目覚めよと呼ぶ声あり・後編

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目覚めよと呼ぶ声あり・後編

《目覚めよと呼ぶ声あり・前編》の続きです。

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・・・・・・・・・

教会の扉を開いて最初に見えたのは、古ぼけた赤い絨毯のバージンロードだった。

というか、暗くて其れ以外が殆ど見えない。

月が細いことに加え、教会を囲む針葉樹の森が入って来る光を遮っているのだ。

「取り合えず、灯りを点けようか。」

のり姉の声が暗闇に響く。

僕達は一斉に、持って来ていたランタンのスイッチを押した。

キャンプ用のランタンなので、光はかなり強い。

辺りが一気に明るくなった。

「・・・うわっ」

光に照らされ、教会の内壁に描かれた落書き達が姿を現す。

均等な距離を以て配置されるランタン。一つ増える度に明るい場所が増え、また、壁の文字や絵が露になる。

卑猥な言葉や絵、人名に相合い傘。

色とりどりのスプレーで描かれた其れ等は、何故だか妙な凄味を醸し出していた。

眉を潜めたピザポが言う。

「それにしても、酷いな。」

「何が?」

「えっ?」

疑問を口にしたのはのり姉だった。

そんなことを聞かれるとは思ってもみなかったのだろう、ピザポが決まり悪そうに答える。

「いや、その・・・俺なんかが言うのもアレって言うか、そんな宗教とかに関心は無いし、信仰心とかも全然無いんですけど・・・」

其処で一旦言葉を切り、口籠った。

残りは察しろ、と言いたいのだろう。だが、のり姉が其れを許す筈もない。

「壁の落書きなら、何時ものことじゃない?」

確かに其れはそうだ。廃墟に落書きは付き物なのだから。

けれど、今回は場所が場所ではないか。

ピザポの方を見ると、困った顔をしていた。

「教会に落書きするのは、良くないと思います。」

「教会じゃなければいいと言いたいの?」

「違います!違うけど・・・。」

また口籠るピザポ。のり姉は意地悪そうな顔をしている訳でもなく、淡々と質問をしている。

「違うけど・・・何?」

ピザポが息を詰まらせた。続く言葉が思い浮かばないのだろう。

チラチラと此方を見てくる。僕にどうしろと言うのか。

じっと見ていると更に口がパクパクと動いた。一文字ずつ区切りながら、耳に聞こえない言葉を発して行く。

あ、う、え、え・・・・・・どうやら、助けて、と伝えているらしい。

・・・仕方無いな。

「倫理観の問題です。コンクリート塀を蹴り飛ばすのは平気でも、墓石だと何だか嫌でしょう。其れと同じじゃないですか。何となくですよ。」

適当に放った言葉をのり姉が繰り返していく。

「倫理観。」

「一応、元々は神聖な場所だった訳ですから。」

「神聖な場所?」

「教会でしょう。日本ではあまりポピュラーではないかも知れませんが、信者の方達からすれば、やはり神聖でしょう。」

僕が言い終えると、彼女は少しぼんやりとした顔で言った。

「此処は教会じゃないよ。」

「えっ?じゃあ・・・・・・」

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・・・・・・・・・

柔らかい音が、僕の言葉を遮った。

何かの曲のようだった。

楽器は一種類だけのスローテンポの曲。

「始まっちゃった。座ろう。」

のり姉が手近なベンチへと腰を下ろす。

「あの、のり姉・・・」

「少しの間、お利口にしてて。」

僕達も顔を見合せながらベンチに座った。

音楽はまだ続いている。

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音楽の中、突然、耳を塞ぎたくなるような音が会場に響いた。

教会の扉が開かれたのだ。

さっき開いた時には、こんな不快音していなかったのに。

そう思いながら扉の方を見たが、誰も居ない。

「誰も・・・」

「薄塩、黙ってて。」

のり姉が、薄塩の開き掛けていた口を塞ぐ。

「今は新郎の入場だから。」

其れでも、バージンロードの上には誰も居ない。

再び不快な音を立てながら、扉が閉まった。

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・・・・・・・・・

のり姉は身動ぎもせずじっとしていた。

僕達も言い付け通り、じっと座っている。

曲はそろそろ佳境に入るらしい。

其の時だった。

もう一度、やはり不快な音を発しながら扉が開かれた。

今度も誰も居ないのだろうか・・・・・・

・・・・・・いや、居た。

白いドレスを身に纏った女性。花嫁だ。

長いベールで顔を隠し、長手袋で腕を覆っている。

片手には小さなブーケを持っている。

そして、誰かと腕を組んでいるように、もう片方の手を折り曲げていた。

花嫁の隣。

本来なら、父親が居るポジションだろう。

だが彼女は独りで静静と進んで行く。

そして、向かう先にもやはり誰も居ない。

「・・・花嫁だけの結婚式?」

聞こえるか聞こえないかぐらいの声でピザポが呟いた。やはり他の人にも花嫁以外見えていないのか。

のり姉に何か言われると思ったが、彼女は何処か詰まらなさそうに、じっと花嫁を眺めているだけだった。

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・・・・・・・・・

音楽は何時の間にか止まっていた。

教会の祭壇の前で、花嫁はひたすらにじっとしている。

僕達以外誰も居なかった廃教会。真夜中。壁の落書き。

そして、真っ白な衣装の花嫁。

酷く場違いで、其れでいて妙に違和感の無い光景だった。

「・・・・・・あ。」

ピザポが小さな声で呟き、僕の服の袖を引っ張る。顔を上げると、花嫁がクルリと横を向いていた。

「キスかな、もしかして。」

「・・・そうだろうな。」

顔のベールを上げる相手は居ないけど。

そんなことを考えながら見ていると、彼女はやはり其の状態で暫くじっとしていた。

いや、本来ならこの時間に色々なイベントが盛り込まれる筈なのだろう。

指輪の交換ぐらいしか、僕には分からないが。

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・・・・・・・・・

花嫁が此方を向いた。

軽く膝を曲げ、腕を振り上げる。

ランタンの薄いオレンジ色に照らされながら、高く高く、ブーケが投げ上がった。

のり姉はぼんやりと其れを見ていた。

花嫁も、分解しながら宙を舞う花達を何をするでもなく見ていた。

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・・・・・・・・・

バサリ、とやけに大きな音を立てて、ブーケが落下した。

のり姉が立ち上がる。

「行こうか。」

「えっ?」

「ほら、見て。」

指を差された祭壇。見ると、花嫁の姿が消えていた。

「此方も。」

のり姉の指が方向を変える。今度は花束を指差していた。

花束は、何時の間にか黒くしわくちゃのゴミのようなものになっていた。

赤い絨毯にヒールの踵を埋めながら、のり姉は其のゴミみたいなものに近付いて行く。

「・・・・・・。」

クシャリ、と軽い音を立ててゴミのようなものは消えた。否、消えたのではない。彼女に踏み潰されたのだ。

「私、あんまり好きじゃないなあ。」

のり姉が顔を上げ、ステンドグラスの方を見詰めながらポツリと呟いた。

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・・・・・・・・・

「十字架を見て。」

ランタンに照らされて浮かび上がる十字架を見上げる。可笑しな点は見当たらない。

「今度はバージンロード。」

真っ赤な絨毯のバージンロードだ。縁に金色のラインが引かれている。此方も可笑しな点は見当たらない。

のり姉が言う。

「・・・十字架にキリスト像が付いてない。」

「そりゃ、式場の十字架でガリガリのおっさんが死んでたら気味が悪いでしょう。」

「バージンロードは赤なのに。」

「ドレスの白が映えるからじゃないですか?」

「バージンロードが赤いのはカトリックの印。なのに、十字架にキリスト像は付いていないし他の部分もプロテスタント風。」

のり姉が苦々しい口調で言う。

「カトリックのバージンロードに、プロテスタントの十字架。」

そんなことを気にするものだろうか。

「そんなことだってありますよ。大体、式を上げる人だって殆どがキリスト教じゃないでしょう。気にする人なんてそう居ませんよ。」

「知ってる。そんなこと。此処はあくまでも《結婚式場》だもの。私だって気にしてない。だからこそ、此処は《教会》じゃない。」

駄々を捏ねる子供のような顔をしてのり姉が答える。絶対に納得していない。

「のり姉?」

「・・・さっさと帰ろう!疲れた!ドレスもヒールも嫌い!!」

無理矢理に話を切り上げられてしまった。

「えっ、ちょっとのり姉・・・」

呼び掛けてみたが、のり姉は扉を開き、さっさと車へ向かってしまう。

ピザポが僕の肩を叩いた。。

「・・・今はそっとしておいた方が良いと思う。」

触らぬ神に祟り無し。確かにそうかも知れない。

けれど・・・・・・

「コンソメ、止めとけ。何か聞くにしても、タイミングってものが有るだろ。」

薄塩も呆れ顔で言う。心の中でも読まれたかのようだ。

僕は小さく頷いた。

・・・・・・ランタンを、片付けなくては。

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・・・・・・・・・

さて、先程薄塩は言った。

「タイミングってものが有るだろ。」と

只今帰りの車の中。

運転席にはずっと黙っているのり姉。

後方座席に薄塩とピザポ。

そして・・・・・・

助手席に無理矢理押し込められた僕。

更に、後ろの二人は態とらしく寝ている。ピザポに至っては鼾まで掻いている。

お前、普段寝てるとき無音だろうが。

思い切り睨み付けると、薄塩が寝返りを打ってそっぽを向いた。絶対薄目で見ている。普段から寝てるんだか起きてるんだか分からない面してるくせに。

更に睨むと、のり姉には見えない角度でグッと親指を立てられた。

今が、お前の言うタイミングだってか。

僕にどうにかしろってか。

・・・・・・嗚呼、もう。

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・・・・・・・・・

「嫌なら、行かなきゃ良かったのに。」

家に着く前に話を終わらせよう。そう思って、でもどう言えばいいのか分からなくて、焦って。

やっと口から出た言葉は、何だかとても意地の悪そうな響きをしていた。

怒られるだろうか。

運転しているのり姉をチラリと見る。

「・・・本当、そうだよね。」

ゆっくりと溜め息を吐きながら言ったのり姉は、怒っていなかった。

「でも、大切な人に任されたことだから。」

「大切な人?」

少しだけ微笑みながら、遠い目で言う。

「コンソメ君は、もう会ってる。」

「誰ですか?」

「それは秘密。・・・・・・けどね。」

何処か清々しそうな表情で、彼女は言い切った。

「私が尽くしたくなるぐらいには、素敵な人だったんだよ。コンソメ君。」

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・・・・・・・・・

「と言うか、そもそものり姉は何が嫌だったんですか?」

「薄塩達にそう聞けって言われたの?」

「・・・・・・いえいえ。そんなことは。」

「間が有ったね。そうなんでしょ。」

悪戯っぽく微笑みながら、彼女は横目で僕の方を見た。

「・・・・・・・・・。」

「薄塩とピザポ君は、直ぐにコンソメ君に頼っちゃうから。甘えすぎだよね。まあ、コンソメ君が甘やかし過ぎてるのも有るけど。」

「・・・・・・。」

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・・・・・・・・・

何も言えない僕を見かねたのか、軈て、話が始まった。

「・・・教会で流れてた曲、知ってる?」

「はい?」

「あれね《目覚めよと呼ぶ声有り》って曲なの。因みに、作曲したのはバッハね。バッハは?知ってる?」

「小フーガト短調と、トッカータとフーガニ短調ぐらいなら。」

「ああ、ハゲの歌と鼻から牛乳の奴。」

「何かが酷い。」

「ふふふ。・・・で、其の《目覚めよと呼ぶ声有り》何だけど、此れは、花嫁が花婿が来るのを知らされて喜びながら準備をするって歌なの。」

「結婚式っぽいですね。」

「パッと聞いたらね。・・・けど、本ネタはキリストの喩え話だから、ちょっとズレてるのかも。」

「喩え話?」

「そう。花嫁は昇天する魂を、迎えに来る花婿は神を表してる。死ぬ時は神様が迎えに来てくれるから、キチンと準備して喜びながら死のうねって話。」

「・・・・・・。」

「今日会ったあの子、何年も前から、一年に一度・・・つまり、今日ね。ああやって式を挙げるの。勿論、独りで。

・・・皮肉な話じゃない?迎えに来る花婿に喜ぶ歌を流しながら、毎年、自分以外誰も居ない式を挙げる。神の迎えに準備をする歌を聞きながらも、紛い物の教会に神は来ない。

単に、私が勝手に感傷的になってるだけかも知れないけど。ただ、どうしても苛つくの。毎年毎年飽きもせず、あんなーーーーー勿論、此れだって私の意見でしか無いのだけど、意味の無いことを延々と繰り返すだけで、どうなるのかって。

結婚式場に態々毎年出てきてるくらいなんだから、何かしら重い過去が有るんだろうし、辛い時ほど前を向くのは難しいものだって分かってる・・・筈なんだけど、其れでも・・・・・・」

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・・・・・・・・・

ペラペラと話していたのり姉が、突然苦々しそうな顔になって呟いた。

「ううん。違う。」

「・・・違うって、何がですか?」

「そんな殊勝なことを言いたい訳じゃないの。ただ、ただ、私は僻んでただけだから。」

「僻んで・・・って、彼女を?」

のり姉は頷いて、辛そうな表情のまま続ける。

「ずっと留まりたい程に大切な待ち人も、幸せな瞬間も、私には居ないから。・・・私は、私の大切な人を待てなかったから。」

言い切ってまた大きな溜め息を一つ。

「勝手にイライラして、勝手に落ち込んでたら世話無いね。我ながら馬鹿みたい。・・・ねえ、コンソメ君。コンソメ君には、そんな人は居る?」

僕は尋ねた。

「恋人ってことですか?」

「違う。少なくとも私は違かった。単に、ずっと待っていられるくらい大切な人。」

何時もとは少し違う、優しい顔でのり姉が問い掛けてくる。きっと、其の大切な人を思い出しているのだろう。

僕は自信を持って答えた。

「大切な人なら、いっぱい居ます。」

「そう。良かった。・・・じゃあ、其の中に、家の愚弟は居る?」

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・・・・・・・・・

振り向いて、後部座席を見た。

薄塩はまだ寝た振りをしていた。案外、本当に眠ってしまっているのかも知れない。

顔の前に手を伸ばし、ブンブンと振ってみる。

・・・反応無し。寝てる。

のり姉を見ると、クスクスと笑っていた。

僕は答えた。

「そんな当たり前のこと、態々言わせないでください。」

そして、何だかとても腹が立ったので、思い切り、薄塩の頬を摘まみ上げたのだ。

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・・・・・・・・・

「そんなに薄塩が好きなら、いっそ家に嫁に来てくれても良いんだよ!」

「いや、其れは断固として御断りさせて頂きますけれども。」

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沙羅さんへ
コメントありがとうございます。

御待たせしました。少し遅くなってしまいましたね。でも、ちゃんとストックネタを増やして来ましたよ。

花嫁に関しては微妙なところですが、のり姉のことだったら何とか頑張ってみます。
宜しければ、お付き合いください。

吉井さんへ
コメントありがとうございます。

残念ながら、川原さんとは別人です。
のり姉が、川原さんより前に出会ったひとです。でも、ホラゲー以下略のシリーズにも少し出てきてますね。

文才など有りはしません。
結構長くやっていますが、伝えたいことを伝えられたことは殆ど無いですから。

mamiさんへ
コメントありがとうございます。

と言いますか、人による見え方の違いの説明回みたいになると思います。
言い方が悪かったですね。すみません。
二人の仕事の話は近々白様の話を書きます。一応共闘と言える話になるでしょう。
宜しければ、お付き合いください。

リュミエールさんへ
コメントありがとうございます。

謎が謎を呼ぶけど、全く解決していないですね。
ただ、残留思念ではないそうです。
取ろうとすれば、コンタクトは取れるそうなので。

追々謎を解明出来ればなとも思っています。
宜しければ、またお付き合いください。

mamiさんへ
コメントありがとうございます。

残念ながら違います。かなり前の話だから覚えている方が居るかどうか怪しいくらいの人です。

過去を聞くのに一番手っ取り早いのは何だかんだ言ってアルコールですよ。
・・・ナース服にガーターベルトに巨大注射器ですよ?此れ以上頑張ったらもう下着を女性用に変えるしかなくなってしまいます。勘弁してください。

後編、待っていました!
大事な事なので、二度言いますww
待っていました!!
この後、番外編かなにかで、詳細が明かされると嬉しいです♪

・・でも、とても切ない気持ちの残るお話ですね。。

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ネタバレ注意

書き忘れてしまいました。
連投してすみません。
前回は、木葉さん達のお仕事のご回答ありがとうございました。
なるほど…お二人それぞれ特技(?)を生かしたお仕事ですね。
このお二人のお仕事でのお話をお書きくださるとか…
楽しみにしております。
なんか、どんどん図々しくなっていきますね…すみません。

何か色々考えさせられるお話でしたね。その花嫁は何故毎年それを繰り返しているのか?のり姉の言うその相手は誰なのか?読み終わってからどんどん気になりました。花嫁の方は残留思念で意思に関係なく繰り返しているとかではないんですかね?

のり姉さんの大切な人とは…あの《ホラゲーかよ~
》の方!?(もし正解ならば)その方とのお話も聞きたいですね。
紺野さん、みんなで女装の一つや二つ頑張って、のり姉さんの過去を色々聞き出して下さい!