長編8
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カラス

2015年10月19日

髪の毛の焼けた臭い…生きた物がそのまま焼かれた油が付くような臭い…

黒く…そして赤く…所々白いドロッとした人の頭部が目と鼻の先にある。その口からフーッと吐かれた息は…昔嗅いだ犬の腐乱死体の臭い、そのものだった。

生きているのか、死んでいるのかも判らない。見た目や臭いは死んでいるのに息はしている。頭は混乱し、意識はボンヤリとしているのだが、身体は悪臭に反応し仰け反る。眉間に皺を寄せ、息を止め目を閉じる。

再び開けた目の前に、そいつは居なかった。ただ…鼻の奥にこびり付いた悪臭だけが残っている。

団地の退去住宅の修繕工事をする為に私は調査に来ていた。ここは住人が退去してから3年…何故か修繕もせず、今に至るようだ。他の住宅の殆どが、住人が退去すると直ぐ修繕工事を行うのだが…まぁ、予算の問題で工事を後回しにする事は、よくある事だし、気にせず作業に取り掛かる事にした。

この部屋は何故か変だ。通常このような住宅は鉄筋コンクリで建築されている為、大きく居住スペースの空間をコンクリの壁で囲まれ、その後に間仕切り壁や天井を、木材や軽天材で組み、色々と仕上げて一つの住宅が出来るのだ、が…ここは入り口の重い玄関ドアから入ると、後はコンクリートむき出しのガランドウな部屋だったのだ。

その中央で、何処から手をつけるか悩んでいる最中、先程の現象に襲われた。寝ていた訳ではない。意識がボンヤリし、目を閉じて開けると…悪臭と共に奴が目の前に居たのだ。

ほんの一瞬、夢を見た感じだった。

窓から差し込む昼の光が恐怖心を和らげてくれた。

2015年10月20日

昨日の部屋の鍵を返却する為、団地を管理している事務所に訪れた。ついでに報告も兼ねているので何故内装が何も施されていないのか?と疑問をぶつけてみた。すると担当の方は私に誰にも口外しない事を約束させ、一つだけ教えてくれた。

鍵には何処の団地の何号室と書かれた札が付いているのだが、問題なく退去された部屋の札は青。匂いや傷の多い部屋は緑。孤独死等で発見が遅れた部屋は黄。それ以外が赤。

これだけを言い終わると、私の返却した赤い札の付いた鍵を保管庫に仕舞い、これ以上は言えないと話を変えられてしまった。

工事をしたくないと思うには充分だった。

2015年10月22日

一昨日の団地は10階建と割と大きな建物なのだが、今日はその7階に住む村瀬様のお宅に、建具の調整に伺ったのだ。来客用の駐車場に車を停める前から、何か大変な事が起きたのだと判るほど、赤と白と白黒の緊急車両が団地の裏、入り口とは反対側のベランダ側にわんさか停まっていたのだ。好奇心から私も団地を壁伝いにベランダ側まで歩き見に行った。

見に行かなければ良かった。

顔半分が削れて、残っているもう半分の顔の目は、頭の右側の奥にめり込み、身体は破裂したように衣類の隙間から赤黒い液体が弾けたように飛散していた。私は暫く動く事が出来ずにいると、警官に肩を抱えられ見えない所まで連れて行かれた。驚きと気持ち悪さで動けないでいたのだが…"人の脳は白いマショマロのようなのだな"と冷静に考えている自分に驚いた。

その後、7階の村瀬様を訪れたのだが、やはり先程起きた落下された人の話題になる。それもそうだ、村瀬様の二階上の10階からのダイブして、村瀬様のベランダの手摺にも当たったようなのだ。この事にも驚いたのだが、それよりも驚く事を聞かされた。

それは落下された人の、隣の住人は三年前に焼身自殺をしていた…という事だ。

それは、一昨日の現場調査場所だ。より一層、工事が決まらない事を願うしかない。

2015年10月23日

夢を見た。昨日の恐ろしい現場を見てしまった影響かもしれないが…団地に住んでいる夢だ。見晴らしの良いベランダからは、遠くの山々が見える。部屋の中央にあるソファーに腰掛けくつろいで居ると、インターホンを連打で押され、玄関ドアを激しく叩かれた。少し苛つきながら玄関の鍵を開けに行き、ドアを開けると何かを捲し立て怒鳴っている隣の住人が、私を押し退け勝手に家に入ってきたのだ。私と隣の住人は揉み合いになり、私は力負けして転倒し意識が薄れていった。

そこで夢から覚めた。やはり昨日の影響か…隣の住人の顔は、昨日の落下死した人の顔なのだから。

2015年10月24日

管理事務所から落下死した部屋の荷物の処理を依頼された。身寄りの無い人だったようだ。あまり行きたくないのだが、これも仕事。全てゴミとし処分しなければならない為、人員数と処分する量の把握に現調は不可欠。早速、鍵を借り現地に向かう。余計な事を考えないように…そう自分に言い聞かせながら。

勝手なイメージだが汚部屋を想像していた分、割と綺麗で物も少なく拍子抜けしてしまった。気の緩みから私は無造作に置かれていた一冊のノートをペラペラとめくってしまった。

どうやらそれは日記のようで、主に隣の住人の事ばかりが目に付いた。騒音…これが原因で揉めていたようだ。だが最後のページに近づくにつれ、読み難くなり、最後のページは全く解読不能だった。よほど精神的に疲れていたようだ。

割と早く調査も終わり、玄関で靴を履き、重い玄関ドアを開くと、迎えのドアに誰かが入って行く音が聞こえた。管理事務所の方かもしれないと思い、挨拶をして帰ろうとドアノブを捻るが鍵が掛かって開かない。

確かに向かいのドアの音だし聞き間違いにしては、重いドアが閉まる時の風圧も感じた。確信があったのでチャイムを鳴らし声を掛けてみたが応答はない。やはり自分の気のせいなのか、下の階の人の音なのかもと、その場を離れようとした時、ガチャっと鍵の開く音が聞こえた。「あーやっぱり居たんだ」と安堵し勢いよくドアを開けた。

2015年11月1日

ドアを開けた。それからが思いだせない。目を覚ますと病院のベッドの上だった。昨日、退院し明後日まで休みを頂いた。

24日の夜、帰社しなかった為、同僚達が探してくれたようなのだが、見つからず。

予定表に書かれていた団地の現調から後は伺うはずの現場にも訪れていない事から、あの団地が最後だと判明はしたものの、部屋には鍵が掛かっており、管理事務所は17時以降は誰も居なくなり鍵を手に入れる事も出来ず、また、そこに私が居るとも断定出来ないので、わざわざ出向いてもらって迷惑も掛けられないとなり、25日の朝に団地の鍵を借りて捜索に来てくれた。

だが、私はその鍵を借りた部屋の向かい部屋に居るとは誰も思わず、諦めて帰ろうとした時、不思議な話なのだが、向かえの重いドアがひとりでに開いたそうだ。そのガランドウな部屋の中央にススだらけの真っ黒い私が倒れていだようだ。同僚には色々と感謝している。

ただ、病院ではただの過労と診断され、黒いススが何故付いたのかは原因が解らない。同僚の話でも私の周りには、何もそれらしい物は無かったと聞かされた。今日は何もしていないが疲れた。

2015年11月2日

長く恐ろしい夢を見た。いや…思い出したと言うべきか…

私は、あの重い玄関ドアを開けた。中はガランドウではなく、玄関があり下駄箱、そして、居間とを仕切るガラスの引き戸が有った。

不思議だとも思わず靴を脱ぎ引き戸を開け、居間の中央に設置されているソファーに腰掛ける。ベランダから見える景色を見ながら休んでいる。するとベランダの窓に1羽のカラスが激しくぶつかった。窓は割れなかったが、カラスは意識を失っていた。

私はソファーから立ち上がり、ベランダの窓を開け徐ろにカラスを持ち上げ投げ捨てた。遠くでカラスの鳴き声が聞こえたが気にする事はなかった。

夢の中で暫くの時が経過した。何時ものようにソファーでくつろいでいると、またカラスが窓に激しくぶつかった。また私はそのまま下に投げ捨てた。それから毎日のようにカラスは窓にぶつかった。1日に数え切れないカラスがぶつかるようになった。まとめて下に投げ捨てるようにもなった。

それが日常に成りつつある日の事。隣人が勝手に家に上がり込み五月蝿いと文句を言ってきた。なんの事を言っているのか解らない私は、隣人と口論になり、怒りが押さえられず手が出てしまった。

隣人はそれをかわすと、私はバランスを崩しそのまま机の角に頭を打って倒れてしまった。私は意識はあったが動けずいると、隣人は部屋から出て行き、灯油缶とライターを二本もって戻ってきた。私にライターを握らせ灯油をかけてきた……熱い!熱い!あつい!息が出来ない!

暫くのたうち回り息絶えた。

目が覚めると、あのガランドウな部屋の中央にいた。腐臭がする…あの黒いドロッとした奴が私の胸にしがみついていた。そいつはゆっくりと、私の胸から顔を持ち上げると私の顔を見て

“ガァー”と鳴いた。

また意思を失い夢を見た。

私は空の灯油缶を持ち自分の部屋に帰り消防に連絡を入れた。“隣から焦げ臭い匂いがするから直ぐに来てくれ”と。

暫くして大騒ぎになった。だが自分が疑われる事は無かった。隣人は迷惑な焼身自殺として片付けられた。これからやっと静かな平穏な日々がやってくると思うと清々しい気分だった。

だがそれは消防や警察の現場検証、部屋の解体作業が終わるまでやって来ない事は予想外だった。暫くしてやっと解体も済み、管理事務所からは隣の部屋は暫くこのままだという事と、気持ちが悪いなら他の棟に移転も出来ますし費用も持ってくれると言われたが、せっかく勝ち取った平穏を誰にも奪われたくない。そのまま住み続けると言ってやった。

だが暫くして、もう誰も居ないはずの隣から、何かをぶつける音が頻繁に聞こえるようになった。意を決して隣のドアをノックしても、やはり誰も居る気配すらしない。管理事務所にも相談し、調査もしてもらったが、音の原因は判らなかった。

その音に昼も夜も悩まされ、一睡も出来ない時もあった。そんな状態が暫く続き我慢の限界を迎えた私は、ベランダ越しに隣の部屋を覗き込み、音の原因を探ろうとベランダに出ると、隣のベランダから悪臭が漂ってきた。防災の時の為に隣のベランダとの仕切りは薄いアルミ板で出来ており、その下は20センチ位の隙間がある。その隙間からは黒い羽のような物が大量に散らばって落ちているのが判った。もっと良く確認しようと、ベランダの内側から外側に身を乗り出し仕切り壁の向こうを覗き込むと…

真っ黒くタダれた隣人が隣を覗き込むように

“ガァ〜”と鳴いた。

驚いた私はそのまま下に落下した。7階のベランダに腹部を打ち付け、ザラザラの外壁に頭を擦り付けながら…

1羽のカラスが舞い降りて来て私の脳みそを咥えて何処かに飛び立った。

カラスの呪いなのかもしれない。

2015年12月1日

とうとう工事が決まってしまった。

着工日は2016年1月6日…私はこれから退職願を出しに行く。

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こんばんは。

息をするのも忘れて、読み入ってしまいました。
そして、この怖さ…なんか…胸の辺りが痛い…
また、次回も、楽しみにしてます。

まりか♫様。

長いのに読んでくれてありがとうございます。前から日付入れるような怖話描きたかったんですよね〜。

珍味様。

いつも優しいコメントありがとうございます。書くのはたまにですが、書いて投稿する勇気が湧いてきます!

ロビンM子様

そうですよね〜。カラス全然出てこないですよね〜。書いてて自分も思いました。ロビンさんのコメントはいつも面白くて吹いちゃいました。あと、先生はやめて〜。文章力ないんだから…

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久方ぶりの長編を拝読しました。変わらぬ読み応えが、嬉しい限りです。どうぞ、今後とも、ご無理の無いペースで、投稿を続けられて下さい。

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