中編6
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自転車旅行3

2人は、同時に左折した。

上り坂だったが、やはりペダルが軽い。

ラブホテルの駐車場にママチャリを2台停め、荷台にカバンを括り付けていたロープを一気に解き、ラブホに飛び込んだ。

受付は男性だった。

「自転車旅行中に体調が悪くなったので泊めて下さい!お金はあります!」

受付の男性は、

「自転車?若いなぁ。

と呟き、笑いながら、

「男同士は基本的にダメなんだがな、いいぞ。

5800円だ。

と快くOKしてくれた。

私達は、2400円づつ払うと、男性は布団一式と目覚し時計を用意してくれた。

そして、

「特別に一番高い部屋に泊まらせてやる。

と言い、私達は最上階にあるメチャ広い部屋に通された。

受付の男性が、部屋を出る時、ビニール袋を置き、

「これはやる。

あと、好きな時間にチェックアウトしていいぞ。

と言い残し出て行った。

ビニール袋の中身は、缶ビール(500ml)4本と菓子パン数個だった。

明るい光の中で見たYの顔色は真っ青というか、ダンボールのような色をしており、表情は怒りに震えているようだった。

2人は無言で、ビールを開け一口飲んだ。

その途端、Yは貯まっていたもの一気に吐き出すように捲くし立てた。

「お前だ!お前が悪い!何を考えてるんだ?!信じられない、馬鹿だ!!お前の所為だからな!!!」

酷く興奮したYに私は、なだめる様に話し掛けた。

「だって、あんなのいるなんて知らなかったからさぁ。

あの女が・」

私が話すのを遮るようにYが、さらに捲くし立てる。

「女?なんだ?あれは、ババァだったか?!ババァのお化けか?!それとも、単なる黒いボロ布をかぶった普通のばあさんか?いや、普通のばあさんが、あんな速度で追いかけて来れる訳ねーだろ!お化けか?!幽霊か?!つーか、人間の形じゃねーだろ?!あんな、なんだか判らないモノに声を掛けるなんて、お前はキチ○イだ!!おまけに、なんだアレの声は!『左だぁ!左だぁ!』って叫びやがって、アレの声が響くたび、頭が割れるようだったぞ!!あそこで、右に行ってなかったら、絶対殺されてたな!!つーか食われてた!!お前が偉かったのは、あそこで右に曲がった事だけだ!!」

Yは、肩で息をし、缶に残ったビールを一気に飲みほした。

ババァ?黒いボロ布?『左だぁ!』と叫ぶ?私はYが言ってる意味が判らず、きょとんとしていた。

私が見たのは、白い服を着た若い女性で、「・・・右です。

」と消えそうな声だったはず。

おまけに、彼女はかなりの美人で、瞳だって・・・えーと、目は・・・ん?

あれ?

どんな目だったか思い出せない・・・。

大きな二重?切れ長な一重?鼻は?口は?髪型や服装は思い出せるのに肝心な顔が、まったく思い出せない。

たかだか20分前に見た人物の顔が思い出せない。

あんなに、ジロジロ見ていたはずなのに・・・。

も・・・もしかして、彼女も??そんな訳は無い!だって、彼女は透けてなかった。

あんなにハッキリ見える幽霊っているのか?背筋を冷たい汗が流れる。

私の頭は錯乱していた。

そして、錯乱した頭で考える。

Yが見たのは“黒い何か”で、私が見たのは“彼女”だった。

Yには“黒い何か”が『左』と言い、私には“彼女”が『右』と教えた。

『左』へは“黒い何か”が駆け上り、『右』に来た私達は、ラブホでビールを飲んでいる。

もしあの時『左』行っていたら、私達はどうなっていたのか?

判るのはこれだけだったが、この事をYには言ってはいけないような気がした。

何も言わない私に、Yは罵声を浴びせ続けたが、

「ごめん。

と一言Yに誤ると、Yは急に落ち着いたようで、

「風呂にでも入るか。

と立ち上がった。

6人で入れるような風呂に、ビールと持参したウイスキー(ダルマ)を持ち込み2人で入り、無言でダルマが空になるまで湯船に浸かった。

(1人になるのが怖かったので)風呂から上がった私達は、モロ泥酔状態で、いつ寝てしまったのか、気付くと朝になっていた。

~後日談~

次の日、Yは妙に元気がよく、朝からエロチャンネルを見てはしゃいでいた。

元気なYは

「早く海が見たいなぁ。

とやる気マンマンで、ラブホを飛び出すように出て、私達は海へ向かった。

旅行中私は、意図的にあの時の話をしなかった。

結局旅行は、茨城県大洗海岸まで数日かけて行き、そこで4泊した後、行きと違うルートで東京まで数日かけて帰った。

旅行の3日後、

「現像に出していた写真が出来た。

とYから連絡があり、旅行の思い出話をするため、Yとファミレスで待ち合わせた。

私は、自転車のルートを一緒に確認したかったので関東マップを持参していた。

私達は、写真を一枚一枚取った場所を関東マップで確認しながら、その時の話を笑いながら話し合った。

私は、写真をめくる度、あの時の恐怖が鮮明に思い出されて来ていた。

私の手に持つ写真は、千葉駅付近のパルコ前で撮った写真。

この写真をめくると、次の写真は、アノ時のYが大声で歌っている写真が出るはずだ。

私の手は少し震えており、写真をめくるのを躊躇していると、Yがあっさりと写真をめくった。

次に出てきた写真には、朝ラブホの前で満面の笑みのYと引きつった笑いの私が、写っていた。

あれ? あの時の写真が無い!私は、Yにあの時の写真が無いことを告げるとYは

「あの時?歌ってた?」

何を言ってるか判らないという素振りを見せた。

私は、

「1日目の夜中に道を聞いて怖い思いをしただろ?」

と言い、千葉県内陸のページを広げ、あの時のあの道を探した。

道はあったが、どうもおかしい。

地図上の距離が短いのだ。

あの時、一本道を2時間以上走り続けたはずだ。

なのに地図では10km程度しかない。

いくらなんでも、短すぎる。

そんな私にYは、

「1日目に道なんか聞いたっけ?」

と、答える。

とても、とぼけてる風ではない。

私は、

「覚えてないのか?」

と言い、地図をYに向け説明した。

「この辺りで、お前の地図を見たのが8時頃だろ。

この旧××道に入ったのは9時頃。

ここまでは、覚えているか?」

Yは、

「そう!そう!」

とうなずき。

使えない地図を持ってきた事を笑いながら謝った。

私は、さらに続けた。

「で、ラブホが有ったのは、この辺だろ。

ラブホに着いたのは、何時頃だった?」

Yは頭を掻きながら、

「たしか、12時過ぎてたよなぁ。

と言い、首をかしげた。

私は、

「俺達は、この間の3時間何をしていた?たったこの距離を3時間もかけて走ってたんだぞ!1時間で行けるような距離を3時間かけて走り続けてたんだぞ!その間の事を覚えてないのか? その時の事を、ラブホで俺に怒りまくっただろ?!いいから、ちょっと写真のネガを見せてみろ!!」

Yは、

「俺、3時間も何をやってたんだ?なんで、俺はお前を怒ったんだっけ?」

と呟きながら、写真のネガを取り出した。

私は、ネガを窓にかざした。

そのネガには、不自然な所が有った。

パルコ前での写真とラブホ前での写真、その間にある写真1枚分の空白。

1枚分だけ、感光してしまったかのように、綺麗に真っ白だった。

あの日、私だけが見た“彼女”の姿。

Yだけが見た“黒い何か”の姿。

あの日の出来事を立証する物は、Yが持つ“1枚分感光してしまったネガ”と“私の記憶”のみとなった。

あれから7年以上経ち、先日結婚式にて、久しぶりにYと会った。

2次会で、あの日の話題を出したが、Yの記憶は封印されたままだった。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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