中編7
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潜るひと、

スキューバダイビングを始めたのは本当にくだらない理由だったんだ、、、

学校を出てから直ぐに営業の仕事に着いたのだが、ストレス解消と称してスポーツを始めた。

ジムでウエイトリフト、、、しばらくするとインストラクターにサラリーマンなの?って聞かれた。

はいって返事に、インストラクター曰くワイシャツが着れなくなるよっ、、、て

知らないけど、例えばベンチプレスなんて胸筋より首周りの筋肉が付くんだって言われて断念した。

次に何を始めようかと候補に挙がったのはダイビングとゴルフだった。

当時、30万円、ぐらいで道具を揃えて始められるからとの理由だった。

無論、セパタクローとかサッカーとかは安く始められるが、協調性のない私には団体競技などは初めから論外だったのだ。

まぁ営業の付き合いもあるし友人から勧められた、ゴルフをやりはじめたが、、、

まぁ、うるさい。ルールだ、マナーだと言う前にキャディーは指図する、握りだの賭けはする、プレイヤー同士ではハンディの数字によって上下が決められ、上から目線で知りたくもないレクチャーを受ける。

こんな状況で接待をしなけりゃならないなんて、胃液があふれそうになった。

決めた!俺は慣習性、右肩脱臼症候群でゴルフをするとその病気の為、下痢から始まり最後は脱腸して死に至る(そうゆう病気はありません)

まぁゴルフは出来ない事にした。

んで、初めたダイビングは、うん、いい。

僕が始めた時期って言うか時代はウエットスーツが主流でドライスーツは破格のお値段がした。

当時、ウエットスーツの値段でも10万近く色は単色と言うか黒しか無かったのだが、僕が始めた時は何色か選べたのだけど、裁縫技術の為か今のスーツと違い全て一色であり確か黒、灰色と他にもうひとつ選べる色があったぐらいだった筈。

まぁ、僕は灰色を選んだんだけど、、、

ウエットスーツは海水に浸けて滑らして着る方法とスーツの内側にパウダーをまぶして着る方法があった。

初めての海は穏やかだったが、灰色のウエットスーツに身を包んだ僕は8kgのおもりを付けたが潜れない。(ウエイトと呼ばれるオモリは体重の10分の1)潜ろうと思えば思うだけで潜れない。

最初は海中から先輩ダイバーに手を引かれほんの2.3メートルの海中に潜水しただけで終わったのだが、初めて覗く海の中に魅了された。

毎週末、ダイビングを繰り返す内に、いつしか海中から初心者の手を引くようになり

ジャックナイフ潜水のコツまで口にするようになっていた。

潜水には技術と経験は不可欠だが、恐ろしいのは初心者が潜水する海面から10メートルの深さなのだ。

楽しい事に水深10メートルぐらいまでは日の光も海中を照らし魚や貝、海老や蟹などの生物が海中をひしめきあっている。

しかし、そんな海中生物に気を取られていると水圧の恐ろしさ忘れがちになる。

水深10メートルと言えば単純に圧力が倍になる。

簡単に言えば海中10メートルでは陸のピンポン玉が半分にひしゃげる。

人間の肺だって同じだとお分かりだろう。すなわち、海上で吸い込んだ空気は深度10メートルでは肺の中では肺と共に空気も半分になる。

その逆に海中でボンベから吸い込んだ肺の中の空気は海上では倍になるから、息を止めて海中10メートルから海上に上った潜水夫はベテランであろうが新米であろうが、肺が破裂する。

だから、ダイビングは息を吸い込むより吐き出す方に神経を注がなければいけない。

海中での機材の離脱着や深度潜水、僕が所属していた、パディと呼ばれるダイビング協会ではオープンウォーター、アドバンス、マスター、インストラクターとあり、

それぞれに課せられたプログラムを終えるとライセンスが登録される仕組みだった。

なにせ始めたのは今から20年は超える時代からの話しだから、間違っているとのコメントは大切に拝聴させて頂きます。宜しくお願いします。

*****

話しの本題です。

前日、呑みすぎて耳抜き(圧力変化に備えて潜水前に内耳圧を高める手法で鼻をかむようにして息を漏らさず内耳の鼓膜に圧力をかける手法)が出来るかどうかと言う状態で潜水を始めた。

潜水は二人一組が原則で海中の会話は手によるもの他にはホワイトボードに書いて指し示すより無い、今回も初心者ダイバーとのバディ(潜水中のコンビ)を組み海中へと潜ろうとしたが、相方がバランスを取れないかのように左右に身体を揺らしで背中のボンベのバランスをとっていた。

二日酔いの腐れダイバーは海中から手を出し潜水の補助を始めたのだが、相方は一向に潜る様子が無い、海中に入ればバランスも取りやすいってホワイトボードに書いて相方に見せても身体を揺らし海面に漂うだけ、、、

いやね、、、実は俺、見ちゃたんだ。その初心者の背中のボンベの横から人じゃない青白い顔が海底をのぞいて、揺らぐ長い髪の毛が海藻のように漂っているのを、、、

俺は海面に浮上して、シュノーケルを外して相方に声を掛けた。

初心者でダイビングに興味津々だった昨夜の面持ちが嘘のように、青い顔をして小刻みに震えていた。その紫色の唇からは

「た、体調がすぐれないので今回はや、止めておきます、すみません」と言った。

そやね、あんさんさっきエライもん背負ってましたもんね、とは言わなかった、いや、言えないほど怯えていた。

案の定、ダイビングを断念するとの話がインストラクターから聞いたのだが、当時バディを組んだ俺にその時に何があったのかと聞いてきた。

毎週末、ダイビングをするスポットでアイツどえらいもん背負ってましたで、って言えるか?誰が得すんねん?

「さぁ、震えていましたから、体調がわるかったと思いますが、分かりません」

「そうですか、、、」

コラ、おっさん、ワシは従業員とちゃうぞ、お前、ワシが長くおるから勘違いしとるんちゃうか?そりゃ空気ボンベ代や移動費用は払ってへんけど、毎回、初心者の対応させやがって、、、

そんなこんなで僕も、そこでのダイビングをやめた。

*****

いつもの朝から現場に顔を出し職人さんと話した後、現場清掃で職人さん達の機嫌をとり(変更やアクシデントのとき職人さん達を味方にしとかなきゃ、いい営業マンにはなれまへん)午後からの本業である営業の前の腹ごしらえと早い昼食に街の定食屋の、のれんをくぐった。

店員が走り回る中、カウンター席に腰を下ろして、メニューを見始めた時、後ろからサラリーマンの話し声が聞こえた。

「こいつ、海はダメらしくて釣りなんて論外らしいんです」

すると上司だか、中でも年配者らしき男が

「しかし、君ねぇ営業マンには付き合いってものがあるだろう?相手が理解しない理由でお誘いを断わる事は営業マンとしてどうだろうかと思うよ」

「・・・」

察するに先輩だろうか、いささか怒気をふくめた声で

「お前さぁお客様の誘いってどう考えているのよ?客が営業マンを誘うってさ、利害関係にある営業マンに心を許しているって事だぞ、いわばゴールのテープが見えているのにゴール前でリタイア宣言するランナーと同じだぞ」

気まずそうな雰囲気の中、男が口を開いた

「部長、仰る通りです。私、営業職を辞めたいと思います」

「おい、部長は辞めれって言ってんじゃねぇよ、ふざけんなよお前、ぶん殴ってやるから表にでろ」

「・・・」

「分かりました。部長も先輩も俺の事を本当に心配して下さっていると分かりましたので決して言うまいと思っていましたが、話します」

「うん、聞こう」

「僕、今年の春からダイビングを始めようと講習を受けてプールで練習してたんです」

「そう言えばお前、楽しそうに俺にダイビングしないかって言ってたもんな、でもそれと客との話しと何が関係あるんだよ」

「今から説明します。やっと念願だった海でのダイビング、幼い頃から水族館が大好きで、海中の景色を見たくて始めたダイビングだったんですが、諦めました」

「面倒くせぇな、なんでだよってあいの手入れないと喋れねぇのかよ」

「いや、こんなこと言っても信じて貰えないけど続けます。初めてダイビングで海へと行ったその日に俺、見ちゃったんです。慣れたダイバーの人が海中から手を出して僕が潜るのを助けてくれたんですが、その人の腰に抱きついている男が、、、その男、目が無くて顔に暗い穴が二つあるだけなんですけど、海の中で叫んでいたんです。帰りたい、帰りたいって」

「・・・」

「ふぅっ、そうか分かった君が何故、お客様の釣りのお誘いを断わったかが、、、

僕は今から先方にお邪魔して説明するよ、本当かどうかじゃなく君が断腸の思いだった事もね、、、あっ君、君がこれからもあのお客様の担当営業だぞ」

年配のその男はテーブルの伝票を掴み支払いを済ませると早足で去って行った。

*****

「お前さぁ、なんで俺に言わなかったんだよ。俺もオカルトなんて信じちゃいないけどさ、錯覚にせよお前が海に対して恐怖心があるって知ってたらさ部長が出張る事なんて無かったんだぞ、アホ」

涙目になっていた奴は間違いもない、あの時にバディを組んだ初心者だ、、、

「先輩、ありがとうございます。僕は言わなかったんですが、午前中の日の当たる海底にいたあの男の身体中の穴からシャコや蟹が這い出していたのが、忘れられられなくて、今でもその光景が目に焼き付いて、、、」

「はい、お待ち」

目の前のエビ天丼が食べられなくなった。

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いやー、改めて読みまして、楽しい!怖いけど楽しい!

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ヤク○は何故シャコを食べないのか…ひ…神判氏、ダイビングとは中々洒落乙な趣味をもっていたんだな!

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