中編3
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奇電車

うちの地元は田舎なので、その日、予備校帰りの俺が乗る最終近くの電車には、俺以外ほとんど誰も乗っていないようだった。

外は明かりも余り無く真っ暗。

がらんとした車中で、俺は参考書を読みふけっていた。

地元の駅は終点なので乗り過ごす心配は無い。

アナウンスが流れ電車はゆっくり途中の駅に停車した。

俺は参考書から顔を上げ大きく伸びをした。

すると今まで気付かなかったが、ちょっと離れた所のボックス席に誰かが乗っているようだった。

後頭部のてっぺんが少し見えている。

俺はこの車両には誰も乗っていないと思っていたので「あれ?」と思った。

しかし、きっと途中で誰かが乗ってきたのに気付かなかったか、そいつが深く座っていたので見えなかったんだろうと思い余り気にしなかった。

電車は再び走り出す。

俺はまた参考書に目を落とした。

しばらく走ったところで俺は顔を上げた。

ちょっと目が疲れたのだ。

別に気になったというわけではないのだが、さっきのボックス席にふと目を向けた・・・

「!!!」

そのボックス席から男が鼻から上だけを出してこっちを見ている。

俺は頭から背中に何か冷たいものが流れたような気になった。

俺の地元はヤンキーの多い土地柄だったので、まずは、そういう奴が絡んでくるつもりなのかと思って緊張した。

しかし、ボックス席の男の目は因縁を付けてくるようにも見えない。

髪型も普通だ。

ただ、普通に俺を見ている。

しかし、それもまた別の意味で怖い。

何かの間違いかと思ってまた参考書に目を落とすが、気になって全然集中できない。

1分ぐらいしてまた顔を上げると、男はまだ、全く同じ状態で、こっちを見ている。

上半分のそいつの顔は、俺と目が合っても全く表情が変わらない。

俺は視線を逸らせて目を窓の外に向けた。

外は暗くてほとんど何も見えない。

目の端で、ボックス席の男がまだこっちを見ているのがわかる。

そのときには既にわけのわからない怖さで俺の全身はガチガチになっていた。

俺は無理やり顔を参考書に落とすと、もう絶対顔を上げないことに決めた。

ボックス席の男が今にもこちらにやってくるのではないかと気が気ではなかった。

しかし、人が動く気配は一向にしなかった。

「次は~、終点~、○○~、お忘れ物の無いようご注意ください。」

終点のアナウンスが流れても俺はまだ顔を上げなかった。

いや、上げることが出来なかった。男はまだこっちを見ているのだろうか?

電車は速度をおとし、比較的明るい駅のホームへ進入し、そして停車した。

駅の明るさに俺の心は少し安心した。

「○○~、○○~、終点でございます・・・どなた様もお忘れ物のないよう・・・」

到着のアナウンスにも勇気付けられ、俺はようやく参考書から顔を上げた。

・・・が、

「うわっ!!!!!」

俺は声を出してしまったと思う。

俺のすぐ目の前の、ボックス席の背もたれから、さっきの男がぬうっと顔を出し、まっすぐに俺を見おろしていたのだ。

全く感情がないような、無表情なじっと見つめるその目。

俺は参考書を手にしたまま鞄を引っ掴むと、駆け出すように電車を飛び出した。

当時まだ自動でなかった改札まで何とか走り、怪訝な顔の駅員に切符を渡した。

俺は駅員に何か言おうかと思ったがなぜだかやめた。

心臓がバクバク言っている。

俺は待合室の、できるだけ駅員に近いベンチに腰掛けて男が出てくるのを待った。

駅の外に出てからその男に追いかけられるのはいやだった。

電車内を車掌か誰かが見て回っているようだったが、男は出てこない。

しばらくすると電車の明かりが落ちた。

電車は回送になる。

しかし結局最後まで男が出てくることはなかった。

俺のほかに出てきたのは別の車両にいたらしいおばさん2人だけだった。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名係長さん  

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