職業は? 映画監督 団子より

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職業は? 映画監督 団子より

ある日のことです。

仕事に明け暮れていた私の書斎に一通の小さな封筒が。

【あなたは身近な人を愛していますか】

差出人の名前は無く、送り先の住所も書かれていない。

「くだらない、どうせ新手の宗教詐欺だろう」

そう思った私は、その手紙をビリビリと破り去りました。

その時、

 「熱ッ!」

その手紙の中には何やら透明な液体が入っていたらしく、

破った拍子に中身が私の手に付着したようでした。

私は驚き、あわてて流し場で手を洗いました。

結構な血が出ていたのを今でも覚えています。

酸でも入っていたのかと焦った私はしっかりと手を冷やし、タオルで包み

再びバラバラに千切れた封筒を確認しました。

封筒は破った拍子に液体が流れ出る仕組みになっていたようです。

 「誰がこんなこと」

そう思いながらも、職業柄こんなことが少なくはなかったので

「今度から封筒は中身を確認してから破ろう」

などと思っていたくらいで、深く考えてはいませんでした。

念のためお手伝いのIさんに尋ねたところ、

封筒を置いたのは自分ではなく、今日は書斎にすら入っていないとのこと。

それを聞いた私は初めて事態の深刻さを知り、

 「何か盗られてはいないか」

と、大慌てで書斎を点検しました。

案の定、私が普段から大事に使っていた特注の万年筆が無くなっていたことに気づきました。

 「やられた」

私は急いで警察に連絡して隅々まで調べていただいたのですが

犯人の手掛かりになるものは見つからず万年筆は諦めざる負えなくなってしまいました。

泥棒が入った事と手の痛みが私に不安や恐怖を抱かせました。

私が罪悪感でいっぱいになったのは、それから数日後。

なんと机の下に私の愛用の万年筆が落ちているではありませんか。

 「警察の方、ごめんなさい」

最初はその気持ちでいっぱいでした。

まぁ、でも万年筆を見つけられなかったのは警察も同じ。お互い様だろう。

ほっとした私は久しぶりの愛用品が帰ってきたことが嬉しくて

再び仕事に取り掛かりました。

 お気に入りの万年筆をつかって

shake

  「ひっ!」

それは万年筆を使い、書類にサインをしようとした時でした。

蔓延筆のインクは黒。

なのに

      赤い

黒みがかった赤。

瞬時に 血 と認識しました。

取り替えたのは半年ほど前、ということは私が取り違えた、ということはないし

ペンが違うということも特注なのでありえない。

  「なぜ」

そう思った時、ふと、あることに気づきました。

警察の方が書斎の隅々まで調べ上げたはずなのに、

こんなわかり易いところに落ちている万年筆に気づかないだろうか。

  「おかしい」

すぐさま警察に連絡して捜査について電話で聞きました。

机の下はもちろん調べたが何も置いていなかった、との事。

じゃあなぜ万年筆が落ちていたんだ、など強めに迫ってしまい

電話越しに警察官の方も徐々に苛立ち始めていたようでした。

「本当にしっかりと捜査していただいたんですか!?」

「だから調べたって言ってるでしょう、どれだけ探しても…

 

 あなたと Iさん の指紋しか出てこなかったんですから

視線を感じました。

ひんやりとした視線。

額から汗がするりと抜ける。

受話器からは警察官の「もしもーし」という声。

時が止まったように感じる一瞬でした。

私はそのあと受話器を取り上げ「今すぐ来てください!」と叫び、

走ってその場所から逃げました。

ここからは後日談です。

Iさんと私は3年の付き合いで、「ここで働きたい」という彼女の熱意に

答えたくて採用しました。

仕事のストレスからか、Iさんの家の中は滅茶苦茶で壁は傷だらけで

何やら呪術まがいな事もやっていたそうです。

後から考えたら、封筒をビリビリに破る癖を知らない限りあの仕掛けはできないし

Iさんなら容易に書斎に忍び込むことも可能でした。

我ながら間抜けだったな、と考えながら

書斎でタバコに火をつけました。

あ、忘れていました。私の職業ですよね。

お墓の彫師をやってます。

休んでいた分仕事が山済みだけど、

とりあえず片づけから始めますか。

机の上には用紙が。

真っ赤に染まった私の名前が。

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