中編7
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3年間のお礼です

キーンコーンカーンコーン

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そのチャイムが鳴り止めば、この3年6組

最後のホームルームも終わりを迎える。

友達同士で抱き合って泣き出す者、

涙とは無縁でお別れ会の予定やら旅行の計画に

やんややんやと盛り上がっている者、様々だ。

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「せんせー!先生もクラス会来てよ!」

盛り上がっていた生徒の一人が、

私にそう声を掛ける。

「あぁ、勿論行くさ」

私はしみじみとそう答えた。

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この高校ではカリキュラムの都合で

3年間クラス替えというものが行われない。

担任も変わらない。

その為、そのクラスの評価が

そのまま担任の評価となっていた。

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その点、この6組は素晴らしいクラスだった。

学業、スポーツの面どちらも優秀な生徒が多く

またそんな彼らを一つに纏めることのできる

カリスマ性をもった生徒もいた。

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そんなクラスのリーダーが

先程私に声を掛けてくれた、委員長でもある

吉村だ。

彼がこのクラスをどの方面にもグイグイと

引っ張っていってくれたおかげで

3年間の素晴らしい成績を残すことができ、

そして私の評価もうなぎ登りに上げてくれた。

お陰で来年度からは教頭、

ゆくゆくは校長にという話まで出ている。

こんな素晴らしいクラスを持てたことは

非常に幸運だった。

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しかし......

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私は何処までも明るい雰囲気のクラスのなかで

一人暗い雰囲気を醸し出している生徒に目をやった

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そうそうに帰り支度を進めているその生徒に

私は声を掛ける。

「おい野田、お前はクラス会参加しないよな?」

野田は小さな身体を一瞬びくつかせると

おずおずとうなずき、逃げるように教室を出ていった。

まったく......。

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野田は、言わばこのクラスの汚点だった。

勉強もダメ、スポーツもダメ。

リーダーシップは勿論のこと、得意なことなど何もない生徒だった。

他のクラスではそこまででもないだろうが、

私のこの完璧な6組においては、

そんな生徒など邪魔者でしかなかった。

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だからこそ私は、

彼がいじめられているのを黙認していた。

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いじめの主犯格は勿論

クラスのリーダーである吉村だ。

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1年の頃などは些細な嫌がらせ程度だったが

3年にもなると

暴力やカツアゲなど当たり前になっていた。

流石は優秀なクラスで

いじめの証拠など残さなかった。

そして

野田自身も気の弱い生徒で周囲に相談などできなかっただろうし、している様子もなかった。

私が黙認しているのに気が付いて

相談しても無駄だと思っていたのかもしれない。

クラス中が無視や陰口でいじめに荷担していた。

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しかし私にとってそれは好都合なことだった。

彼のようななんの能力もない生徒がいても

私の評価に響くだけだ。

いっそのこと

いじめから逃れるために転校でもなんでもしてくれたほうがよかった。

受験で苛立ちを感じるクラスの他の生徒の

憂さ晴らしになればまだ彼の存在意義もあるだろうと思っていた。

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しかし野田はしぶとく粘り、結局今日の卒業の日まで欠席することなく通い続けた。

そして、

なんのつもりかわからないが、

卒業式のこの日になんと頭を丸めて来た。

心機一転のつもりなのか?

まったく、馬鹿の考えることは理解できない......

私は早々に野田のことなど忘れて

クラスの生徒の和に加わった

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その日の夜。

学校近くの店で行われたクラス会は

終盤に差し掛かっていた。

吉村がスッと立ち上がる。

「それでは最後に先生へ俺達からプレゼントです」

私が突然のサプライズに驚いていると

後方から女子たちが一つの

真っ白な熊のぬいぐるみを抱えて持ってきた。

いや、それは純粋な白ではなく

白い布地に色ペンで描いたと思われる飾りや

生徒一人一人の寄せ書きが書かれていた。

「どうぞ!俺らからの3年間のお礼です!」

吉村から促された私は

その人形を手に取った。

人数が人数なだけあって

ぬいぐるみの至るところに文字が書かれていた。

可愛くデコレーションされてはいるが

何処と無く「耳なし芳一」の怪談を連想させる

そのフォルムに

私は生徒たちには悪いが、心の奥底で

少々気味が悪いと思った。

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その次の日から、私は原因不明の体調不良に

悩まされるようになった。

突然の高熱、節々の痛み。

病院にいってもはっきりとした理由が判別できない

理由がわからなければ対処のしようもなく、

私は日に日に追い込まれていった

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体調不良が始まってから1週間が過ぎた。

私は一人、自室の布団の上でうなされて

目が覚めた。

相変わらず体調は芳しくない。

水でも飲もうかと起き上がると、

部屋のすみに無造作に置きっぱなしにしてしまっていたあの寄せ書きのぬいぐるみが目にはいった。

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折角の生徒たちからの贈り物を......

フラフラとしながら、それを手に取る。

持った瞬間、いっそう体の倦怠感が増した気がした

それに、はじめ貰ったときは気付かなかったが

ぬいぐるみの背中の部分に

妙な手触りを感じる。

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と、偶然あの野田が書いた文を見つけた。

背中の縫い目に沿うように一言、

「3年間のお礼です」

そう書かれていた。

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お礼だと?

私は何処か寒気がした。

そして気がついた。

野田の文で分かりにくくしてあるが、

その文の下の縫い目が僅かに乱れている。

まさか......

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私は体の怠さも忘れて

台所から鋏を持ち出し、その縫い目を切り開いた

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......そこには、ぬいぐるみの綿のなかに

まみれるように、短い黒髪が大量に詰められていた

shake

「うあああああああっっ」

思わず叫び声をあげ、

ぬいぐるみを放り投げた

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な、なんだ、なんだあれは!

回らない頭を必死に使って考える。

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そういえば、卒業式のあの日

野田は頭を丸めてきていた。

そして

ぬいぐるみを貰った次の日から

この原因不明の体調不良が生まれた。

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野田が3年間の私への恨みを、

いじめを黙認してきた私への憎しみを、

あのぬいぐるみに込めたというのか。

その怨念が呪いとなって今私を蝕んでいるとしたら......

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普段ならそんな呪いなどといった

馬鹿げた話など、信じてはいなかった。

けれども、熱で回らなくなった頭には

あまりの苦しさで追い込まれている心には

そうとしか考えられなかった。

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そうして、私の中にはひとつの強い思いが生まれた

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野田への強烈な怒りだ。

何故私がこんな目に会わなければならない!?

いじめにあっていたのは、あいつがどうしようもなくのろまでグズで弱い存在だったからじゃないか。

それを他人のせいにして、こんな馬鹿げた

方法で復讐しようとは......

あんな出来損ないに

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クソが。

あいつ、殺してやる

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怠さに呻く体に鞭をふり

車を走らせる

ひとつのマンションの前につくと、

7階へと向かった。

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そして、7階の階段の目の前にある

一つの部屋の前で止まる。

表札には「野田」と手書きで書かれていた

先に学校に行き、

生徒名簿で野田の家を確認してきた。

私のあまりの剣幕に、同僚の教師から

不審がられ、止められそうになったが

それを振り払いここにやってきた。

今の私には、野田にたいしての怒りと

復讐心しかなかった。

頭のすみで、何故ここまでするのか、という疑問もわいたが、

まるで何かに突き動かされるように

私は野田の家のドアを強く叩いた。

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shake

「おい、野田!出てこい!」

暫くドアを叩き続けていると

中から恐る恐る野田が顔を出した。

私は野田の襟首を掴むと、

部屋から引きずり出した

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「せ、先生、何するんですか!?」

野田が怯えたように叫ぶ。

私は野田に

持ってきていたぬいぐるみを見せつける

「お前だろ!こんな馬鹿げた事をしたのは!」

それを見た野田が、サッと顔色を変える。

「違うんです先生!!まさか、ほんとに

効くなんて思ってなくて!

それに僕はただ言われてやっただけで、」

必死に抵抗し、泣きそうになりながら喚く

「あぁ!?また誰かのせいにするのか!?

ならいってみろ!一体だれがお前にやらせたっていうんだ!」

野田は喉元を押さえられ、苦しそうにしながらも答えた

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「吉村くんです。

これをやれば、もういじめないって。

やらなきゃ、卒業したあともずっといじめ続けるって」

私の思考は一瞬止まった。

そして、その一言は更に私の怒りを増長させた

「この嘘つきが!!

あの吉村がそんなことさせる筈がないだろ!!」

私はあまりの怒りに、強く野田を押した

野田も、必死に抵抗する

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と、その拍子に、野田はバランスを崩し、

階段の方に倒れていった。

その野田を掴んだままだった私も、

引っ張られるようにして

階段を転がり落ちていった......

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「それでは、あのクソ担任と野田の野郎が死んだことを祝して乾杯!!」

吉村が乾杯の音頭をとると、

その場に集まった3年6組の生徒は

一斉にコップをあげ、楽しそうに会話しはじめた。

それを満足そうに見届けた吉村は

自分の席に戻った

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「吉村お疲れ~」

隣の友人がそう声をかけた。

「でもまさかほんとにあのググった程度の呪いが聞くなんてなぁ。まじ情報社会様々だなw」

愉快そうに呟く。

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吉村も目の前にならんだ料理を取りながら笑った。

「ほんとそれなwww

これであの担任とも野田とも永遠に会わなくてすんで清清する。

野田はもともといつか虫けらみたいに殺してやりてーって思ってたけどさ、本命はまじあの担任だった。学歴無いくせに偉そうな顔しやがって、

ほんとイライラした~。3年も良い子ちゃんするのまじだるかったわ」

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「あ、そういえばさ、

なんでもっと早くやんないで

卒業するこのタイミングまでまったんだ?」

吉村は友人のその問いに対して、

お前わかってないな~と呟き

答える。

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「だって、途中で担任変わって

変に正義感ぶったやつ来たら

野田いじめできなくなったり、

大袈裟にされてめんどくさくなるかもだろ?

それにぶっ殺すなら

幸せの絶頂ってときが一番良いじゃん。

俺らみたいな、

優秀でサイコーの生徒卒業させたあとがさ。

まぁ俺たちを担任させてやったことが

本当の

俺らからの3年間のお礼って奴だな」

そう言った吉村の顔は、

何処までも愉快そうだった。

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