長編12
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盛った話

俺と渡辺が出会ったのは、大学入学後間もなくであった。

俺達がすぐに打ち解けあったのは

地方出身者であったこと、そしてオカルト好きだったこと、という共通点があったからだと思う。

俺達は迷うことなくオカ研に入った。

うちの大学のこのオカ研は、結構由緒が正しく、もう何十年も続いているらしい。

そもそも理系大学の筈で、よくもまぁこんな非科学的な研究会が、そんなに長く続いたものだと思ったが、入ってすぐその理由が解った。

ズバリ、他大学との合同肝試しだ。

近頃じゃ、リケ女なんぞといい、理系大学に来る女子も増えているらしいが、男女比率を考えたら、まだまだ圧倒的な男余りだ。

一昔前なら、尚更だろう。

そんな奴らが考え出した出会いの場が、サークルや研究会を通した他大学との交流という訳だ。

ここでテニスサークルとかでないのが、うちの大学らしいと言えばらしい。

とは言え、研究会にありがちな上下関係の厳しさで、一回生の間は先輩に絶対服従を強いられることになるのだが。

しかし、俺達はそもそもオカルトが本当に好きなので、心霊スポットに肝試しに行けるだけで十分満足だった。

むしろ、他大学の女子にうつつを抜かす、先輩たちを影でバカにしていた。

「俺達は、二回生にあがってもまじめにオカ研やろうな!」

それがその時の俺たちの口癖だったが、その誓いは二回生に上がった時の、初めての肝試しでもろくも崩れさった。

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年度初めの、合同の肝試しは別の意味で少し緊張する。

それはつまり、お互いの大学で新しくオカ研に入った、新入生を紹介するからだ。

うちの大学の新入生の紹介をした後、N女子大の女子が自分達の大学の新入生を紹介した。

そこで初めて俺たちは、彩音に会った。

彩音は一言で言えば、変わった子だった。

もっとも俺達は、それまで女の子と交流を持ったことがなかったので、「どこが変わってるのか?」と言われてもうまくは答えられなかっただろう。

そんな女子慣れしてない俺達だったが、なぜか彩音とは普通に話すことができた。

これももちろん、本当に普通に話せたかは正直自信がない、どんな話をしたのかさえ覚えていない、俺達は完全に舞い上がっていたのだ。

初対面ではそんな体たらくだった俺達だが、二回目の肝試しの頃にはちゃんと相手を観察しながら、話をするぐらいの余裕はあった。

やがて、肝試しの回を重ねるたびに俺達はどんどん仲良くなった。

ついには互いに連絡先を交換し、連絡を取り合ったりして三人で遊びに行くような間柄になった。

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俺はどこか彩音の事を二人の共有財産のように考えていた。

俺たちにとって彩音は、口説いたり、告白したり、する存在ではない。

なぜならどちらかがそんな事したら、どっちに転んでも今のこの楽しい三人の関係が崩れてしまうではないか。

しかし、どうやらそれは俺の勝手な甘い戯言だった。

俺は見てしまったのだ。

渡辺と彩音が楽しそうに、街を歩いているところを。

その時俺は、偶然一緒になったのかもと思い声をかけようとしたのだが、すぐに辞めてその場の近くの物陰に隠れた。

二人は手を繋いでいたのだ、いわゆる、恋人繋ぎというやつだ。

その瞬間俺は、走ってその場を逃げ出した。

なぜだか自分がとてつもなくみじめに感じた。

俺は、彩音と話す時や、メッセージアプリでやり取りする時、出来るだけ自分の感情が相手にばれないように努めて来た。

結局それは、三人の関係を壊さないようにするという、体のいい都合をつけて自分を言い聞かせてただけなのだ。

簡単に言えば、意気地や度胸がなかっただけだ。

その癖、彩音には気に入られようと努力し、彩音の好きそうなファッションに身を包んでみたり、いかにも彩音が好きそうな音楽、ドラマ、映画を見たりして共通の話題を作ろうとしたり。

あまつさえ、もし仮に彩音のほうから告白されたりなんかしたら、「その場合は仕方ない」なんて都合のいいことを考えていたのだから、話にならない。

こんな自分に彩音と付き合う資格はない、今見たこの光景すら俺は渡辺に確認することすらできないだろう。

それにしても、二人の楽しそうな表情を思い出すと、胸を引き裂く何かがある。

なぜ渡辺なんだろう?

少なくとも出会った時点では、彩音の中で二人は同列だった筈だ。

俺と渡辺とは何がどう違い、どうして渡辺は彩音と付き合えたのだろう?

どうしようもない後悔の念と、渡辺に対する嫉妬心が俺の中で渦巻いていた。

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それからの俺は、出来るだけ三人同時なることだけは避けるようになった。

渡辺とは同じ学科ということもあり、出来るだけそれまで通りの接し方になる様、終始気を付けていたが、三人で遊び行くようなことはももちろん、なんとなくオカ研の合同肝試しも避けるようになっていった。

出来るだけ、またあのような気持ちになるのだけは避けたかった。

そんな折である、このサイトを見つけたのは。

もともとオカルト好きであったため、この手のサイトはよく見ていたのだが、オカ研に入ってからはそれなりに満足していたのか、見ることが少なくなっていた。

逆によく見ていたのが、心霊スポットなどの情報交換サイトだった。

始めのうちは、ほんの暇つぶしのつもりの読み専で、人の投稿ばかり読んでいたのだが、その内この虚実入り乱れるようなサイトの雰囲気が好きになりに自分も投稿してみたいと考えるようになった。

内容は主にオカ研に通っていた頃の、心霊スポットに行った時の体験談などだ。

もっとも、自分自身は霊感はないし、それほど危険だと感じる目にもあったことの無かったので、少しづつ脚色をし話を盛るようになっていった。

そんなある日、なんとなく書いた実話にどうしても面白みを感じることができず、また少し脚色を加えた。

内容的にはたわいもないのだが、簡単にいえば心霊スポットに行き、そこでちょっとした怪異に見舞われた後に、渡辺が霊障に遭い肩が重いなどの症状が顕れるといったものだ。

そんな投稿をした翌日、大学に行くと調子を悪そうにした渡辺が居た。

「どうしたの?」

あれ以来、渡辺とは普通に会話ぐらいはしている。

彩音との関係についてこちらから問いただす事もなければ、向こうから何か言ってくることもない。

その話題は、なんとなくタブーになっていた。

お互いがお互いを気遣った結果こうなっているのかもしれない。

「いや、なんていうか昨日あたりから、肩らへんがなんか重いんだよね」

その時は特にそういう渡辺を気にはしなった。

それから数日後、おれはまたこのサイトで新しい話を投稿した。

今度の話では、渡辺が霊障により一時的に耳が聞こえなくなるという話を持った。

翌日大学に行くと、渡辺はその日休みだった。

気になったのでメッセージアプリで、連絡をとってみたら。

昨日どうやら、5歳になる甥っ子が来たらしく、寝ている渡辺の耳掻きを始めたそうだ。

運悪くその時は周りに大人が居なかった、というかその大人が寝ていたため誰も止めることが出来ず、甥っ子は渡辺の鼓膜破ってしまったらしい。

とは言え、その時知ったのだが鼓膜というのは自己再生しやすい組織らしく、二週間後には渡辺の耳は以前と変わらない聴力を取り戻していた。

この時はさすがに、少し自分の投稿した内容との関連性を疑った。

(俺が話をあのサイトで話を盛って投稿すると、まるで現実のほうが話に遭わすように本当になる……?)

それでもその時はまだ確信に至ってはい無かった。

こう見えても仮にも理系大学の学生である、仮説が立ったらそれを示す実験をしなくてはならない。

『事象Aが起きると、事象Bが引き起こされる』

この命題を証明するために、Aを人為的に起こすとする。その結果事象Bが起きたとする。

これによって、上の命題は証明されることになるのか?

答えはNoである。

証明されたことにはならない、但しこのような判例が数多く見受けられ、ほぼ確実といっても差し支えない程の事例が確認できればどうやらこれが事実らしきものと、一応は結論付けられる。

それでも他に新しい仮説がたてられ、

『事象A(2)が起きると、事象Bが引き起こされる、但し事象A(2)は単独で起こりえず、必ず事象Aを同時に引き起す』

そしてこれが、実験によってほぼ確実といっても差し支えない程の事例が確認できれば、これがまた一応の事実として結論付けられるのだ。

科学というものは、そうやって一応の結論の集積で成り立っているのだ。

『このサイトで話を盛って投稿するとそれが現実になる』

俺はこの命題を事実として一応の結論を得るためには、もっと事例が必要だと考えた。

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俺は再びこのサイトに話を投稿した。

今度は『渡辺が霊障によって、交通事故を起こし両足を複雑骨折するが、奇跡的な回復を見せ、まったく後遺症など残らず元通り歩けるようになる』というものだ。

この話が怖いかどうかは別として、自分的には大満足な出来だった。

まず、両足を同時に複雑骨折するようなことは、ほぼありあり得ない。

ほぼあり得ないことが起こりえるのだから、おそらくこの命題は一応の真実である。

命題が一応の真実であるというのなら、『後遺症など残らず元通り歩けるようになる』も当然起こるので渡辺の人生にはさほど影響を与えない。

黙ってさえいれば、俺が良心の呵責に耐えるだけで済むという寸法だ。

彩音から緊急で連絡があった時、俺は正直『まさか!』という気持ちだった。

それぐらい、この命題に対して俺は懐疑的だったわけだが、病院について渡辺の姿を見たときはさすがにその場で崩れこんだ。

(俺はなんということをしてしまったのだろう……)

俺はそれからできるだけ、毎日渡辺の見舞いにその病院を訪れた。

幸い、渡辺の怪我の経過は順調で思ったより、早く回復しそうだというのがすぐに分かった。

ある日、俺がいつも通り見舞いに行くと渡辺はこんなことを言ってきた。

「お前、暇なのか?」

「ん?いや、まぁ暇ってわけではないが、入院なんかしちゃ大変だろう?おまえは実家も遠いし、着替えとかどうすんだよ」

「ん……いや、まぁなんていうか毎日来てもらうのはありがたいんだが……まぁその辺は、何とかするからお前はあんまり来なくてもいいだぞ?」

「そんなこと言ったって、お前……」

その時、病室に誰かが入ってくる気配がした、数人が寝かされている共同の病室なので他の患者さんの見舞客かもしれないが、明らかにこちらに視線を感じた。

振り返るとそこには、彩音が居た。

渡辺が入院した時に会ったには会ったが、あの時はいろいろドタバタしていて、ろくに話もできなかった。

改めてこんな感じで落ち着いて彩音に会うのは、本当に久しぶりだった。

「あ、来てたんだ。なんか三人そろうの久しぶりだね」

そういう彩音は全く、屈託を感じさせない笑顔になった。

その顔を見た時に、俺はいまだ彩音への思いが残っていることを痛切に感じた。

そこからの時間はまさに地獄だった。

俺は改めて二人から正式に、付き合っていることを告げられた。

それどころか、そのことにより俺が妙に気を使っているのではと勘繰られ、何も気にしないので出来たら3人で再び遊びたいとまで云ってきた。

終始二人は幸せそうで、ひょっとしたら全て俺の勘違いなのではないかという、淡い期待すら粉々に打ち砕いた。

「わりい、俺、用事あるから、そろそろ帰るわ」

やっとこさそれだけを言って、その場を逃げるように離れた時、俺の心は何かしら、どす黒いもので満ち溢れていた。

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俺はまた新しい話をこのサイトに投稿した。

その話の中で、俺は渡辺を殺した、死因は心臓発作だ。

盛った話が、本当になるのだったら、彩音を自分の彼女にする話を作ればいいのかもしれなかったが、それはしなかった。

そんなことをしても、また渡辺に彩音をとられてしまうのではないか、という不安を抱き続けることは目に見えていたからだ。

結局は渡辺を殺すしかない。

話の中では、それがいつなのかも指定した。

奴の誕生日だ。偶然にもそれは渡辺の退院日と重なった。

俺は彩音とその日に合わせて、サプライズパーティを開くことにした。

あいつの死ぬところをこの目でしかと見たかったのだ。

彩音はその案が非常に気に入ったらしく、嬉々として準備を進めた。

俺はその瞬間を待ちわびながら、嬉々として準備を進めた。

そして、運命の3月1日はやってきた。

結果的にいえば、サプライズパーティは大成功だった。

一見、3人仲良く楽しく時を過ごした。

もっとも、日付が変わりパーティがお開きになった頃には、俺のフラストレーションは限界にまで溜まっていた。

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俺は完全に敗北者だった……。

(何故、渡辺は死ななかったのだろう?)

この疑問に対して、俺は一つの仮説を立てた。

(ひょっとしたら、殺すというのはさすがに実現しないのではないか?)

この仮説を実証するため、俺はまたこのサイトに話を投稿し始めた。

今度は渡辺が死なないように、再起不能に陥いるほどの事故を起こしたり、悠久の時に閉じ込められたり、生き地獄に陥ったりするようなそんな話をたくさん書いて投稿した。

しかし、渡辺には一切変化が起こらなった。

サイトに頼りすぎたのだろうか?

もう俺には、盛った話を現実にする力は失われたと断定せざるを得なくなり、いつし俺はこのサイトを見ることすらしなくなった。

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やがて、年月は過ぎて俺たちは大学を卒業し、社会へと巣立っていった。

それは社会人に2年目も終わりそうなとき、つまり今年の3月に起こった。

彩音から急に連絡があったのだ。

最近の俺は完全に、彩音のことは吹っ切れており、彼女もいた。

なんとなく、彩音の声を聞いた時、甘酸っぱいものが胸を去来したが次の一言で、完全にそれは吹き飛んだ。

「渡辺君が死んだの。心臓発作だった」

スケジュール的には余裕があったので、告別式に参加すべく、俺は渡辺の実家を訪れた。

俺は幾ばくかの香典を納めて、お焼香を上げた後、渡辺のご両親にお悔やみを申し上げた。

その時に、渡辺のお母さんはこんなことを言ったのだ。

「来てくれてありがとうね、あの子は大学時代に退院祝いと同時に、祝って貰った誕生日パーティが、本当に楽しかったって何度も言ってたけど,それをしてくれたのは貴方かしら?」

俺は黙って頷いた。

「やっぱりそうなのね。本当にありがとう、でも、そんな楽しい思い出がある誕生日に死んでしまうなんて……」

渡辺のお母さんは、必死に涙をこらえていた。

「無くなったのは、3月1日でしたっけ?」

なんとなく、その場繋ぐために出た台詞だった。

「いえ、亡くなったのは、2月29日でした」

「え?でも彼の誕生日は、3月1日じゃ?」

「あら、あの子はその辺のこと言ってなかったのね、実はあの子2月29日生まれなんです。だから、厳密にいえばあの子の誕生日は4年に1回しか来ないんです。法律上は便宜上、2月28日を超えたら一つ年を取ることになっていますので、閏(うるう)年以外の年は3月1日を誕生日として扱っていたんです」

その瞬間背中にゾクっとするものを俺は感じた。

その理由は主に、二つである。

一つ目は、俺のあの投稿の効力の長さについてだ

必死に俺は思い出していた。

俺はあのサイトに「3月1日」と日付を指定したのだろうか?

それとも「渡辺の誕生日」と指定したのだろうか?

あの投稿をしてから、初めてのオリンピックはいつだっただろうか?

ひょっとして、今年ではなかろうか?

もう数年前のことだが、もしそうなら、あの投稿は実現したということになる。

その効力の長さに、俺は恐ろしいものを感じた。

もうひとつは、その後にした残りの投稿についてだ。

そもそもこの「盛った話が現実になる」というこの事象は

どういった力によるものなのだろうか?

何かしら言霊のような気もするが、これは一種の呪いなのかもしれない。

渡辺を殺す投稿が実現したとなると、残りの投稿は今後その効力を発揮していくのかもしれない。

しかし、その対象となる渡辺はもういない、これはいったいどういう扱いになるのだろう?

もしも、この力が一種の呪いだとした場合、失敗した呪いというのは術者に返るというのはよく聞く話だ。

この場合術者は……きっと俺だ。

そうなると俺は、今後死にもせず、再起不能に陥いるほどの事故を起こしたり、悠久の時に閉じ込められたり、生き地獄に陥ったりするような出来事が起こるのであろうか?

今回久しぶりに、このサイトにやってきたのは、自分のアカウントで入って、過去投稿した話を消すためだった。

ひょっとしたら、それによってこの事象を止めることが出来るかもしれないと考えたからだ。

しかし、なぜだか分らないが過去に使っていたアカウントではログインできなくなっていた。

過去作品は、見つけることはできたが、もう消すことはできない。

おれは、アカウントを作ってこの話を投稿することにした。

ひょっとしたら俺はもう二度と投稿できなくなるかもしれないが、ひとまずここにこれまでの状況を記録することにする。

運が良ければ、また近況を投稿したいと思うので、乞うご期待といったところだ。

Concrete
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