初めてのアルバイト「白いワンピースの女」

長編10
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初めてのアルバイト「白いワンピースの女」

 私は昔、とある24時間営業の喫茶店でアルバイトをしていた事がある。

しかも20になって初めてのアバイト。

が、そこは余りにも変わった喫茶店で、私はそこで数多くの不思議で危ない体験をしてきた。

今から話す事は、その一部です。

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正月気分も過去のものとなった1月半ばの事。

私は早朝から喫茶店のアルバイトへと来ていた。

朝は出勤途中のお客様が多く、持ち帰りのお客様でカウンター前には列ができるほど。

そんな中、窓辺のテーブルに座る一人のサラリーマン風の男性が一人、何も頼むわけでもなくただじっと、テーブルに視線を落としていた。

「あの人、オーダーはいいんですか?」

私がウェイターの関本さんにそう聞くと、関本さんは注文された珈琲とサンドイッチを紙袋に詰めながら、窓辺の男性に目をやった。

関本さんはこの店の大先輩で、日勤帯の主任でもあり、黒縁眼鏡が良く似合う×1子持ちのパパさんだ。

「ああ、あの客ね。さっき辻ちゃんがオーダーとりに行ったらしいけど、」

「何なに?呼んだ?」

そう言ってレジを打ち込んでいた辻さんが、私と関本さんの間に入ってきた。

辻さんは私の先輩で、この店に勤めて1年になる。

都内の大学に通う男の子で、歳は私より1個下の19歳。

あまり先輩らしくない所がどこか親しみのある、ある意味良い先輩。

「あの客だよ」

関本さんが目配せすると、辻さんは窓辺の方に目を向け、

「あ~あれね」

と言って、腰に手を当て怪訝そうな顔をした。

「どうしたんですか?」

「いや、注文取りに行ったらさ、訳わかんないこと言ってたんだよね」

「訳?」

「うん。白い服の女がどうとか、ナイフを……とか」

「えっ?ナイフって、それってやばくないですか?」

「だろ~やばいよねやっぱ。どうする?ふんじばってうちの倉庫にでも隔離しとくか?」

辻さんはそう言って右腕を勢い良くまくって見せた。

やっぱり先輩というイメージとはちょっと違う。

「馬鹿言ってないで、ほらお客さん、メニュー決まったみたいだよ?」

関本さんが顎で辻さんをレジに促すと、私たちはいそいそと元の持ち場へと戻った。

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しばらくして、店の混雑も落ち着きを取り戻し始めた時、

「お~い唯ちゃん、ちょっといいかな?」

店長だ。

朝が弱い店長はまだ眠いのか、腫れぼったい目をこすりながら、眠たそうな声で私を呼んだ。

「はい?」

「これ、代わりに郵便局に持って行ってもらえないかな?僕、お客さんが来るから店外せなくてね」

「郵便局……駅前のですか?」

「そうそう、いつものとこ、必要なものはバックに全部入ってるから、頼んだよ、ふわぁぁ」

「あ、はい、分かりました……」

私が頷くと、店長は大きく背伸びしながら、事務室の中へと戻っていく。

「あ~あ、ありゃ二度寝する気まんまんだな」

関本さんが、着ていたエプロンを器用にたたみながら言った。

「あははは……やっぱり、ですよね」

店長、良い人なんだけど……と心の内でぼやきつつも、私は関本さんに後の事をお願いして、駅前の郵便局へと向かった。

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早朝だというのに人でごった返す郵便局、私は何とか用事を済ませると、そのまま駅前のバス亭へと移動した。

「人多いなあ……」

そう言って腕時計に目をやる。

「少しくらいなら、いいよね」

学生やサラリーマンで一杯のバスに乗り込むのは中々の至難の技で、私は一本バスを遅らせようと、近くにあったコンビニへと立ち寄る事にした。

店に入ると気になる雑誌を手に取り、今日の占いは何だろうと、適当にページを探していたその時、

「あれ、今朝の人……」

ふと、窓の外に見覚えのある姿を見かけた。

目をやると、そこには今朝うちの喫茶店で、窓辺の席に座っていたあの、怪しい男性客が立っていた。

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男性は何かぶつぶつと何か呟いている。

口端からは小さな泡がいくつも吹き出し、顔は青ざめ、目は赤く充血している。

どこから見てもその様子はおかしい。

いや、今朝見た時よりも更におかしいと私は感じた。

そうやって私が目を細め気味悪がっていた時、

その男性が不意にポケットから何かを取り出した。

スマホか何かかなと思ったそれは、朝日を浴びて銀色に鈍く光っていた。

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包丁だ。

shake

私は思わず叫びそうになり、手に持っていた本を衝動的に床に落とした、その時だった。

男性の後を追うように、後ろから一人の女性がスゥーッと現れた。

白いワンピースを着た女性は男の耳元に顔を近づけると、何かを囁いている。

そしてその直後、男性はその女性に押されるようにして走り出し、発車待ちをしていたバスに、鬼気迫る勢いで乗り込んだ。

何?何が起こったの!?

私は必死に声を出そうとしたが、恐怖のせいかうまく声に出せない。

そうこうしているうちに、他にいた人たちが異変に気がつき、口々に叫び声を上げ始めた。

「あいつ包丁持ってるぞ!?」

「キャー!!」

「警察!警察!!」

逃げまとう人々に釣られるようにして、私も店を出て逃げようとした時、不意に、さっきのワンピースの女性が目に飛び込んだ。

女性は逃げまとう人達とは逆行するかのようにして立っていた。

しかもこんな異常事態だというのに、この女性は……笑っている。

バスの中で暴れまわる男性を見ながら、口を開け狂ったように笑っていたのだ。

「あはは、こ、殺せ……殺せ!きゃははははっ!!」

狂気に満ちた声が、私の脳を麻痺させてくる。

私は全身の毛が逆立つような寒気を感じ、その場で身震いした。

狂っている。

明らかにこの女性も異常だ。

呼吸が荒くなる、息苦しい、でも逃げなきゃ。

そう思い私は直ぐにその場から逃げ去ろうとした、だけど、私はそれと同時に何か引っかかるものを感じていた。

何だろうこの違和感は。

そう感じ、何を思ったか、私は震える足を押さえ込み、その場に立ち止まって女のほうへ必死に振り返った。

「な、何で!?」

違和感の正体は直ぐに分かった。

女は裸足だったのだ。

しかも、その足元には、あるはずのものがなかった。

影だ。この女性には影がない。

ありえない、こんな事、絶対に。

もう一度女性に目をやった。

女性は口が裂けんばかりに大きく開き、

「やれ、もっとやれ!後ろのバスの奴らも逃すな!」

と、気が狂ったかのように喚き散らかしていた。

すると、バスに乗っていたあの男性が、まるでその言葉に従うようにして、後続のバスに乗り移ったのだ。

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何これ……もしかしてこの女性が!?

男性は手に持っていた包丁を構え、またもそれをバスの車内で振り回し始めた。

入り口付近にいた女子学生が腕を切られたのか、切られた箇所を押さえ泣き叫ぶのが見えた。

悲痛な断末魔、その声を耳にした時、私の体は自分の想像を遥かに上回るような行動を取っていた。

shake

私はあの白いワンピースの女性の元に駆けつけると、衝動的にその腕を掴んでいたのだ。

そして自分でも信じられないくらいの怒気を込めた声で言った。

「や、やめて!もう……やめで!!」

私は泣きながら言った。

目からボロボロと大粒の涙を流し、女性の腕を掴みながら子供のように泣きじゃくる声で、必死に訴えていた。

殺される。

その瞬間本当にそう思った。

が、次の瞬間、白いワンピースの女は、私のほうを振り向くと、信じられないといった驚愕した顔で私のほうを見た。

まるで、何で私が見えているんだ、何で触れられるのかと言わんばかりに、私の顔と腕を交互に見ながら。

「今だ取り押さえろ!」

突然聞こえたバスの中からの声に釣られて私が振り返ると、バスで暴れていた男性が、周りにいた男性客達に取り押さえられていた。

女性の方に振り返るのと同時に、掴んでいた私の手の力がふっと軽くなった。

いや、掴んでいた腕が消えていた。女性の姿と共に……

さっきまで女性を掴んでいた自分の手をじっと見る。

shake

手の平にポタポタと大粒の涙が零れた。

私は堰を切ったかのように嗚咽のような泣き声を上げ、その場に座り込んでしまった。

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それからの事はあまりよく覚えていない。

私の帰りが遅いのを心配して、店長が電話してきたのを期に、駅前まで私を迎えに来てくれた。

店長が念のためと言う事もあって病院にも行ったが、気がつくと私は家族に連れられ家に戻っていた。

そしてその日は呆然としたまま、朝を迎えた。

次の日、その次の日と、私はアルバイトを休むことになり、ようやく3日ぶりの出勤となった。

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「唯ちゃん、大丈夫?」

お昼のランチタムも落ち着きを見せた頃、関本さんが心配そうな顔で声を掛けてくれた。

辻さんも関本さんも、今日はいつも以上に気を使ってくれている。

ありがたいと思うのと同時に、何だか申し訳ない気持ちになる。

「はい……大丈夫です。いつまでも落ち込んでられないし」

そう言って無理に笑顔を作って返事をするも、関本さんに苦笑いされてしまった。

「とりあえず休憩行っておいで。こっちはもういいから」

関本さんはにっこり笑ってそう言うと、テーブルに残ったお皿を手に持ち、厨房へと行ってしまった。

優しいな関本さん。

しっかりしなきゃ……気を取り直し、私は着ていたエプロンを外して休憩室に向かおうとした、その時だ。

店の窓側に座る一人の女性。

ストローハットを目深く被った、全身黒づくめの女性が、私の目に留まった。

何故かは分からない。

得体の知れない感覚が、私の全身を駆け抜けた、目を離すなと。

何だろう、あの女の人、どこかで会ったような……

瞬間、私の脳裏に、3日前のあの悪夢の惨劇がフラッシュバックした。

両の手が微かに震えている。

その震えが全身に行き渡ろうとするのを、私は必死に押さえ込んだ。

あの女の人……もしかして……?

確かめなきゃ。

なぜそう思ったのかは分からない。

正義感からではないし、興味からでもない。

ただ、あまりにもあの理不尽な惨劇が許せなかった。

死者はでなかったものの、心の傷は一生癒えないだろう。

いつもと変わらない何気ない日常、その全てを壊してしまうような、あの理不尽な惨劇を、私は心の底から憎んでいたんだと今更ながらに思う。

意を決し、窓辺の女性に近づく。

距離が縮まるのを確認しながら、私は女性の足元を見た。

影は……

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ある。

生きてる女性だ。

ならあの時の白いワンピースの女性とは違う?

分からない、けれど、どうしても気になる。

確認する方法は……

「あの、」

女性の座るテーブルの横に立ち、声を掛けるよりも早く、女性が私に気づき、こちらに振り向いた。

面影はある、ただ、あの時の白いワンピースの女性に比べ、顔には生気が宿っていた。

「何……?」

女性は分厚い口紅で塗られた口を開け、煩わしそうな声で言った。

「あ、いえ、その……」

威圧的な目、その目に萎縮してしまい、私がまともに返事を返せずにいると、女性は伝票を手に取り立ち上がり、私の肩にぶつかりながら強引にレジへと向かった。

思わずよろけてその場で躓きそうになった。

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その瞬間、あの時、バスの中で腕を切られた女子高生の泣き叫ぶ顔が、私の脳裏を過ぎった。

一生消せない傷……

床に足を踏ん張らせると、私は後ろからその女性に一気に近づき、

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shake

腕を掴んだ。

「なっ!?」

私のほうを振り向き驚いた顔を見せる女性。

掴んだ女性の手首の袖がめくり上がり、女性の手首の素肌が露になる。

そこには、女性の手首には、強く掴まれたような黒ずんだような手の跡が残っていた。

「これ、どうされたんですか?」

「はあっ?知るわけないでしょ!何なのよあんた!?」

凄い剣幕で怒鳴り散らす女性、いつもの私なら、ここで直ぐに引き下がっていた。

けれど今は、今だけは引き下がるわけにはいかない。

「あの時、いましたよね?大勢の人たちが傷ついたあの場所に、貴女はそれを見て笑っていましたよね!?」

「なっ!?何よいきなり!あ、頭おかしいんじゃないのあんた!!私が何したって言うのよ!?」

「皆が泣き叫んで逃げている時に、あ、貴女だけは笑ってた……まるで、まるで楽しんでいるかのように!」

「全然意味わかんないわよ!!いいから手を離しなさいよ!誰かきて!この女私を殺す気よ!?」

女性が喚き散らすと、店の奥から関本さんと辻さんが厨房から慌てて飛び出してきた。

「唯ちゃん!?」

shake

駆けつける二人に、私の腕は簡単に振りほどかれてしまった。

「離してください!この人は放っておいたら駄目なんです!!」

「ふ、ふざけんじゃないわよ!!私が何したって言うのよ!?やったのはあの男でしょ!?」

あの男……

「何で男の人がやったって言えるんですか!?私まだ、事件の事なんて何も話してないのに!!」

私がそう言った瞬間、あれだけ顔を真っ赤にして怒りに燃えていた女の形相が、見る間に青ざめていった。

歯はガチガチと噛み合い音を立て、両の肩が小刻みに震えている。

「わ、私はな、何も……」

女性の声が明らかに勢いを失っている。

関本さん達も状況の変わりようにうろたえているようだ。

私は二人に掴まれた腕を振りほどくと、女性の顔に、私の鼻先が当たりそうになるぐらい近づけ言った。

「貴女の顔、覚えましたから……二度と忘れません」

明らかに怯えている女性、そして私は更にこう付け加えた。

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「私には……どちらの貴女も、いつでも見えますから!」

そう言うと、女性はその場に愕然とした姿で座り込んだ。

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関本さんが女性に手を貸そうとすると、女性はそれを力なく振り払い、よろよろとした姿で店を出て行った。

「ゆ、唯ちゃん……?」

辻さんが私に不意に声を掛けてきた。

「へっ……?」

返事を返す。

「な、涙」

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言われて初めて気がついた。

私は泣いていた。

涙が止まらなかった。

咄嗟に止めようときつく目を閉じると、湛えていた大粒の涙が更に勢いを増して、頬を伝って流れ出した。

子供のように顔を歪めて泣き出す私を、二人はどうする事もできず、ただただ困った顔で、私が泣き止むまで見守っていてくれた。

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唯ちん(。´Д⊂)

昼バージョンもいいですな!

裂久夜さま>なるほど(笑)

「見えない交渉」、「異音」の二つを読めば、また違った見方ができて楽しめるかなと思いまして。

楽しんで頂けたのならこれ幸いです。

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