短編2
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助けられる

その日、いつも通りに電車に乗って、会社へ向かった。

ドアに寄りかかって、外の景色を眺めていた。

地下鉄に乗りかえる駅が近づいて来て網棚に上げておいた荷物を取ろうと、体を後ろにひねった瞬間だった。

ぱしっ!と、顔に何か、乾いたものが当たった。

何だか分からない、あえて言うなら、布みたいなもの。

強風にあおられたジャケットの襟が顔に当たるような、そんな感じだった。

「!」と振りかえったが、他のお客さんはみんな座席に腰を下ろしていて。

俺にちょっかいをだせそうな位置には、それらしい人間は誰もいない。

顔を押さえる俺を、みんな怪訝そうに見ている。

何が何だか分からなかったけれど、とにかく、つけていたハードコンタクトレンズがズレていたので。

目の奥に入り込んでしまって、痛くて仕方ないので、いつも乗る地下鉄を1本遅らせることにした。

駅のトイレに寄って洗面台でレンズを直した。

鏡に向かってレンズを直していたら、急に外が騒がしくなった。

なんだろう? と思い、改札を通って駅構内へ入ろうとしたら、ホームから営団の駅員が

「入らないで下さい! すぐに地上に避難して!」

びっくりして訳がわからないまま、とにかく指示通り階段を駆け上がって地上へ出たら。

すぐ目の前の車道に消防車が急停車し、消防隊員が俺と入れ替わりに階段を駆け下りて行った。

地下鉄サリン事件だった。

もしあの時「何か」が目に当たって、コンタクトがズレなかったら。

俺の乗った電車は、サリンの充満する霞が関駅に滑りこんでいた。

誰が助けてくれたのかは、分からない。

でも、あれ以来、目に見えないものの存在を信じるようになった。

ここから先は蛇足だけれど……。

「死んだ人間」に「生きた人間」が救えるのなら、

「生きた人間」が「生きた人間」を救うのは当然だ、とも思ったので、

機会を作って、いろんなボランティアにも参加するようにしている。

怖い話投稿:ホラーテラー pepikoさん  

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