15年06月怖話アワード受賞作品
中編6
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くださいな

ある女子中学生が体験した話。

少し暑くなってきた5月中頃の日曜の昼過ぎ。

Aさんは昼食を終えると居間でテレビを見ながらゴロゴロとしていた。

「ちょっと、やる事ないなら少しは自分の部屋の掃除しなさいよね」

廊下にいたAさんのお母さんが洗濯カゴを抱えながら言った。

「・・・解ったよ、もう少ししたらやるから」

面倒臭そうに返事をすると母はあまり納得していないような表情をしていたが、それ以上何も言わず姿を消した。

(かったるいなぁ・・・どっか出かけちゃおうかな・・・)

さっきはあぁ言ったものの掃除が大の苦手なAさんは憂鬱な気分だった。

出来れば何か理由を付けて掃除をサボりたい。

そんな邪な考えを巡らせていると、不意にピンポーンと家のチャイムが鳴った。

誰かが我が家に用事があるようだ。

数秒程ぼーっとしているとすぐにまたピンポーンとチャイムが鳴った。

「ねぇ!お母さん今手が離せないから代わりに出て!」

2階から母の大きな声が届く。

言われてさっき母が洗濯カゴを持っていたのを思い出した。

恐らく2階のベランダで洗濯物を干してる最中なのだろう。

仕方ないなと重い腰を上げ玄関へと急ぐ。

玄関の前に立ち、扉を開けようとするとまたピンポーンとチャイムの音が鳴った。

(はいはい、今出ますよ)

どうせお隣さんが回覧板を回しにでも来たのだろう。

Aさんは「は~い」と緩い声を出しながらゆっくりと扉を開いた。

 

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しかしそこに立っていたのは見知らぬ少年だった。

背丈からして小学校1、2年位だろうか?

黒いTシャツに黒い半ズボンと全身黒ずくめのその少年は、髪がぐしゃぐしゃにかき乱れていた事もあり少し薄気味悪かった。

(・・・え?何この子)

Aさんが戸惑いを隠せないでいると少年はニッコリと笑って口を開いた。

「くぅ~ださ~いな♪」

「・・・・・・へ?」

唐突で不明確な要求に頭が混乱した。

(あれ?もうハロウィンの季節だっけ?)

少年の言葉の意味を理解しようと必死に考えたが、情報が足りなすぎていまいち良い答えが出てこない。

しばらく何も答えれずに悩んでいると少年はそれを察したのか続けて言った。

「あのね~、僕ね~お母さんが欲しいの」

「えっ?お母さん?」

ますます意味が解らなくなってしまった。

自分のお母さんがいなくてちょっと変になっちゃった可哀想な子供だろうか?

それとも新手の宗教勧誘か何かか?

少年はそれからただずっとニコニコしながらAさんの顔を見ているだけだった。

(えっと、どうしよう・・・)

どう対応すればいいのか困っていると、後ろから階段を下りてくる足音が聞こえた。

「何?誰か来たの?」

「あ、お母さん!」

洗濯物を干し終えた母が1階に下りてきたようだ。

現れた母に泣きつくように状況を説明すると母はキョトンとした顔をしていた。

「でもそんな子どこにも見えないわよ?」

玄関の向こう側を探すようにAさんの後ろ側を覗いてくる。

慌ててAさんが振り向くと確かに玄関の前にはすでに誰もいなかった。

「本当に!本当にいたんだって!これ位の背で黒い服の~」

「解った。解ったから、とりあえず早く玄関閉めちゃいなさい」

そう言って母は洗濯カゴを持って洗面所へと行ってしまった。

どうやら唯の子供のイタズラか何かだと思っているようだ。

だがAさんは言い知れぬ不安を感じていた。

影になっていたせいか解らないが、少年は服だけでなくどこか黒く濁ったような瞳をしていたような気がした。

 

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それから数日後の事だった。

Aさんのお母さんが運転していた車が大型トラックと正面衝突したのは。

Aさんは連絡を受けてすぐに病院に駆けつけたが、その時にはすでに母は息を引き取っていた。

突然母親を失ったショックは相当なものだった。

だが事故の目撃者の証言が彼女の感情を悲しみから恐怖へと変えた。

「子供が一緒に乗っていた」

「女性の後ろに子供がいた」

「後部座席から男の子が女性の目を覆うように頭を掴んでいた」

恐ろしい事に目撃者全員が母の乗っていた車に小学生位の子供が乗っていたように見えたと証言したというのだ。

しかしAさんの家には彼女以外子供はおらず、母と父と三人暮らしだ。

事故のあった日も母はいつもどおり近所のスーパーに買い物に行っただけだろうし、よその子供を車に乗せていたとは考えにくい。

実際、事故現場には子供の死体も事故後に子供が車から出てきたなんて目撃情報もなかった。

その為警察はただの見間違えだと判断していた。

けれどAさんは違った。

すぐにあの時の少年の事を思い出した。

『お母さんが欲しいの』

少年はすでに死んでいたのではないだろうか?

「母親が欲しい」というのは自分の母親代わりになってくれる人が欲しかったという意味だったんじゃ・・・

思い出していると少年の顔が頭に浮かんだ。

全身黒に覆われた少年とその瞳。

コップの水に墨汁を垂らしたように濁った瞳。

おもわず体がブルブルと震えた。

母親を奪われた怒りがなかった訳ではないが、それ以上に少年の顔が頭から離れず恐ろしくて堪らなかった。

 

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その後、母が亡くなってから初めて学校へ登校する日の事。

父は心配していたがAさんはどちらかという気が楽だった。

家にいるとどうしてもあの日の少年の事を思い出してしまうが、学校は人が多くて賑やかな分恐怖が和らぐ。

友人達も心配して気を使ってくれたので特に辛いという気持ちはなかった。

むしろどちらかというとずっと学校にいたいと思った。

家に帰りたくない

帰れば父が帰宅するまでずっと一人だ。

それだけは絶対に嫌だ。

Aさんは悩んだ末に友人の家に父が帰ってくるまでいさせてもらえるよう頼んだ。

友人は笑顔で快く受け入れてくれた。

学校が終わるとすぐに友人の家に行き他愛のないお喋りをして時間を潰した。

そして父が帰ってきているだろう時間になると自宅に電話を掛けた。

「もしもし・・・」

すぐに父が電話に出た。

今友達の家にいる事と今から帰る事を簡潔に伝えると「解った。早く帰っておいで」とだけ父は言った。

言葉には出さないが、心配しているような声だった。

Aさんは友人にお礼を言ってから駆け足で家路へと急いだ。

外はすっかり暗くなっていた。

出る前に時計を確認した時はすでに19時を過ぎていた

友人宅から自宅までは急いでもだいたい10分は掛かる。

(早く帰らなきゃ)

10分といえど暗闇の中一人きりなのは怖い。

あんな事があったのだから尚更だ。

Aさんは徒競走でも見せた事のないようなスピードで走った。

なるべく周りを見ないように、ただひたすら真っ直ぐに。

そのせいで家に着いた頃には息も絶え絶えだった。

ハァハァと肩で息をする。

体感だが五分も掛かっていないような気がした。

顔を上げ家の明かりを見つめていると、次第に呼吸が整っていく。

耳をすませば家の中からTVの音が聞こえてくる。

父が好きでいつも見ている番組の司会者の声だ。

いつもよく聞いている声だからか凄く安心する。

いつしか恐怖心もなくなっていた。

Aさんはフゥッとひと呼吸すると軽い足取りで玄関の前で行くとドアノブに手をかけた。

「くぅ~ださ~いな♪」

突然背後で声が聞こえAさんは心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。

振り返らなくても声とセリフですぐに誰だか解った。

(・・・あの時の子だ)

途端に体がガクガクと震えだす。

すぐにでも家の中に逃げ込みたいのに体が金縛りにあったように言うことを聞いてくれない。

後ろにいるであろう少年はAさんがそんな状態なのもお構いなしとばかりにタン・・・タン・・・と小さな足音で徐々に近づいていった。

怖くて目を瞑りたかったが金縛りはそれさえも許してくれなかった。

そしてついに彼女の目の左端に少年の顔が映った。

下から覗き込んでくるその顔は玄関の明かりに照らされていたが、やはり瞳は深く黒ずんでいた。

今にも泣き出しそうなAさんの様子を気にもせず少年が口を開いた。

「あのね~、僕ね~」

少年はニッコリと笑うとAさんの顔を見つめらながらこう言った。

「お姉ちゃんが欲しいの」

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>>心霊大好きさん
コメントありがとうございます
なるべく面白い作品を書けるよう頑張りたいと思います
ネタはわりと溜まってるのであとはやる気の問題ですが…

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1ファンとしてこれからも作品楽しみにしてます。

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