中編5
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午前2時の誘惑。

私には悪癖がある。それは夜も更けてからという遅い時間帯に無性に、甘い物が食べたくなるのだ。

遅い時間帯に食事、それも甘い物を食べるということがどれだけ体に良くないかは分かっている。肥満になるだけではなく、逆流性食道炎や糖尿病になるリスクもあるのだと、看護師をしている友人から聞いたこともある。だけど、食べたいのだ。我慢が利かなくなる。食べちゃだめ、食べちゃだめと強く念じれば念じるほど、体が甘い食べ物を欲求してやまないのだ。

家に甘い物を置いておくと、結局食べてしまうので、極力置かないようにはしているのだが。そんな私の涙ぐましい努力を嘲笑うかのように、近所に新しいコンビニがオープンした。近頃のコンビニでは、スイーツに力を入れているらしく、ケーキ屋さん顔負けな豪奢なスイーツが勢揃いするようになった。ケーキ屋さんで買うより安いし、味も劣ってはいない。ふんわりとした生地に生クリームを挟んで巻いたロールケーキや、サクッとした皮にトロリとしたカスタードがたっぷり詰まったシュークリームなど、考えるだけで涎が出そうだ。

もういても立ってもいられない。私は財布を掴むと、パーカーを羽織って表に飛び出した。

深夜帯のコンビニには、数人のお客がいた。仕事帰りのサラリーマンや見た目が派手な若者が、手に飲み物や雑誌を持ってレジに並んでいる。私はそそくさと菓子棚のほうへと歩き、じろじろと物色した。新発売になっていた杏仁豆腐やマンゴープリンに加え、定番のロールケーキやプリン、抹茶味のシュークリームなどをカゴに入れ、レジに向かった。レジには若い店員がいて、カゴに入った数々のスイーツと私の顔を見比べ、小さく肩を竦めた。だが、そんな態度にも別に腹は立たない。そんなことよりも早く家に戻って、このスイーツの数々を頬張りたくて仕方なかった。

はやる気持ちを抑え、足早にコンビニを出る。すると出た直後、「ユリちゃん!」と声を掛けられた。見れば知らない女性が私を見てにこにこしている。セミロングの黒髪に、皮のジャケット、ジーンズにロングブーツを履いた、30代くらいの人だ。キツイ香水の匂いが鼻をつく。親しげな様子で近寄ってくるが、先述した通り、知り合いでも顔見知りでもない。第一、私の名前は「ユリ」ではない。誰かと勘違いしているんだろう。そう思い、口を開こうとした途端、腕を掴まれた。

「遅いじゃない。約束の時間は午前1時でしょ。もう2時になるわよ。電話しても出ないし、メールもラインも返ってこないし。心配したのよ。遅れるくらいいいけど、せめて連絡はしてよね」

「は・・・・・・?いや、私は」

「早く行きましょう。近くの駐車場に車停めてるから。準備は出来てるし、抜かりはないから」

「ですから、私は」

「レターセットとペンも用意したし、良かったら使って頂戴。ふふ、私って準備いいでしょ」

そう言って歩き出そうとする彼女を私は必死に止めた。

「ちょっと待って。私の名前はユリじゃないです。人違いされているのでは?」

「やだー、またそんな冗談言って。前、メールで言ってたじゃない。左目の下に黒子があるって」

確かに私の左目の下には泣き黒子がある。彼女が本来、待ち合わせをしていた「ユリ」という女性にもまた、同じように左目の下に黒子があるというのは偶然にしては出来過ぎているが。しかし、私は「ユリ」さんではない。完全に人違いだ。私は女性の手を振り解くと、「人違いですよ」とやや力を込めて言った。

「私はユリさんではありません。ちょっとコンビニに買い物があって来ただけに過ぎません」

流石に大量のスイーツを買ったことは伏せた。女性は目をぱちぱちさせ、しばらく黙っていたが、ようやく人違いに気付いてくれたようだ。彼女は頭を何度も下げ、「ごめんなさいね」と謝った。

「人違いだわ。待ち合わせの相手の顔を知らないものだから・・・・・・。でも、前、電話をした時に左目の下に黒子があるって聞いてたから、あなただと思っちゃったの。待ち合わせ場所がここのコンビニだったしね。本当にごめんなさい」

「いえ・・・・・・。分かって貰えればいいです」

「この調子だと、ユリの奴、来ないかな・・・・・・」

女性はポケットからスマホを取り出して弄り始めた。ようやく解放された私は、軽く会釈をしてその場を立ち去ろうと歩き出した。すると、女性が「ちょっと待って」と私の袖を掴んだ。何だろう、まだ何か私に用があると言うのだろうか。早く家に帰って、お宝とご対面したくてうずうずしているというのに。人違いされたこともあり、幾らかムッとした表情を作り、振り返る。女性は相変わらずにこにこしていた。

「ねえ、あなた。○○○っていうサイト、見たことある?」

「・・・・・・?」

見たことはないし、聞いたこともない。名前だけではどんなサイトであるのか、全く分からない。無言で首を振る私に、女性はさらりと言った。

「自殺サークルのサイトなのよ。私も、それからユリもそのサイトに登録しているの」

自殺サークル____自殺志願者を募るサイトのことだ。自殺をしたい、もしくは自殺に興味がある、そういった人々が集まり、思い思いに言葉を交わす。そういったサイトがあるということは知っていたが、実際にサイト利用者に出逢うのはこれが初めてだ。目の前にいる、ごくごく普通の女性。人生に悲観しているようでも絶望したようにも見えない雰囲気の彼女が、自殺サークルのメンバー?今度は私が目をぱちぱちする番だった。

そんな私をよそに、女性はにこにこしながら更に追い打ちを掛けた。

「ユリとはサイトで知り合って、凄く気が合ったの。サークル内では1番の友達だった。でね、今日会う約束してたのよ。お互い生きていくの厭になっちゃったクチだし、心中しようって話し合ってたの。このコンビニ前で待ち合わせして、私の車の中で練炭自殺しようかって話してだんだけど・・・・・・・やっぱり怖くなっちゃったのかな。連絡取れなくて」

女性は私の顔を両手で挟むと、じりじりと自分の顔を近付けて来た。細い目を何とか大きく見せようと、必死で偽装した跡が見て取れる。かぴかぴになったアイテープや、何度も引き直したせいで滲んだアイライン、取れ掛かった付け睫毛に、淵のあるカラーコンタクト。濃過ぎるファンデーションとチーク。年齢にしては痛々しいメイクだが、死んだ後も美しくありたいと願うその努力だけは伝わった。だが、その異様なまでの迫力に、私は声も出ない。通行人が不振そうな眼差しでこちらを見てくるものの、関わり合いを恐れてか誰も助け船を出してくれようとはしなかった。

女性は真っ赤に塗りたくられた唇を歪ませ、ぼそりと呟いた。

「ユリの代わりにあなたでもいいや。むしろあなたがいいや。これから一緒に行かない?大丈夫、遺書も練炭の準備も出来ているし_____」

私は踵を返し、今しがた買ったばかりのお宝が詰まったコンビニ袋を投げ出して走り去った。

それ以来、あのコンビニには行っていない。

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