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ハロウィンの夜に逢いましょう。
場所は渋谷のスクランブル交差点付近。
私を探してくださいね。
その日は魔女の格好をして行きます。
黒いドレスにトンガリ帽子。手にはホウキを持ってます。
TSUTAYAのビジョンが見える範囲をウロウロ歩き回ってます。お店の中には入らないから安心して?
制限時間は20時から22時の間ね?その間に頑張って探してね。
私は仮面をつけてます。
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ラインの最後に写真が送られてきた。
すごい美少女だ。テンションが上がった。
二ヶ月前、ネットの掲示板で知り合って仲良くなり、連絡先を交換した女の子。
ハンドルネームは「ジェーン・ドゥ」。
写真を見たのは初めてだ。
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話も合うし、趣味も合う。
年も近いし、お互い東京住まいだった。
かわいい子だったら、逢ってみたいと思っていた。
この写真の通りのビジュアルなら、ぜひ付き合ってみたい。
俺は今フリーだったし、相手も彼氏いないらしいし。
そんな彼女と、ハロウィンの夜に逢うことになった。
楽しみだった。
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その日、渋谷の街は仮装をした人々であふれかえっていた。
定番の魔女、ドラキュラ、ジャック・オー・ランタンといった西洋の怪物たち。
アニメや漫画、映画の人気キャラクターのコスプレ。
ゆるキャラや特撮の着ぐるみを着ている人たちもいた。
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ちなみに俺は適当に、量販店で売っていたプラスチックのカボチャの面を頭にひっかけてきた。
目当ては人に逢うためでも、多少はイベントに参加しないとな。
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それにしてもすごい混雑だ。人が多すぎて、まとも前に進めない。
この中から、一人を探すって……無理じゃないか?
……あれ?
しかもジェーン・ドゥは、魔女の格好をしてるとは言っていたけど、「仮面をしてる」って言ってなかったっけ?
写真の顔を目当てに探すこともできないって、これはもう……。
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いや、まだあきらめてはいけない。場所と時間は限定されている。
最悪、ラインにギブアップの連絡を送って、逢ってもらえるよう粘ってみよう。
まずは「一人で歩いている、ホウキを手にした仮面の魔女」を探すことにした。
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スクランブル交差点の真ん中、車道は警官が交通規制をしているので、青信号で横断する人以外ない。
TSUTAYAのビジョンが見える範囲で、歩道を移動し魔女を探す。
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しかし魔女だけでも結構な数がいる。
ドレスやミニスカート、かなりきわどい露出系の服装まで様々だ。
全体的に、若い年齢層が多い。こういったイベントごとに興味のある年代というわけで、ハロウィンを謳歌している。
楽し気な人々の中、人波をかき分け、額に汗を浮かべながら探し人をしている自分ってなんなんだ。
そんな考えが頭をよぎる。
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しかし、一時間ほど歩き回ったところで、ついに発見する。
黒いドレスにトンガリ帽子、手にホウキを持って、目の部分だけが隠れる仮面―ベネチアンマスクって言うんだっけ?―をかけた魔女が歩道の脇に腰をかけていた。
一気にはね上がった心拍数を抑えながら、近寄って行って話しかける。
「あ、あの、ジェーン・ドゥさん……ですか?俺、」
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shake
「……は?誰だって?」
怪訝そうな声で応える。
マスクを外すと、写真の顔とも全く違っていた。
shake
「す、すみません!人違いでした」
慌てて退散する。
(おい、なんだって?)
(なんかー、『ジェーン……なんとかさんですかー?』って急に話しかけられて……)
連れもいたようで、背後でそんな会話が聞こえてくる。
恥ずかしい。
肌寒い夜だというのに、背中にびっしょり汗をかいてしまう。
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その後、何人か「これか!」と思う魔女を見つけて声をかけるも、ことごとくハズレ。
時間は22時になろうとしていた。
途中、ラインに『今、探しているよ』とか『これはムリだー』とか、メッセージを送ってみたが、ジェーン・ドゥから返事はない。
時間内はノーヒントということなのか。
それとも実は今日この場所に、彼女は来ていなかった、なんてことは……。
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俺はくたびれて、人込みを避けようと山手線の高架下辺りに歩いてきた。
(ここからだと、まだTSUTAYAのビジョンが見えるな……)
背後を振り替えってそんなことを思った。
再び前を向くと、高架下の暗闇に紛れるように、一人の魔女が歩道の脇に佇んでいるのが目に入った。
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黒いドレスにトンガリ帽子、手にホウキを持って……仮面はしていない。
あの写真の顔の女の子だ!
俺は思わず走り寄る。
「あの!ジェーン・ドゥさんですか?」
魔女は俺の顔をゆっくりと見上げた。そして、
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「えへへ、見つかっちゃった」
そう言って、にこりと微笑んだ。
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それ後、俺たちは人通りの多い道を避け、線路沿いの道をブラブラと歩いた。
色々な話をした。
まずは本名を教え合って、さっきまでの探索劇の失敗談、友達の話、家族の話、学校の話、バイトの話、最近観た映画の話……。
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彼女はころころとよく笑った。
それに話し上手で、それ以上に聞き上手だった。
「その面白い親友の子って、いつ頃出逢ったの?」
「ちっちゃい時に飼ってたペットとかっている?」
「家族のことってなんて呼んでるの?」
問われるままに俺は色々なことを話した。
俺に興味を持ってもらっていることが嬉しかった。
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知らずにずいぶん距離を歩いていた。
ここは一体どこら辺なのだろう。
とりあえず、見かけた公園に入り、二人してベンチに腰を下ろす。
公園内の時計台は、深夜を指し示していた。
俺は思い切って彼女に問うた。
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「……あのさ、よければ俺と、付き合ってくれない?」
今日実際逢ったばかりでなんなんだけど、と言い訳めいたことを口にしながら、彼女の反応を見る。
彼女はこちらに顔を向けず、真っすぐ前を向いていた。
手のひらで口元を抑えている。
恥ずかしがってる?それとも嫌がっているのだろうか。
俺は緊張して返事を待つ。
と、
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shake
――ボトッ
なにかが彼女の脚元に落ちた。
何だろう。ベンチの下の陰に隠れて、それが何なのかよくわからない。
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「……あーあ。ついに壊れちゃった。やっぱり最近の女子はダメだね。無理なダイエットってほんっと、身体に悪いよ。
若いくせに、一年しか持たないんだもの」
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そう言ってこちらを向いた彼女の顔。
その下半分は崩れて無かった。
ぽっかりと、黒い穴が開いている。
彼女は顔の上半分で嗤った。
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「まあ、いいんだ。
ねえ、変だと思わなかったかな?
私言ったよね?今日は仮面をつけてきますって。
実際、この娘の顔をつけて行ったから、嘘はついてないんだけど。
なんのことって?まあ、いいの。
この顔はもういらない。
今日から私はあなたになる。
だから、
とりあえず、」
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shake
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「いただきます」
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気が付くと、元のベンチに座っていた。
そして、俺の隣には、俺が座っていた。
俺は驚いて後ずさり、ベンチから落ちそうになった。
「ああ、気づいたのか。
存在が消えなかった。
ってことは、お前もこっちになったんだな。
じゃあ別れる前に、色々教えてやんなきゃな」
目の前の俺は話し出した。
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俺の名前はジョン・ドゥ。私の時はジェーン・ドゥだけどな。
つまりは「名前のないモノ」だ。
ずっと昔からここに居る。
ずっとずっと昔はもっと北に居た。
ずっとずっとずっと昔は、どこに居たのかもう忘れてしまった。
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俺には名前がないけれど、俺は名前を奪うモノだから、今日はお前からいただいた。
今日からは俺がお前として昼の世界を生きる。
お前から聞きだした、お前のこれまでをうまく使ってな。
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名前を取られたお前のような奴は、その存在が消えて無くなることが多いんだが、残って俺たちのようなモノになる奴がいる。
お前のように。
ああ、気づいているか?今のお前、名前も顔もないぜ?
お前の顔は、真っ黒なただの穴だ。
今日からお前はジョン・ドゥだ。
バケモノだ。
俺たちにはルールがある。今からそれを教えてやる。
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俺たちは、名前と顔をもらう者から、気を許されなければならない。
簡単に言えば、好意を持たれなければ、それをいただけない。
お前は俺がジェーン・ドゥの時、好意を持っていただろう?
隠さなくていい。だから、こうしていただけた。
一度顔をいただければ、あとは男→女→男→女……と接触していけばいい。
好意を持たれる方法は、まあ、勉強するんだな。
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お前のようななりたては、顔と名前を失ったばかりだからな。
昔は大変だったんだぜ?手紙なんかでやりとりをして、じっくりと関係を深めていって、夏祭りの夜なんかにお面で顔を隠して近づいたりしたもんだ。
それに比べれば、今は便利なものだよな?
ネットに携帯、SNS。お互い顔も分からず親密になれるんだから。
画面の向こうにいるのが、俺みたいなバケモノだったりしても、分からないんだからな。
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それにこの、近頃流行りのハロウィンってイベントも、俺たちにはおあつらえ向きだ。
獲物が大勢集まり、しかも顔を隠して近づける。
まさにバケモノの夜万歳って奴だな。
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まあ、がんばれよ。顔を奪った俺が言うのもなんだが。
わからないことがあったら、仲間が色々助けてくれるさ。
お前が知らなかっただけで、俺たちは案外多いんだぜ?
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なんてったって、今日の渋谷の街、
shake
半分は俺たちだったんだから。
作者綿貫一
こんな噺を。