夕方から降り始めた雪は夜半になって小降りになったものの、もうかなり積もっていた。
たとえ繁華街であっても、雪国の夜は暗い。
街を歩く人の数も、多くはない。
貴方の姿を見つけたのは、そんなときだった。
暖かそうなコートを肩にはおり、その下に見える漆黒のスーツがとても男らしい。
金色に輝く髪をなびかせ、道行く人に声をかけながら歩くその姿。
長髪のせいで顔は見えにくいが、私の目に狂いはない。
私は、貴方の後を追った。
あれは、貴方だ。
ずっと捜していた、私の理想の人・・・運命の男性・・・
今まで、何人も間違えたけれど、今度こそ間違いない。
脇道に折れた貴方を追って、私も足早に脇道に入った。
貴方のすぐ後ろまで近づいたとき、私は思いきって声をかけた。
「・・・あの・・・」
貴方が振り向いた。
「さっきから俺についてきてるけど、なんか用?」
貴方は言った。
声をかけてはみたものの、私は次の言葉が言えないでいた。
貴方に会えたことの、喜びと緊張がそうさせているのだ。
男性とは思えないくらい美しくて、でも凛々しくて、誠実な、貴方。
私を見る貴方の口元が、ふっとゆるんだ。
「ああ・・・それとも、遊びたいのかな? 俺と?」
遊ぶ・・・?
「ハハハ、なんだ、そうか・・・けど俺は直はやってないし、ここじゃなんだから店においでよ。値段は1時間でこんなもんだけど?」
貴方は腕を上げ、指を3本出した。
「あの、それって、どういう・・・」
私は、ようやくそれだけを言った。
貴方の言葉の意味が分からなかった。
「なんだよぉ、客じゃねぇのかぁ? だったらちんたら追っかけ回すのやめてくんないかな。
こっちも商売なもんでね。お前みたいな田舎くさいキモブスババァの相手してる暇ないし。」
「どうして・・・そんなことを貴方のような人が言うの・・・」
「何わけわかんないこと言ってんだ?。あんた、頭おっかしいんじゃないの?マ○○ス臭いババァは、さっさと家帰って、あそこのくもの巣払いでもしてろや!」
貴方は嘲笑った。
やっと気づいた。
私はまた間違えてしまったらしい。
また、改めて貴方を捜さなければならない。
でも、その前に、貴方と偽って私をだまそうとした、この薄汚い生き物をなんとかしなければ。
私はポケットから手を出した。
薄汚い男と思われる生き物は、私の持っている物に目をやって、言った。
「何だよ、その金づち。何しようってんだよ」
「これは『ゲンノウ』と言います」
私は目の前の男の間違いを正してやった。
「あ・・・あ、あ」
男が突然奇妙な声を上げた。
「こ、このあたりで人を殴り殺して回ってる殺人鬼って、まさか・・・あんた・・・」
ごすっ
ごすっ
ごすっ
ごすっ
ごすっ
ごすっ
ごすっ
ごすっ
ごすっ
私の大切なゲンノウが、またベタベタになってしまった。
足元の男を見下ろし、私は不思議に思っていた。
・・・どうしてこんな男を、貴方と間違えたんだろう?
だって、全然似ていないじゃない。
貴方は、こんな風に眼球が飛び出したりしていないし。
貴方は、こんな風に顔がデコボコじゃないし。
貴方は、こんな風に頭が割れて何かがはみ出したりしていないし。
私はため息をついて、大切なゲンノウをポケットに収めた。
・・・どこに行けば・・・いつになれば貴方に会えるのだろう。
私はとぼとぼと脇道を出た。
脇道から出た私の目の前を、何かが横切った。
貴方だ!
あの後ろ姿。間違いない。
私は、貴方の後を追って行った。
雪が、また激しく降り始めた。
怖い話投稿:ホラーテラー 彩子さん
作者怖話