中編4
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深夜の電話にて

 深夜の電話相談をしている知人から聞いた話です。例によってオチらしきものはありません。

 その知人は24時間・365日開いている電話相談のボランティアをしています。

 仕事柄、そこには命の瀬戸際にたたずんでいるような人はもちろん、日頃の欝憤をただ晴らしたいだけの人まで、様々な人が、様々な電話を掛けてくるのだそうです。

 その日はいつも2人体制で行う筈の電話当番が、一人風邪で休んでしまい知人だけだったのだそうです。

 

 意外に思われるかもしれませんが、こういう悩み事にまつわる相談電話というのは、深夜・朝方を問わず引っきりなしに掛かってきます。

 それを独りでさばく知人はかなり忙しい夜だったようです。

 その日も日付が変わり、夫の暴力に悩む主婦の長い電話を受けた後、一息付こうと受話器を置きかけた瞬間、ディスプレイが緑に光ったのだそうです。

 ディスプレイの表示は、この電話が公衆電話からであることを示していました。

 こういう機関の電話には、掛けてきた相手の電話番号を確認しやすくするためでしょうか、家庭用の電話より一回り大きめのディスプレイが付いていて、それが角度をつけて持ち上がるような仕様になっているのだそうです。

 「はい、こちら○○電話相談です。どうなさいましたか?」

 「…」

 「もしもし?」

 「…」

 「ごめんなさい、少しお電話が遠いみたいです。」

 「……」

 不明瞭で内容は分からないけれど、途切れ途切れに聞こえる人の声に、時折ザザッ‥とホワイトノイズが混じる聞き取りにくい電話。知人は身を硬くしました。

 なぜならこういう電波状況の悪い電話は、山の中や人里離れた車の中からなど、既に切羽詰まった人が、危うい場所から掛けてくることが多いためでした。

 しかしそう思いかけて、この電話が公衆電話からであったことを知人は思い出しました。

 少なくとも深い山中や断崖絶壁からではない、そう思い直してホッとしたのだそうです。

 「…‥」

 「もしもし?」

 相変わらず電波状況は悪いままでした。

 「…‥」

 「もしもし?」

 しかし必死に呼び掛けていた知人は、次の瞬間思わず受話器を耳から離しました。

 その時、“ギィーン”という、耳鳴りのような金属音が、突然受話器からしたのだそうです。

金属音は受話器を離してもまるですぐそこから聞こえているかのようにしばらく鳴り続けていたと言います。

 それでも、もう一度受話器に耳をあて呼び掛けてみると、既に電話は切れていました。

 知人は、一体何だったのかと困惑し、しばらく転がったままの受話器を見つめていました。

 やがて受話器を手に取り、元に戻すために腰を浮かした知人は、しかし、違和感を感じてそのまま動きを止めたそうです。

 先程お話したように、電話機には少し大き目のディスプレイが付いていました。

 それが今は通話が切れ、暗く反射する画面が室内を映していました。

 そこにはぼんやりだけれど、背後の本棚、受話器を戻そうと電話を覗き込む自分の顔の上半分、そして黒い何か、天井からぶら下がる電灯がそれぞれ映っていました。

 本棚、自分の顔、黒い何か、電灯。

 黒い何か。

 一瞬遅れて知人は違和感の正体に気が付いてゾッとしました。

 それは髪を前に垂らして下を向く、女性らしき人の頭だったと言います。

 それが自分の斜め後ろの頭の上あたりに存在していたのだそうです。

 あまりに予想もしていなかった分、頭の中で像が姿を結ぶまで時間が一瞬かかりました。

 けれど本当に恐ろしかったのは、そのうつむいた女性らしき者の頭が徐々に持ち上がりかけていることに気付いた時だったそうです。

 うつむくというより、顔を不自然に下に向けたようにも見える女の頭は、ゆっくりと動いていたのだそうです。

 それを絶対に見てはいけない、ということが本能的にはっきり分かっているのに、まるで頭を無理矢理押さえ付けられているかのようにディスプレイから目が離せない。

 でももし顔を見てしまったら、或いは目が合ってしまったら、きっと自分は正気を保つことができないだろう。

 

 知人は我を忘れて叫びだしたい程に恐怖を感じながら、頭の中のどこかがが奇妙に冷静で、はっきりとそう感じたのを覚えているのだそうです。

 そうしていたのは、恐らくは数秒程度の事だったのかも知れませんが、とても長く感じた、と知人は言います。

 その時、不意に電話が鳴りました。

 反射的に受話器を取ると、何度か話したことのあるうつ病に悩む男性からでした。

 

 男性の話に生返事を返しながら、知人はもう体が自由に動くのを感じていました。そして先程目にした何かが、もうこの部屋にいないことも分かっていました。

 その後も知人はこの仕事を続けていますが、こんな体験をしたのはこの時だけだそうです。

 最後に、話を語り終えた知人は

 「…そもそもあの時、私はまだ受話器を置いていなかった。だから掛かる筈がないのに‥あの電話は一体どこから掛かってきたんだろう‥そして、私は何を見たんだろう…」

 

 と、疲れた顔で目の前のコーヒーカップを見つめました。

怖い話投稿:ホラーテラー folia a duexさん  

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