「俺、あるSNSに登録してるんスけどぉ、あ、ひろしさん、SNSって知ってます?ほら、ツイッターとかフェイスブックとか。ソーシャルなんとかってやつ。インターネットを通じて、友達になったりするやつですよ。そこで知り合った女の子なんすけどね。」
ハンドルを握る、ひろしの横で、ペラペラとしゃべるこの男は、つい1ヶ月前に入社した新人で、翔というヤンキーあがりの若者だ。今日は、山奥の古い別荘地の解体の見積もりに行くので、新人研修も兼ねて、社長から翔を同伴させるように命じられたのだ。
しかし、先ほどから、この翔という男は、女の話しかしない。まあ、若い男なら仕方がない。見た目、とてもモテそうにはないが、往々にして、そういうヤツに限って自分の経験を盛ろうとするものだ。
「でね、そのサイトで、めっちゃかわいい子と出会って、俺、すぐその子にダイレクトメールを送ったわけですよ。そしたら、すぐに返事が来て。まさか、あんな可愛い子が、俺の誘いをOKするなんて思わなかったし。もしかして、プロフィールの画像は他人で、詐欺かなにかかなあ、なんて思っちゃったわけですよ。」
ひろしは、黙って聞いているので、翔は痺れを切らして、
「ねえ、ひろしさんってば。聞いてますぅ?」
と口を尖らせた。
「聞いてるよ。まったく、おめえはよくしゃべるなあ。まあ、おかげで眠気が吹っ飛ぶけどさ。」
「だって、ひろしさん、一言も口聞かないんだもの。機嫌悪いのかと思いましたよ。」
「俺は、元々こうなんだよ。悪かったな。」
「でね、その女に会いに行く約束して、早めに行って、ほんとうにあの子が来るかどうか陰から見てたんですよ。」
ひろしは苦笑いした。俺も若い頃、こんなに必死だったろうか。
ひろしは、高校の時から付き合っていた、今の女房と高校卒業と同時に結婚したから、翔のように女に執着したことは無かった。
「そしたら、本当にあの子が来たんですよ。あのプロフィールは、正真正銘、あの子自身の写真だったんですよ。」
「おお、良かったじゃねえか。で、その子とは、うまく行ったのか?」
ひろしは仕方なく、相槌を打ってやった。
「これがですね、聞いてくださいよ!」
さっきから聞いてるっつうの。
「会ってその日は、遊園地に行ったり、食事したりして、夜になって、ダメ元でホテルに誘ったんです。そしたら、意外にもOKで、俺は舞い上がりましたよ。で、ホテルに入って、彼女、先にシャワー浴びてくるね、なんつって。俺はそんなのどうでもいいから、早く彼女を抱きたかったわけで。」
ひろしは失笑した。盛りのついた犬かよ。
「彼女が、シャワーから出てきて、バスタオル一枚でベッドに座って、俺はもう辛抱たまらんで、彼女をベッドに押し倒して、キスしたわけで。で、バスタオルをはがそうとすると、彼女が恥ずかしいから、電気消して、っていうから。俺としては、おっぱい様を拝みたかったんですが、仕方なく電気を消して、彼女の胸をまさぐったんですよ。そしたら....。」
そこで翔はもったいぶった。こっちの反応を伺うように見ると、また話を続けた。
「あるべきところに、無いんですよ。二つのふくらみが。」
「まあ、ペチャパイでもいいじゃねえか。俺の嫁もたいしたものは持ってないぜ。」
「...そしてね、ありえないところにあってはならない物があるわけですよ。」
そこまで聞いて、ひろしは察した。
「...ああ。」
「つまり、その子、男の娘だったんですぅ。」
ひろしはゲラゲラ笑った。
ひろしさん、笑いすぎと翔が拗ねた。
翔のおかげで、山奥の別荘地までのドライブはあっという間だった。
そこで、クライアントと落ち合い、見積もりを終え、帰り道は翔が変な気を使って、ひろしに運転疲れただろうから、帰りは自分が運転すると言う。
「お前、大丈夫なのか?」
「ばっちりですよ。行きにしっかり道は覚えましたから。」
そう言うので、その言葉に甘えて、ひろしは助手席に乗った。
帰りも、翔は女の子の話ばかりして、一方的にぺらぺらしゃべり、いい加減少しうんざりしてきたので、ひろしは少し眠ると言って目を閉じた。
数十分後、ひろしは車が止まったのに気付いて、目を覚ました。
「どうした?もう着いたのか?」
ひろしが目をあけるとすでにあたりは真っ暗で、まだ山の中のようだった。
「すみません、ひろしさん、道に迷っちゃいました。」
「はあ?お前、任せろって言ったじゃねえか。ナビみりゃ、サルでも帰れるだろうが。」
「それがあ、なんか、ナビ、壊れちゃったみたいで。」
ひろしがナビの電源を入れるが、画面は真っ暗なままで、翔の言う通りに本当に壊れていた。
「しゃあねえなあ。じゃあスマホをナビにするか。」
「...それが。スマホも圏外でつながらないんですよ。」
「なんだって?」
ひろしは自分のスマホを見ると、圏外だった。
「ったく、使えねえな。運転代われ。」
ひろしは、翔と運転を代わった。
「すみません。」
翔は申し訳なさそうに手を合わせた。
「仕方ねえ。なるべく大きな道に出て、看板を頼りにするか。」
ひろしは、そう言うとエンジンをかけた。
失敗を気にしてか、翔は口数が少なくなった。
しばらくすると、大きな道に出て、看板を目にした時にはほっとした。
「良かったあ。さすが、ひろしさん。勘がいい。」
「ヨイショしたってダメだからな。帰ったら奢れよ。」
「わかってますって~。いい子がいるとこ、知ってますからあ。」
また女か。ひろしは溜息をつく。
しばらく道なりに走ると、ある廃ホテルが見えてきた。潰れてだいぶ年数が経っているらしいラブホテルだ。
「ああ、ひろしさん、知ってます?あそこ、有名な心霊スポットなんですよ。何でも、あの廃ホテルで女が自殺したらしいんですよ。首を吊って。あそこって、結構簡単に侵入できるから、結構若者の間では有名な肝試しの場所になってて、偶然そこで見つけちゃったらしいっす。その後、出るらしいんですよ。その自殺した女が。」
そう言うと、翔は首を吊る真似をして、おどけてみせた。
ひろしは、フンと鼻を鳴らした。若いやつらは、そういう都市伝説みたいな話が好きだ。
しばらくすると、翔は、あれえ?と素っ頓狂な声を出した。
「どうした?」
ひろしが聞くと、翔が道の脇に止めてある一台の車を指差した。
「車の横に女の子が立ってます。」
ひろしが車のヘッドライトで照らすと、確かに女性が車の脇に立っていた。
車で近づくと、その女性は手を振り、ひろしが車を止めると、車のすぐそばに近寄ってきた。
翔がすぐに窓を開け、どうしました?と問うと、女は車がエンストしてしまって困っているという。
こんな夜中に、女一人でドライブ?
ひろしは不思議に思ったが、翔は若い女と見れば、助けてやろうと下心を丸出しだ。
ひろしは、ちらりと女のほうを見た。
「ねえ、ひろしさん、確か、バッテリーつなぐやつ、ありましたよね。たぶん、バッテリーが上がってるんですよ、あれ。助けてあげましょうよ。」
「そうしていただけると、助かります。」
女がひろしを懇願する目で見た。
すると、ひろしは、開けていた窓をすーっと閉め始めた。
「な、何するんすか。ひろしさん。」
翔が、驚愕の目でひろしを見た。
覗き込んでいる女の首が、ウィンドーに挟まれた。
ひろしは、車を急発進させた。
「ちょ、ちょっと!ひろしさんっ!女の子の首がっ!止まって!ヤバイって!」
ひろしはかまわず、ウィンドーを上に上げる。古い車なので、首が絞まろうがどうだろうが、おかまいなしにどんどん首は挟まれて、女の顔は見る見る赤黒く変色し白目を剥き、舌がベロリと出てきて、とうとう首がもげて、翔の膝でワンバウンドして、翔とひろしの座席の間に転がった。
「ひぃいぃぃぃぃぃぃっ!」
横で翔が小便を漏らした。
「見るな!翔!」
落ちた女の首を、むんずとひろしはつかみ、運転席の窓から投げ捨てた。
「ひろしさんっ!ひろしさんっ!なんてことを!」
翔は見るなと言われたにも、関わらず、首が転がった方角を見たが、首などどこにも転がっていない。真っ暗な道があるのみだった。
翔は、ひろしに向き直り、何か言おうと口をぱくぱくした。
すると、いきなりドアのノブがガチャガチャと音を立てた。
誰かが外から、ドアを開けようと、ガチャガチャしているような音だ。
「あああああけろおおおおお、あけろおおおおおおおおお。」
外から、女の叫び声がして、翔は思わず、窓を見た。
「ひっ!」
先ほどの女の顔が窓に張り付いていた。首が異常に長い。
物凄い速さで走っている。あり得ない。車と同じ速さで走れるはずがない。
翔はこの期に及んで、やっと先ほどの女が人ならざるモノだということを認識した。
「ひろしさんっ、ひろしさんっ!」
情けないことに、翔は涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
「翔、ドアの上の取っ手に、掴まれ!」
「あけろおおおおおおおお!」
女の首はさらに伸びる。
女はまだ、ドアを開けようと、ガチャガチャとドアを鳴らす。
「うわあああああ。」
翔は泣き叫んだ。
ひろしは、ぐっとアクセルを踏み込む。
そして、カーブに差し掛かると思いっきり、車を道沿いのガードレールにガリガリと擦りつけた。
「ぎゃあああああああ」
断末魔のような女の叫び声と共に、女は谷底深くに落ちて行った。
ふもとの町まで行くと、コンビニの灯りが見えてきた。
ひろしは溜息をつくと、半べそをかいた翔を車で待たせた。
「ほらよ。」
そう言うと、ひろしは、コンビニで買ったパンツを翔に渡した。
「そこのトイレで、履き替えてこい。」
翔は、コンビニのトイレで新しいパンツに履き替えた。
「ひろしさん、小便を漏らしたこと、誰にも言わないでくださいね。」
ひろしは苦笑した。
「でも、ひろしさん、何であの女が化け物だってわかったんです?」
「ああ、あいつ、裸足だったんだ。」
「えっ?幽霊って足、あるんですか?」
「幽霊に足が無いなんていうのは、人の想像だろ。こんな夜中にあんな暗い夜道を一人でドライブってだけでも不思議なのに、そいつが裸足だったら普通、おかしいって思うだろ。それに、俺にはわかるんだ。」
「え?ひろしさん、霊感があるんですか?」
「いんや、俺はそういうのはない。だけど、匂いがしたんだよ。あいつ、俺の親父が死んだ時と同じ匂いがした。」
「匂い?」
「俺は鼻が敏感なんだよ。だから、お前が小便漏らしたのもすぐにわかったぜ。」
「それは言わないでくださいよお。」
「さあ、帰るぞ。」
「はい!親方!」
「誰が親方だ。調子がいいな、お前は。」
へへと翔が笑った。
車に乗り込み、ドアを閉め、車を発進させようとした。
すると翔が突然叫んだ。
「ああっ!親方、空から女の子が!」
ひろしが怪訝に思い、フロントガラスの前方を見た時には、すでにあの女が張り付いていた。
バンッ!
凄まじい音をたてて、フロントガラスが割れた。
ひろしの耳元で、女の声がした。
「ざんねん....」
ひろしと翔が、あわてて車を降りると、コンビニの入っているビルの補強工事の足場板が、ボンネットに突き刺さっていた。
作者よもつひらさか
ジブリさん、ごめんなさい。