中編7
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message in a bottle

 気がつくと、男は、波打ち際で目が覚めた。ここは、どこだろう?体のあちこちが痛む。朦朧とした意識の中、どうしてこんな所に居るのかを必死に思い出そうとした。ところが何も思い出せない。自分の体を見た。どうやら、肌の感じからして、十代から二十代。日本人男性。わかるのはそれだけだった。

 そうこうしているうちに、太陽は容赦なく海辺を焦がしてきたので、男は重く痛む体に鞭打ち、何とか木陰へと移動した。見渡す限り海岸と森しかない。無人島なのかもしれない。海岸線を歩いてみたが、どこまで行っても道はなく、人家も見えない。ここは日本なのかすらも、わからない。無駄に体力だけが失われていく。このままでは、衰弱して死んでしまう。

 まずは、やはり飲み水の確保をしなくてはならない。目の前にたくさんあるのは、海水ばかりでとても飲めたものではない。雨でも降ってくれれば良いが、太陽は容赦なく照り付けて、しばらくは恵みを与えてくれそうも無い。海水の蒸留を考えたが、火をつける物も無いし、だいいち道具も見当たらない。となると、小川や湧き水を見つけるか。しかしながら、今はそんな体力は無い。

 海岸の漂着物の中にペットボトルを見つけた。ハングル文字が書いてある。日本かその近隣の国であることは間違いなさそうだ。男は考えた末、青草から集めることにした。葉っぱを寄せ集めて、漂着していたペットボトルに詰め、太陽の下に置く。こうすれば、植物が呼吸し、内部に水滴が溜まるかもしれない。

 もう少し体力が回復したら、食べ物を探しに行かなくては。人というものはたくましいもので、極限に置かれれば、なんとか生きる道を探すものだ。そうは思いつつも、早く救難の手を差し伸べてくれるのを、ひたすら海を見つめて待ち続けた。

 一夜明けた。猛烈に喉がかわいてほぼ眠れなかった。ペットボトルの底にわずかに溜まった水で渇きを潤す。全然足りない。ノロノロと起き上がると、森の中を水を求めて彷徨った。朝の早いうちだったので、朝露を少し舐めることができ、季節がよかったのか、ヘビイチゴにありつけた。男は夢中になってそれを摘んで食べた。あまり舌触りは良くなかったが、空腹の男にとってはご馳走だった。

 しばらく歩くと、湧き水が染み出ているところを見つけた。男はそれを根気よく集め、さすがに泥交じりの水は飲めないので、様々な大きさの石を使って簡易の濾過装置を作って、その水を飲んだ。記憶は失っているが、こういうサバイバル術はなんとなく知っているので、過去に何かで情報を得たのかもしれない。

 ようやく体力を取り戻した男は、何とか助かる道を考える。砂浜にSOSと大きく書いて救助を待った。もしも、舟の難破、もしくは飛行機事故などで、ここへ漂着したのだとすれば、必ず捜索隊は出ているはずだ。しかし、無慈悲にも、その日の満潮と共に、その文字はすぐにかき消された。猛烈にまた腹が減る。目の前は海ばかりだ。男は仕方なく、生きるための道具を作る。漂着した木を、鋭利な石で削り、モリを自作した。あまり体力は無かったが、生きるために必死に魚を追って、モリで突いて捕獲した。そして潮が引けば必ず、SOSの文字を大きく書いて、助けを待った。

 そんな生活が数日間続いたある日、情報を得たくて漂着物を漁っていると、ボトルを見つけた。そのボトルは、小さなジャムか何かの瓶で、中に紙が入っていた。俺は、それを拾い、中を開けて見た。幼い字だった。

「ぼくは、にほんにすんでいます。がいこくのひととおともだちになりたいです。もしも、このてがみがとどいたら、へんじをください。まっています。」

 ご丁寧にも、鉛筆と返信用の紙まで入れてある。男は思わず苦笑いした。ごめんな、外国人じゃなくて。お兄ちゃん、日本人なんだ。男は、一縷の希望を託し、その紙に綴る。

「助けてください。私は、日本人男性で、見知らぬ無人島に漂着してしまい、記憶も全くありません。もしも、この手紙を拾った方がおられたら、警察に届けて。Help me! I am in accident!」

 潮流など知る由も無いので、日本語と拙い知っている限りの英単語を並べて、どこかにこのメッセージが届くのを願って、瓶の中に入れて、蓋をしっかりと閉めて海へと投げた。どうか、このメッセージが誰かに届きますように。

 願いも空しく、数週間経っても、助けは来なかった。すっかり島の生活に慣れ、森の中で、食べれるものを採取し、魚を取って何とか生き延びている。雨が降れば、真っ裸になり、自然のシャワーで体を洗い、小さいながらも小川を見つけたので、飲み水にも困らなくなった。しかしながら、食料は自給自足なので、全く足りない。体はどんどん、痩せ細って行った。

 男は砂浜を散歩して、相変わらず、SOSを砂浜に書き、助けを求める。空を飛行機は飛ぶことはあるが、ヘリコプターなどは見かけないので、ここは航路になっていないのかもしれない。それにしても、遭難者がいるからには、少しは捜索の気配があっても良いのに、この島で目覚めてから一度もそういう気配は無かった。

 男の目に、漂着物に混じって、またあのボトルが目に入った。男は、そのボトルに向かって走った。中に手紙が入っている。あのボトルを拾ってくれた人がいたのだ。もしかしたら、助かるかもしれない。ボトルの蓋を開けて、中の手紙を取り出した。

「おにいさんは、にほんじんなんですね。むじんとうにすんでいるなんて、うらやましいです。きおくそうしつってなんですか?ぼくは、こどもなので、むずかしいことは、わかりません。」

 その手紙から、猛烈な悪意を感じた。こいつは子供ではない。男は、漢字を交えて、助けを求める手紙を書いたのだ。それを全て、理解していながら、こいつは、とぼけて子供のフリをしているのだ。男は、怒りを覚えつつも、せっかくの外界とのつながりを絶たれるのは困るので、全てひらがなで返事を書いた。

「きおくそうしつっていうのは、じこなどがげんいんでじぶんのなまえや、すんでいたところや、いままでのことをすべてわすれてしまうびょうきだよ。おねがいだから、おにいさんのことを、まわりのおとなのひとにおしえて。むじんとうで、そうなんしているひとがいるっていったら、おとなのひとにはわかるよ。」

 書いていて、バカバカしくなった。これを、またその子供のフリをしたサイコパスが拾う確立なんて、何パーセントだろう。だが、男が流したメッセージが返っているということは、あり得ることだ。もしかしたら、他の本物の子供が拾ってくれるかもしれない。願いを込めて、男は、またメッセージをボトルに入れて、海に流す。

 来る日も来る日も返事を待った。もう砂浜にSOSを書くのはとっくに辞めた。無駄である上に、意外とあれは体力を使う。体力を使えば腹が減るのだ。そして、またメッセージボトルを見つけた。震える手で、蓋を開ける。

「おにいさん、おへんじありがとう。ぼくは、うれしかったよ。ぼくのまわりには、おとなはいません。ぼくは、ひとりぼっちでくらいところにいます。でも、ぼくは、もうさみしくないよ。だって、ぼくには、おにいさんというおともだちができたのだからね。」

「畜生!どこまでバカにしてやがるっ!ふざけんなっ!俺を助けてくれ!」

 男は、ボトルを岩に叩きつけて、粉々に割った。このサイコパスは、助ける気はないのだ。この無人島で一人寂しく死んでいくのだ。男は泣いていた。砂浜に膝から崩れて、誰も居ない海に向かって吼えた。

 来る日も来る日も、無駄に日が上り日が沈む。夜の島は、無人島ではあるが、何か獣の気配がして怖い。簡素ではあるが、男は自分が一人寝泊りできるだけの空間を漂着した木切れで作った。

 そして、ある日、また漂着物の中に、あのボトルを見つける。粉々に叩き割ったやつと、同じものだ。男は、怒りに震えた。今度はなんなんだ。男は、絶望と希望の入り混じる溜息をつきつつも、ボトルの蓋を開ける。

 おにいさん、あれからおへんじがなくて、ぼくはさみしいです。ぼくのいるばしょは、くらくてつめたいです。おにいさんは、うみべのむじんとうにすんでいてうらやましいです。

 まいにち、うみをみて、ほしをみてくらしているんでしょう?ぼくのいるばしょは、ただのくらやみです。ぼくにはもう、うみをみることも、ほしをみることもできないのです。

 ぼくは、いちねんまえに、しらないおとこのひとに、いたいことをされて、くびをしめられてから、ずっとこのくらやみにくらしています。おとうさんとも、おかあさんとも、おにいちゃんともあえなくなってしまいました。

 なので、さみしいので、おてがみをかくことにしました。おてがみのおへんじがきたときには、とぶことはもうできないけど、とびあがるほどよろこびました。

 いまのにほんは、しけいがきんしになって、おおむかしにあったけいばつで、しまながしというけいばつが、しゅりゅうになっているようです。それも、いっしょうです。

 だからね、おにいさん、もうあきらめなよ。そこから、おにいさんは、いっしょうでられないから。でも、ぼくよりは、ましでしょう?だって、おにいさんは、いきてるんだもの。

 男は全てを思い出した。そうか、俺はもうここから出られないのか。

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ふたば様
コメントありがとうございます。
ググりました。
確かに。ここだと三日間ももちませんねw

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閉所恐怖症で、聴力検査やMRIに入られない私はこの手紙差出人である子供の立場にだけはなりたくないよぅ。
かといって無人島も怖いよぅ。

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