中編5
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ぎょーてい

いきなりだが俺の実家は、長野県の山奥、M町というところだ。

別段なんということはない田舎で、特産物と言えるほどの物もなく、強いて言うなら野菜作りが盛んな程度。

こんな田舎だから、娯楽施設などほとんどなく、子供時代はよく野山を駆けていた。

これは、そんな時の話。 まあ、暇つぶし程度にきいてくれ。

 

夏のある日、親友のNが偶然にも風邪で寝込んでいて、俺は一人で遊ぶことになった。

友人が多い奴なら、他の奴と遊ぶって手もあったんだろうが、俺は社交的とは言いがたい子供で、いつも遊んでいるのはNただ一人だった。

そんな俺だから、その日は一人で蝉をとったり、探検ごっこをしたりして遊んでいたんだが、気づいたらいつもよりも山奥に入っていた。

不思議な場所だった。

周囲はみっしりと木々に囲まれていて、真っ暗なのに、自分のいる場所だけ明るいんだ。

よくよく見れば、囲んでいる木々は全部松ノ木で、地面には黒く変色した細長い葉がみっしりと敷きまっていた。

子供ながらに感覚的に危険を感じて、兎に角帰ろうと思ったんだが、いざ帰ろうとすると何処から来たのかわからない。

右から来たっけ?

左から来たっけ?

上から来たっけ?

後ろから来たっけ?

何処からも来た気もするし、何処からも来なかったような気もする。

でも、迷っている間にも不安は増していって、まるで森が迫ってくるかのような感覚に襲われる。

怖い。

怖くて仕方がない。

我慢できず何処からきたかも分からないまま、俺は前へ走りだしていた。

森にはいると、さっきとは違って真っ暗だ。

まるで夜みたいに寒くて、聞こえる音は自分の足音のみ。

歩いても歩いても、あるのは松ノ木ばかりで、開いた場所にでる気配がない。

走り出してどれくらい経ったか分からなくなった頃、半ば泣きそうになっていると、不意に数メートル先を何かが横切った。

それは、もしかしたら人だったかもしれないし、猿だったかもしれない。

あるいは他の何かだったかもしれないが、それまで人影と言える物すら見ていなかった俺にとっては、確かに人に見えた。

俺は、あらん限りの大声をだしながら、人影が消えた方向へと走った。

「まってー!ひとりにしないでー!」

『まって…ひとりにしないで…』

微かな山びこが、聞こえた。

どうも、遠くまでは届いているらしい。

だが、人影は以前として見えないし、自分以外の声も聞こえない。

 

もしかしたら、すでにいなくなってしまっているかもしれないが、コレを逃したら帰れないと思い、俺は肩で息をしながら再度声をだした。

「迷ってるんだ!たすけて!」

『…んだ…けて』

今度は、若干途切れ途切れで山びこが聞こえた。

息を切らしているからなんだろう。

走った上に大声をだしたせいで、咳き込んでいると不意に見覚えのある影が入った。

自分から数メートル先にある一本の白樺の木に寄りかかるようにしている。

どうやら、声は届いていたらしい。

安心して、話をかけようとした瞬間、俺は目を疑った。

 

その影が白樺を垂直方向に、すべるようにして上っていくのだ。

手も足も動いている様子はない。純粋に下から上へ微かに伸縮しながらスルスルと登っていく。

あまりのことに唖然としていると、白樺の頂上までいって、ソレは止まり、ぐるりとこちらに振り向いた。

それを見たとき、俺は思わず鶏を絞めたときのような声をあげてしまった。

 

人間じゃない。

人間大の大きさをした、テラテラとした体表面をしたヒルがいた。

それも、単なるヒルじゃない。

半透明の体は内臓までほのかに透けて見え、中で赤黒いものや黒いものがグチャグチャと動いていた。

おまけに、丁度人間の頭の辺り。人間が直立したなら、口と目があるであろう位置に、白玉のような一対の目らしい物と、穴がぽっかりとあいている。

穴は糸をひきながら上下左右に動き、奇怪な音をあげる。

 

『まよってるんだたすけて』

抑揚のない声だった。

それは、抑揚のない紛れもない自分の声。

俺は、気づいたら反対方向に逃げ出していた。

どこに行くのかも分からないまま、無我夢中で走った。

何度か転び、木の枝や石にぶつかり痛みでうめいたが、とまることはなかった。

いや、とまれないんだ。

だって、アレが…あいつが…

 

『まって…しな…で』

抑揚のない声で、ずっと追ってくる。

自分の足音とは違い、ズルズルとした、やけに湿っぽく汚らしい音があとから聞こえてくる。

でも、体力はいつまでも続くことはなく、数分で俺は脚が重くなっていた。

追いつかれる…そんな思考が漠然と頭に浮かび、その恐怖だけが足をうごかしていた…。

そして、ついに諦めかけたとき、不意に前の茂みが揺れ、猟銃をもったおじいさんがあらわれた。

 

それは、今日やすんでいるNの祖父だった。

半ば飛びつくように俺が抱きつくと、Nの祖父は驚いた顔をしつつ、入れ歯の口をぐにぐにと動かし言った。

「お前、○○んとこのガキじゃねぇか!こんな山ん中でどーした!」

「助けて!ヒルが!ヒルが!!」

「ひるぅ?」

いかにも怪訝そうに眉をひそめていたが、後から聞こえてくるズルズルとした音に気がつくとNの祖父は俺を自分の後ろへとやり、銃を構えた。

 

そして、一言「目ぇつぶってろ」というと、猟銃の引き金を引いた。

次の瞬間、凄まじい断末魔のような声とともに、さっきまで追ってきていたヒルが、息絶えていた。

 

 

それから少し経ち、Nの祖父と山を降りながら俺は様々なことをきいた。

あのヒルはなんなのか、どうして襲ってくるのか。

Nの祖父は最初は話そうとしなかったが、最後には渋々といった感じで話し始めた。

「あれは、ぎょーていっていう生き物さ」

「ぎょーてい?」

「ああ、形相の形に、からだと書いて、形体。漢字、わかるか?」

「ぎょうそう???」

「三角形ってあるだろ?あの形が、形体の形な」

「あぁ!」

子供ながら、なんとか知っている言葉で漢字を思い浮かべていると、Nの祖父は続けた。

「わしも祖父から聞いたから詳しいことは分からんが、アレは憑き物みたいなもんらしい。つかまると、良くないことがおきる」

「良くないことって?」

「お前も見ただろ、あの顔を」

ぶっきらぼうにそれだけ言うと、Nの祖父は歩く速度を速めた。

俺は、少しだけ動けないでいた。

何故なら、あの顔は俺の顔だったのだから。

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