子供の頃、理由もはっきりしないのに「あそこはヤバいぞ!近付くな!!」って
場所無かった? 俺の地元にはあったんだよね。
川沿いにあるちょっとした林だったんだけどさ、「地獄の森」って呼ばれてた。
小学生の頃は結構有名でさ、白い服着た白髪の老婆が住んでいて、近付いたら
捕まって喰われるとか言われてた。
そんな場所がある事もすっかり忘れてた頃。
俺の地元、工場ばっかりでさ。東京のすぐ側なのに電車も通ってないような
閉塞感たっぷりな、不便で娯楽のないとこだったよ。
その頃毎晩夜遊びしててさ、兄貴が置いてった単車乗り回してた。
別に遊ぶような所もなかったし、当時はそれが一番楽しかったんだよね。
夏休みに入ったばっかりだった。
その晩も単車二台(一台は原チャリね)で徘徊してた。その時いたのはA、B、俺の三人。
最悪な事にその晩は運悪く地元の族に見つかっちゃってさ、追っかけてきたのよ。
クソガキが夜中にノーヘルで単車乗ってたからなぁ。向こうは確か二人だったと思う。
こっちだって単車だけど覚えたてだからね。 逃げても逃げても振り切れ無かった。
川沿いに出たとこで前を走ってたAが原チャリを捨てて土手に向かって走り出したのね。
A「走って逃げんぞ!」
確かにこのまま単車で逃げてても捕まるのは時間の問題だったし、Aは俺達の中でも
喧嘩が強くてリーダーみたいな位置付けだったから俺とBも続いたんだ。
(土手は草むらが多くて砂利道だったから確かに足で走った方が速かったしね)
後ろから怒号が聞こえてきたけど振り向く余裕も無いくらいテンパってた。
とにかく焦って鍵抜くのに手間取った。
土手を全力疾走していると森が目の前に見えてきた。いざ森に逃げ込もうとしたら
高いフェンスで囲まれていてよじ登るしか無かった。 族が単車をおりて森の中まで
追ってくる気配はなかったけど、まだ排気音が近くに聞こえてた。
捕まりたくない一心から俺達は外から見えないように奥へと進んで行ったんだ。
どんどんと森を進んでいくと段々と静かになってきた。
少し遠くで独特の排気音が聞こえてやっと逃げられたと溜め息が出た。
落ち着いて来て、暫く止まって本当にもう追ってくる気配がないか聞き耳立ててた。
夏の夜更け、辺りは虫の鳴き声だけが澄んだ音色で響いてた。
夏の夜とは思えないくらいひんやりしてたな。 どっちかと言えば寒いくらい。
結構時間が経ったし、俺達は安堵の気持ちから、見た目には全く似合っていない
煙草を吸いながらヒソヒソと「お前ビビってたろ?」とか「っつーか族こえー」とか
さっきまでの状況を笑い話にして盛り上がってた。
暫く話してるとふと思い出したようにBが言ったんだ。
B「そーいやここってさ、地獄の森じゃね?」
俺「あれ? お前知ってんの?」
B「小学校の頃有名だったじゃんよ。昔若い女の姉妹がここで殺されたんだろ?」
A「は?なにそれ?ちげーよ!呪いの森だっつーの。四百年前の怨霊がいて、
憑かれたら死んだ方がマシってくらい追い込まれんだよ」
B俺「なんだそれ?そっちの方が嘘くせえって。何だよ四百年前の怨霊ってよ」
俺「っつかお前(B)も違うわ!ここには白い服着た白髪のババアが住んでて
捕まったら喰われるって話だっての!」
俺の地元、小学校が地域毎に五つあるんだけど、皆違う学校出身だったのね。
俺としては、他の学校でも同じような噂があったんだって感じだった。
むしろこんなに狭い町なのに呼び方とか噂の中身が違うのが面白かった。
そんな他愛もない話しをしてる内にそろそろ行くかって事になった。
寒かったし、随分経ったからもう平気だろって感じでさ。
ここで俺達は自分達がどっちから来たか完璧に分からなくなった事に気付いた。
逃げてた時は相当テンパってたからなぁ。
まぁ大して大きい森って訳でもねーし何とかなんべって事で歩き出したんだけど
一向に出口に着かなかった。 今みたいに携帯なんかない時代だったし、何より疲れも
あったせいかどんどん不安になっていった。
一番悪かったのはここが「地獄の森」だって事を意識してる事だった。
夜中に時間も道も分からん中で道に森の中で迷って噂まで思い出したってなると
意識するなって方が無理だった。三人とも、次第に口数は減り落ち着かなくなってきたんだ。
どのくらい経った頃だろ?先の方が少しだけ明るくなった。やっと出られると思ったけど
単に月明かりが差し込んでるだけだった。
でもおかしいんだよな…。うん、おかしいんだ。
確かに「森」ではあったけど見上げればどこからだって空は見えた。
木があるせいで月明かりが射し込みにくい場所もあるかもしれないけど、他よりも
明るいって事はあり得ないと今でも思うんだよな。何かがそう見せてたとしか思えない。
とにかく当時を振り返るとそう見えた訳で、理由をここで考えても
仕方がないので話を進める。
ほんの少し明るいその場所に出ると、そこだけは木が生えていなくて、広さでいったら
多分公園の砂場くらいの広間(?)だった。そこ以外の場所は無造作に木が生えてたし地面も
でこぼこだったのに、まるで誰かが意図的に木を抜いて地面を均して、
わざわざそうしたって感じだった。
俺達から見て少しだけ奥の方は地面が少し盛り上がっていて、その上には古びているけど
しっかりと作り込まれた木造の祭壇みたいな小屋があった。祭壇みたいな小屋って例えが
正しいのか正直分からない。寺のミニチュア版みたいな感じでひどく手の込んだ
「社」だったんだと思う。(表現力無くて申し訳ない)
大きさは確か物置小屋くらいだったんじゃないかな…高さは結構低くて少し屈まないと
中が見えなかった。 突然目の前に現れた「社」は月明かりに照らされて、
静かに佇んでいたけど、その静けさが逆に怖いような、その場にあるのがこれ以上
無いほど相応しいような…かなり威容のある存在感を放っていた。
それはもう俺達に言葉を無くさせるには充分だった。
お互いに顔を見合せては首をかしげたり横に振って知らないという事を確認しあった。
暫く近付きも離れもせずに下から覗き込んだり周りを回ったりして様子を伺っていた。
中で何かがチラチラ光っていた。立つ場所と覗き込む角度で見えたり見えなかったりした。
…気になるんだよな…。
こういう時に限って見なきゃいいのに確かめたくなるんだよ。
(何故か)忍び足で社に近付き中を伺うとますます訳の分からない状態が目に飛び込んできた。
お面が飾ってあった。向かい合わせて物凄い古そうな鏡が置かれてる。 光って見えたのは
隙間から射し込む月明かりが鏡に反射していたからだった。
誰がどうみても異様だった。何でこんな所にこんな社があるのか、何で中身が
鏡と向かい合わせのお面なのか。普通、こういう社って神様とか祀られてるんじゃないのか?
頭の中で疑問が溢れてきたけど、中坊だった俺達には全く想像も出来なかった。
俺達からはお面は横に見えていた。どんな表情のお面だったのか分からなかったが
見えなかった方が良かった。 横顔からだけでもそれが見たことのないモノだって予想できたし、
多分正面から見たらやばかったんだ。
能面とか狐面、般若の面とかすぐに想像出来るだろ?不気味だけど整ってるよな?
俺達が見たお面は多分滅茶苦茶な造詣だったんだと思う。横顔だけでも歪な形をしていたように
見えたし、月明かりにほの暗く照らされて…うまく表現出来ない事が自分でも歯痒い。
…とにかく正面から見なくて良かったと思ってる。
俺「何かヤバいだろこれ。早く帰ろうぜ」
AB「…」
俺「おい」
A「あ、あぁ悪い。ぼーっとしてたわ。行こう」
俺「とにかくここ離れようぜ。なんかやだよココ」
A「B、行くぞ」
B「…分かった」
怪しい光景と心の中の恐怖心から逃げるように、また忍び足で後退りをしながら森に戻った。
暫くすると、俺達は無言で小走りになっていた。 ただ、俺の横にはAしかいなかったんだ。
後ろを振り返るとBが立ち止まってウロウロしている。何か迷っているみたいに見えた。
A「お前何やってんだよ!早く来いよ!!」
苛ついたAが少し大きめの声でBを呼んだ。
B「いや、ちょっと…」
A「いいから来い!」
俺「お前置いてくぞ?」
B「あー、じゃ先に行っててよ」
急にBが残ると言い出して、Aがますます苛ついた。
A「は!?意味わかんねぇ。っつーか何なの?」
B「お前こそなんだよ?だから先に行ってろって!いちいちガタガタ言ってんなよ!」
A「なにお前?殺されてぇの?」
俺「っつーかいい加減にしとけよお前?」
急変したBの態度に理由の分からないムカつきを感じた。
B「あーもういいや。悪かったからさ。もうほっとけよ」
そう言うとBはまた奥へよ走って行ってしまった。
Aは唾を吐き捨てながら「ほっとけよ!まじアイツうぜぇ」と苛立ちを言葉にした。
俺「まぁそうかもしんねぇけどよ。まずいだろ。連れてこようぜ」
確かにBの言動は意味不明だったけど、だからと言ってそのままにしておくわけにもいかない。
それにAはなんだかんだ言ったって良い奴だったからBが心配だったんだろう。
渋々な態度だったけど結局一緒にBの後を追った。
少し小走りに戻るとBが例の社の前で屈んでいた。
何でBが急にあんな事を言い出したのか知りたかったからなのか、どちらからともなく
俺とAは木の影から様子を伺ったんだ。 Bはどうも社の中を覗き込んでいるようだった。
他の事は気にならないって感じでますます様子がおかしかった。
ゆっくりとBが社の中に手を突っ込もうとした。
俺とAは何故か慌てて飛び出しBの体を押さえ付けて強引に引き離した。
AなんてBのTシャツの首を掴んで引っ張ったもんだからビリビリに破けてたよ。
それでもBはまだ手を伸ばしていた。さっきBが一人残ると言い出した時とはさらに様子が
違っていて、Bは俺達に目も合わせずただただ社の中に手入れようとしていた。
多分…どっちかを取ろうとしたんだろな。
単に怖かっただけかもしれない…ひょっとしたら嫌な予感がしたのかも…。
とにかく俺もAも社の中にだけは手を出したらまずいと感じてたんだ。
B「何で邪魔すんだよぉ!!」
子供が駄々を捏ねるような言葉を繰り返しながら、俺とAを振りほどこうとBはもがいた。
Bを殴り髪を掴んで力づくで引きずり倒した。
馬乗りになって押さえ付けるといつものBに戻っていた。
B「いってーな!急に何すんだよ?」
俺もAもその場で力が抜けたよ。
A「おい…お前大丈夫か?」
B「っつーか重てーんだよ!」
俺は暫くどかなかった。 まだ疑ってたからね。
俺とAはBに質問を繰り返したんだ。「何でわざわざ戻った?」とか
「自分が何してたか分かってんのか?」とかね。どっちかって言うと理解して安心かった。
ただBは訳分からないって感じで話が噛み合わなかったしあんまり覚えていないようだった。
一向に話は噛み合なかったけど、Bは元に戻っているように見えた。
とりあえず俺たちは早く家に帰りたかったから歩き出したんだ。
夏の朝は早いもので、気付けば空も白み始めてた。
辺りが明るくなってくると不思議と安心するもので、俺たちは(今度は)苦もなく
森に入ったフェンスに辿り着いた。 さっきまであんなに探しても出られなかったのに。
多分俺らを追いかけた族がやったんだろうけど、単車のタンクがへこんでた。
しかも鍵穴がなんかガチャガチャになってたし…、ま、盗まれなかっただけマシだったな。
「ポリに捕まるなよ?」
いつもと同じ言葉で朝方の道路を家へと向かった。 BはAが送っていった。
家に着くと、疲れからかあっという間に眠りについた。
昼過ぎに目が覚めると、外には雨が降っていた。
長々とすまんが続くよ。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話