた、ある折り紙の折り方を思い出した。
四方向に口が開くあれだ。
幼稚園児など初心者用の折り紙遊びの定番。
私は昔ヒマがあればそれを作って遊んでいた。
それを百倍グロテスクにして、ヒダヒダとキバを付けたらあんな風になるんだろう。
口と呼ぶのも憚る口を動かし、私たちを観察するように逆三角形の頭が乗った首をクリッと動かした。
「あーあ。間違いなく人間じゃねえなこれは」
シベリアンはそう言うと、躊躇なく槍の先端をカマキリの腹に埋め込んだ。
目にも止まらぬ速さとはこのことを言うんだろう。
カマキリは刺さった槍を体をひねって抜いた。
同時に、腕だと思っていたモノが内部から裂け、その内部から出てきたモノを構えた。
中途半端に開いた二つ折りナイフのような形のカギ爪だ。
言葉で言うと伝わり辛いがカマキリはやはり鎌を持っていた。
シベリアンも、抜かれた槍を構えたまま動かない。
こう着状態になった私たちは身動きが取れない。
冗談のように大きいそのカマキリは、鎌を構えたまま動かない。
バチリ。
近くにある焚き火がまたも爆ぜる。
カマキリはその音にビクリとし、焚き火の方向に首を向ける。
その瞬間を待ってました、と言わんばかりにシベリアンが再度腹、そして足に槍を刺し込む。
いやいやをするようにカマキリは暴れたが、シベリアンは怒涛のごとく槍を突き出す。
暴れた拍子に倒れこんだカマキリに、槍を思い切り刺し込み地面に縫い付けた。
そして叫んだ。
「逃げるぞっ!!」
私の腕を握り締めシベリアンは駆け出した。
私は目まぐるしく起きた目の前の状況に判断が遅れる。
シベリアンとともに走り出し、民家の中に逃げ込み、ようやく言葉を発することが出来た。
「もう少しで勝てそうだったのに。何でトドメを刺さなかったの!?」
「おいおい。お前はホントに女の子か? いや、あんなんじゃとても倒せそうもねえ」
虫には痛点がねえんだ。
痛がっているように見えても攻撃をされたっていう単なる反射だ、多分。
ダメージはあるかも知れねえがアイツの動き見ただろ?
悠長に攻撃してたら、こっちの首が飛ぶ。
隙がなかったらとてもじゃないが逃げ出せなかった。
そんなことをニヤニヤと笑いながら喋った。
余裕があるのかないのか。
分からない男だ。
「ねえ。今の内に逃げ出せるんじゃない?」
ターゲットくんがいるところまで静かに移動して、再度会議を開いた。
「ダメだ。足止めするぞ」
「何でだよ! アイツあの場所から動こうとしないじゃないか!」
「虫は明かりに引き寄せられる。もうすぐ焚き火も消える。消えたら俺達を探すよ、多分」
「だからだろ! 今の内に村を逃げ出せばいいじゃないか!」
「……村を出るだけなら多分出来る。だが、ほとんど視界がない山道でアイツの動きから全員で逃げ出せる可能性が低い。村の中と違って山道は音を立てずに歩くのが難しいからだ。それともターゲット、お前が囮になってくれるのか? 一人がエサになれば確かに逃げきれるかもしれないからな」
わはは、と軽い調子で恐ろしい冗談を言うシベリアン。
そうだ。
これはゲームじゃないのだ。
決まったフィールドから逃げ出せたからといって、追いかけてこない保証はない。
「ってことで俺に考えがある」
シベリアンはその考えを話し始めた。
必要なのはホースと工具と瓶だな、そう言って話を締め切った。
村の入り口まで出来るだけ物音を立てず、歩いては止まり、歩いては止まりながら細心の注意を払い目的地に到着した。
目的地は村の入り口にある薄汚れたクルマだ。
クルマのガソリンの蓋を抉じ開け、中からガソリンをホースで吸いだす。
気化してしまったのか燃料はほとんど入っていなかった。
だけど、一瓶ほどの量は取り出すことが出来た。
ガソリンで湿らせた服を千切り蓋にする。
火炎瓶の出来上がりだ。
一発で成功させなければならない。
シベリアンがゆっくりとカマキリに近づいていく。
遠巻きに私達もその様子を伺う。
シベリアンが何かを叫び、瓶を投げつけた。
瓶は思ったよりも固かった。
もしくはカマキリが思ったよりも柔らかかったのか。
カマキリに当たりはしたが、割れずにバウンドした。
火炎瓶はシベリアンの位置を教えただけだった。
シベリアンが私達とは逆方向に走る。
カマキリはそれを追った。
ターゲットくんは村から飛び出て一目散に逃げ出した。
私はシベリアンが心配だった。
消えかけた焚き火のところまで戻り、火炎瓶を持ち、後を追いかけた。
カマキリとシベリアンはまたも対峙していた。
今度は槍ではなく物干し竿で応戦しているが明らかに負け戦だ。
一振りで竹製の物干し竿は長さが半分になった。
カマキリが私に気付いたのか、こちらに体を向ける。
私に気付いたシベリアンは、逃げろ! と叫んだ。
だが、その時には目の前にカマキリが迫っていた。
倒れこみ、火炎瓶が手から離れる。
私を守るようにカマキリの前に飛び出すシベリアン。
火炎瓶を拾い、蓋を投げ捨てる。
シベリアンはブーツを脱ぎ、その中にガソリンをいれ、カマキリに投げつけた。
ガソリンまみれになったカマキリは怯まず、攻撃をしようとのしかかろうとする。
私はその辺に転がる石を投げつけるが効果はない。
再び物干し竿を拾い上げたシベリアンがカマキリの頭にそれを叩きつけた。
カマキリはその衝撃で倒れこんだ。
黄色がかった白い腹、昆虫の証である四本の足と一対の鎌がギチギチと音を立て暴れまわっている。
おぞましい。
逃げろ! と再び叫ぶシベリアン。
私は走り出した。
シベリアンはニヤニヤと笑いながら、起き上がろうとするカマキリに向かって言った。
「これ貰い物なんだよ。気に入ってたんだけど、お前にやるよ」
そう言って、高級そうなライターに火をつけ、カマキリに放り投げた。
カマキリは火から逃れるようにしばらくもがいていたが、やがて大人しくなった。
ギリギリと関節が爆ぜる音が聞こえる。
ようやく決着したことに心から安堵する。
その場にへたり込み泣いていると、シベリアンがニヤニヤ笑いながら私の下に来た。
「やっぱり女の子だな、ユウ」
いつまでも憎まれ口を叩くシベリアンだったが、その憎まれ口が快く聞こえた。
情けないことにそのまま腰を抜かしてしまい、彼におぶわれ山道を下った。
彼の体は温かく、広い背中は心地よかった。
遂に大きな道路に出て見覚えのある道も見えてきた。
「アイツ、別に悪いことしてないよな」
「だって私達を食べようとしたじゃない。しかも最初に攻撃したのアナタよ?」
「まあそうなんだけど。あそこまですることなかったかなあって」
ニヤニヤ笑いながら言う割には後悔しているようだった。
片方のブーツを履いていないシベリアン。
靴下は山道に削られ、ペラペラとその残骸を残すのみ。
彼の足には小指がなかった。
私がそれに気づいたのを見たシベリアンはこう言った。
「昔、ちょっとな」
悲しそうに優しく微笑んだ。
合宿所に戻ると、ターゲットくんが泣きながら何かを懇願していた。
サークル長はとまどっているように見える。
元々の目的地の廃村とは違う場所だったらしい。
どうりでお札なんか一枚も見つからないはずだ。
私達の姿を確認すると、彼は一層泣き出した。
「お邪魔虫は風呂でも入りますか。じゃあ頑張れよ、ユウ」
シベリアンはそう笑って言いながら血の出た足を引きずり、その場を後にした。
私をおぶって山道を歩いたせいだ。
文句の一つでも言えばいいのに。
この、カッコつけの大馬鹿やろう……。
後日談になる。
これ以降の話は聞かなくてもいい。
事件とは何の関係もない。
合宿最終日。
私は覚悟を決めていた。
鳴かぬなら 鳴いてみせよう ホトトギス
「私と、付き合ってくださいっ!」
初めての告白。
心底好きになった相手。
長々と考えていたセリフは一行にまとめられる。
好きになってしまった。
気持ちを隠すのが出来なくなってしまった。
その言葉を聞いた相手は驚いた顔をしていた。
いつもの顔は微塵もない。
「ね、聞いてるの?」
「おぉ!? 俺? な、な、なんでっ!?」
「うるさいなぁ。私だって女の子なのよ、タク」
初めて名前で呼んだ。
シベリアン、いや、タクは心底驚いていた。
ニヤニヤ笑いながらではなく驚愕の表情を見せる。
何だ、そんな顔も出来るんじゃない。
顔だけは良いんだよな、コイツ。
「俺に惚れると、や、火傷するぜ」
つっかえて言いながら、タクは笑った。
ちっとも格好の良くない返事。
それがタクには妙にしっくりきた。
怖い話投稿:ホラーテラー そうめんさん
作者怖話