夕食が済み、片付いたテーブルで徐に便箋を取り出した夫に声をかけました。
「手紙なんて珍しい、誰に出すの?」
便箋はレモン色で、子供に人気のアニメキャラが描かれています。
「知り合いに頼まれてね、家の子を元気付けてやって下さいって。」
夫はそう答えると直ぐに便箋にペンを走らせました。
それから2ヶ月、私は営業カバンから一冊の手帳を見つけました。
夫が急性心不全で他界し、心の整理が少しだけついた所で遺品の整理にも手をつけ始めた矢先でした。
何気なくページをパラパラと捲り、中に目を通してみます。
(あ、この日が転勤初日だったのね。印がついてる。この日は出張、いろいろと忙しかったのね。)
暫し時を忘れ、私の知らなかった夫の生活を知ろうと手帳に見入ってしまいました。
するとあることに気づきました。
手帳にはページの端に小さく、「公園」と書かれた項があり、 ○ × で印がされています。
途中から走り書きに変わっているそれは、
「今日もいる」
「困っているようだ」
「嫌がっている?」
などと、一見すると全く解りませんが、読み進めていくうちに少しずつではあるが想像出来る内容に変わっていきます。
「電車に手を振っていた。」
「まさか俺に気づいて?いや、そんな事は有り得ない」
どうやら通勤電車から見える公園についてメモしていたらしいのですが、何故毎日熱心にそんな事を、という疑問が残ります。
(まあ、今更どうしようもないか。)私は自ら区切りをつけ片付けを再開しました。
今、私は夫と同じ電車で通勤しています。
夫の勤め先であった会社が気を使って、私をパートで使ってくれるという申し出を受け入れ、こうして毎朝電車に揺られているのです。
女の子を連れた母親が公園に入ろうとしますが、女の子はいやいやをするように首を振り、その場から動こうとしません。
そんな光景を毎日のように車窓から眺めます。
あるときなど、まるで私を認識しているように電車に向かい手を振ってきます。
夫の追体験をしていると気づき妙な胸騒ぎを覚えた私は、休みをもらい例の公園に行ってみる事に。
通勤と同じ電車に乗り最寄の駅で下車し、公園に向かいました。
公園入り口で親子を探そうとした刹那、大きな看板が私の目に飛び込んできました。
「□月□日□時頃、この交差点でひき逃げ事故が発生しました。目撃情報を~」
あの親子・・・
看板の横にはたくさんの花束、ぬいぐるみや玩具が献花台に供えられていました。
その中には以前夫が書いた手紙も含まれています。
この世のものではなくなったことが理解できずに旅立てない子と、子を置いて逝けない母・・・何の因果か夫には見えてしまったのでしょう、そして私にも。
私も手紙を書くことにしました。
「お母さんと一緒だから怖がることはないよ。勇気を出して飛んでみよう。」
私は夫が選んだ便箋と色違い(水色)のそれを用意し励ましの言葉を認め、花束と一緒に献花台に供えました。
(成仏して下さい。)
と親子を想い祈りました。
すると何処からともなく一陣の風が献花台を通り過ぎました。
何故か夫の手紙だけが私の足元へ舞ってきました。
(あの人はどんな事をかいたんだろう?)
内容が気になり、不謹慎ながらも中を覗いてみることに。
そこには予想外の言葉がありました。
「俺が悪かった。俺の前に現れないでくれ。頼む。俺は関係ない。赦してくれ。」
意味が解らず固まる私の前に誰かが立っています。
母と子が
手を差し延べて
直ぐにその場から逃げようとした瞬間、胸に激しい痛みが走りました。
夕食を頂いているとき、転勤を機に自動車通勤から電車通勤に変えた夫に聞いてみました。
「ねえあなた、車と電車、どっちがいい?」
すると車好きの夫から意外な答えが
「電車がいいな。車はいろいろと気が抜けないからね。」
私は薄れ行く意識の中で、そんな会話を思い出していました。
終
怖い話投稿:ホラーテラー ジロウさん
作者怖話