中編6
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鴨川

『麗奈も行くやんね?』

予備校の自習室の窓から、ぼけーっと外を見ていたから、由梨花の問いかけに全く反応出来なかった。

見ると佳苗もこちらを見ていた。

『ふぇ!?』

『ふぇ、じゃない。肝試しいかんの?』

『そういう話になったん?』

『もう!』

『いつから聞いてなかったの』

結構前から聞いていなかった気がする。夏休みは勉強の予定しかないよねっていうくだりは、まだ会話に参戦してたかも。

という旨を伝えると、由梨花はため息混じりに説明してくれた。

大学受験の登竜門、夏休み。だけど勉強ばっかじゃつまらないし、最後に何か思い出作りをしたい。せっかくの夏休みなんだから、肝試しかなんかいこう。ということらしい。

京都で肝試しとなると、深泥池とか?嫌だなぁ…。

『あ、深泥池なんか行かん行かん。鴨川』

『鴨川ぁ?』

すっごい近所。あんまり怖い噂とか聞かないし…。

『えー、だってほんとに呪われたりしたら嫌やもん』

『受験生やしなー』

なんじゃそりゃ。要は夜遅い時間にちょっとした散歩に行くということか…。んー。ま、いいか。ちょうど、倦怠期に突入したところだったし。

『麗奈、行くやんね?佳苗もいくって言うてるし』

『んー。わかった。』

『よし、決まりー。今度の金曜日の、2時集合!!』

『2時?昼の?』

『夜に決まってるやん』

まじか。誰かモーニングコールして。

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ーーーーーーーーーーーーーーー

親に、由梨花の家に泊まると伝えて、集合場所である橋に向かう。懐中電灯とお茶と財布だけ突っ込んだリュックを、歩きながら背負い直す。なにやってんだ自分。

由梨花は中学生の時からの付き合いで、仲良く同じ高校に進学し、同じ予備校に通っている。オカルト系に目がなく、何かと地球滅亡だフリーメイソンだと騒ぎ立てている。本人に霊感はないそうだ。

一方、佳苗は予備校で知り合った。彼女もオカルト大好きで、由梨花と一緒に語り合っているのをよく見かける。

私はというと、オカルトが好きな訳ではなく、由梨花や佳苗と一緒にいるのが好きだから、こうやって付き合っているのだ。

橋の上に、二人の人影が見えた。由梨花と佳苗だ。

『遅いで、麗奈』

『早く行こー』

『ごめんごめん。なに持ってきた?』

『私は懐中電灯だけ』

『私塩持ってきた!!』

なんと準備のいい。鴨川だけどね。

しかし、いくら鴨川といえど、カップルで溢れかえっている昼間と違い、夜は不気味だ。川の流れる音と、虫の鳴き声しか聞こえない。

『さ、行こー』

なぜかテンションマックスな二人の後ろに着いていった。正直、この二人がいなかったら、私は川辺に降りることさえ怖かっただろう。

『やっぱり夜は涼しいねー』

『うん。きもちいい』

確かに、吹き抜ける風は蒸し暑くなく、夜独特の匂いがまた非日常感を出していて、不気味な雰囲気だということを除いてはとてもきもちいい。毎日予備校に缶詰で、赤本や問題集とにらめっこの日々を少しでも忘れられそうだ。

『ほら、麗奈も来て良かったやろ?』

『まーね』

少しずつ雰囲気にも慣れてきた私は、素直に二人に感謝していた。本当に良い気分転換だ。

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何分くらい歩いただろうか。突然、前を行く二人の足が止まった。何か虫でも踏んだのだろうか。

『どうしたん?由梨花?佳苗?』

『…』

『…何…これ…』

二人の視線の先に、私も目を向けた。そして凍りついた。

お地蔵様が数体並んでいた。それ自体は、不思議なことでもなんでもない。お地蔵様くらい、いらっしゃっても普通だろう。問題はその形だ。

首から上がない。

頭がないのだ。

しばらく無言で、動くことも出来ずに、私たちはお地蔵様を見つめていた。少し、気温が下がった気がする。

最初に口を開いたのは佳苗だった。

『ふ、雰囲気あるやん。ね、由梨花?』

『そ、そうやんね。肝試しはこうでないと。麗奈、びびってるんちゃう?』

そう言って振り返った二人の顔も強張っていて、オカルトマニアの二人にとっても、かなり衝撃だったらしい。

当たり前だ。お地蔵様の首をもぐなんて罰当たりなこと、普通の人間はしないだろう…。

私は今すぐにでも帰りたかった。でも、二人はというと、

『首がないなんて、ひどい…』

『私たちが探してあげよっか』

と、怖がってるわりにはノリノリで、帰るという選択肢はないらしい。

まじか。なんかずっと寒気してるし、気づくと虫の声も聞こえなくなってる。明らかにおかしい。

『麗奈も真面目に探して!!お地蔵様が可哀想やろ』

『可哀想やけど…明日予備校授業ないし、明るくなってからでも…』

『見つけたときに探さないと、呪われるかもよ?』

えええ…私が首をもいだ訳じゃないんだし、なんで私が呪われるのよ…。

私はしぶしぶ懐中電灯で、木の隙間や草の繁っているところを照らした。二人も、お地蔵様を中心とした半径5,6メートルのところにバラけて、草を掻き分けている。

懐中電灯が照らすところ以外は漆黒の闇で、何も見えない。ぽっかりと丸く浮かび上がる範囲に、お地蔵様の首はない。

困ったな…。携帯の時刻を見ると、3時を回ったところだった。緊張感からか、眠くはなかったけど、疲労感が限界に達していた。

『由梨花、佳苗。そろそろ切り上げて帰――』

最後まで言えなかった。振り返りながら懐中電灯を振ったとき、丸く照らされたなかに、何かがあった気がした。

ゆっくり、懐中電灯と顔を戻す。やはり、そこにあった。

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転がっている首と、目があった。

でも、お地蔵様の首ではない。

女の人の、首だ。

心拍数が跳ね上がって、息が苦しくなった。でも、目を離すことが出来ない。

由梨花…佳苗…。二人を呼ぼうとして気付いた。音が聞こえない。さっきまで、ガサゴソと足音や草を掻き分ける音がしていたのに、今はその音が全く聞こえない。

怖い…苦しい…誰か…。

そのときだった。女の人が、口を開いた。

『――代わってよ――』

私は気を失った。

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ーーーーーーーーーーーーーーー

遠くで、誰かが私の名前を呼んでいる。

『…な……ぃな………麗奈起きなさいっ』

『ふぇ!?』

私が目を開けると、心配そうな顔をしている由梨花と佳苗がいた。

『あれ…ここどこ?』

『由梨花の家。もう、麗奈が悲鳴あげて倒れたからびっくりした』

『ほんまに、家まで運ぶの大変やってんから』

ぼんやりした頭で、部屋にかかっている時計を見ると、4時少し前を指していた。

『…朝の4時?夕方の4時?』

『朝や。帰ってきてまだ10分たってないで』

頭がはっきりしてくるにつれて、さっきの出来事を思い出してきた。

『うわぁぁ』

『何?変な声あげて。呪われた?』

縁起でもない。私は、さっき見たものを二人に聞かせたが、二人とも信じたくないようだ。

『何かの見間違いやて。…な?』

『そ、そうやそうや』

『ほんまに見てんて!!信じてぇや』

しばらく議論していたが、三人とも疲れきっていたので、とりあえず寝ることにした。

私は、どうしても真ん中で寝たかったので、二人に挟んでもらう形で寝た。

翌朝。佳苗と私が同時に目覚めると、由梨花が青ざめた顔でパソコンに向かっていた。

『おはよう、由梨花』

『由梨花?』

『…おはよ…ちょっと…これ見て』

疲労困憊で、立ちたくないんだけど。でも、由梨花の様子がおかしいので、ふらふらと佳苗と一緒に机へ向かった。

由梨花が見ていたのは、京都の歴史について書かれたサイトだった。

『んー?何?』

『ここ…鴨川の欄に書いてあること…』

由梨花の指差すところに書いてあったことを要約すると、

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昔、鴨川沿いは処刑場であり、処刑で切り落とされた生首を晒す場所だった。また戦国時代には、多くの戦いの激戦地となっていた。その御霊を供養するため、首なし地蔵がたてられた。

ということらしかった。

『…麗奈が見たのって…』

『…うん…』

きっと、そのなかには無実の罪で処刑された人も、たくさんいたのだろう。

私じゃない。私はやってない。誰か、代わってよ。

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その日、私たち三人は、あのお地蔵様に花を供えにいった。

特にそのあと、何か異変が起こることもなかった。

ただ、2度と私たちが肝試しに行くことはなかった。

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忍冬さん
“怖い”ありがとうございます。

aoiさん
“怖い”“コメント”ありがとうございます。
京都と一口に言えど、縦に長いですからね…(笑)
南の方というと、雰囲気も大阪に近い感じなのでしょうか。
ホッパラ町というのは初めて聞きました!!
今度仏像観光に行くときに、見てみたいと思います。
麗奈さんは無事でした(笑)

京都は「魔界都市」と言われていて「何事があっても不思議はない」
とか言われる事がありますが私はそんな事・・・最近はないですね(^^
住んでいる場所が「京都市の南端」なので影響が少ないからかも知れません。
仕事をしている場所は京都御苑の隣ですが・・・

>鴨川から東側
東海道で京都三条大橋に至る少し手前に「ホッパラ町」と言うところがあります。
そこは九条山・粟田口刑場の近くでそこで処刑して首を晒すのは三条河原で。
胴体は刑場の近くに捨てていたそうです。
「死体をほったらかし」→「ホッパラ」となったそうです(一説ですが)
他に粟田口刑場に行くのを嫌がる罪人を蹴り上げて歩かせた・平家の武士とすれ違った時に
平家の武士が乗る馬が水たまりを蹴りかけて着物を汚された源義経が怒って相手全員を
滅多切りにした所として名付けられた「蹴上」があります。

>麗奈さんには残念なお知らせです。
「霊は人に挟まれて真ん中の布団で寝る人に出る」と言う説があります。
まぁ・・・何事もなかったようですけどね・・・(^^;

カヤさん
“怖い”ありがとうございます。

はるさん、ケイさん
“怖い”ありがとうございます。

鎮魂歌さん
“怖い”“コメント”ありがとうございます。
私も、怖い話は大好きなのですが、キャンプや合宿等に行くと、夜中に一人じゃトイレに行けませんでした(笑)

人間の第五感や『なにかヤバい、逃げ出したい』という感覚は、鎮魂歌さんの言う通り、本能的なものなのかもしれませんね。

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園長さん
“怖い”“コメント”ありがとうございます。園長さんからお言葉をいただけて、とても嬉しいです。
周囲が暗闇だと、聴覚が研ぎ澄まされて、それがより一層恐怖を与えるのかもしれませんね。

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まゆごもりさん
“怖い”“コメント”ありがとうございます。何より、こんな駄文を読んでくださり、感謝感謝です。まゆごもりさんの京都に関する知識の多さに驚きです。私は京都に住んでいるわけではないのですが、社寺仏閣巡りが趣味なため、よくいきます。
これからも、叱咤激励よろしくお願いいたしますm(_ _)m

ほたて様。初めてコメントさせていただきます。

京都、しかも東山界隈は遠く昔から何かと不可思議な云い伝えが多いと聞いております。

鴨川河川敷は、仰る通り処刑場であり、あの石川五右衛門もその場所で釜茹でされたのだとか。

また、その更に昔は鳥辺野(現在の清水寺周辺)に運ばれなかった亡骸を放置した、とても荒れた場所だったとの文献もある位です。

この世ならざるモノが居ても不思議ではないですよね。

現在、繁華街となって人が溢れている場所は、一昔前は曰くつきであった事が多い…

京都で言えば河原町、新京極、寺町。大阪難波千日前界隈。東京浅草然り。

不思議な場所は、山奥や廃墟に限らず日常のふとした処にあるのですね。

知らぬ間に、この世のモノではない存在とすれ違っているのかも知れません。

京都は自分の地元で、幼き頃から鴨川は数え切れない程訪れた場所。学生時代にはそれなりに浮かれた気分で河川敷を歩いたりしたものです。懐かしい思い出です。

そんな事をふと、思い出しながら読ませていただきました。