中編7
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オヒナ

三月。冬の寒さも徐々に薄れ、温かさを取り戻し始めた頃

店のドアがノックされた。

コンコンッ。

私は出迎えるべくドアを開けると

「はい。いらっしゃいませ。」

≪あの、睡蓮さんという方のお店はこちらでお間違いないでしょうか?≫

歳は私と同じくらいだろうか。黒髪ロングの女性がドアの前に立っていた。

「睡蓮さんをお尋ねですね!どうぞ!睡蓮さ~ん、お客様ですよ~。」

『は~い。』

と、部屋の奥から返事がした。

女性を応接用のソファーへ通し、お茶を入れていると睡蓮さんがやって来ていた。

『いらっしゃい。話は聞いているわ。日和ちゃんね。』

日和ちゃんというのか。

≪はい。≫

『話してくれるかしら?どうしたの?』

睡蓮さんは煙草に火をつけると日和さんに話を促した。

≪____お雛様が私を殺そうとしているんです。≫

_____

私の家は代々人形屋を営む老舗であった。

この時期の売りはもちろんお雛様。

お店には陳列用のお雛様が多く飾られている。

なかでも件のお雛様は売り物でなく古くから継がれている七段の豪華絢爛なお雛様。

夜、日和さんが寝ていると誰かが部屋に入ってくる音で目が覚めた。

親はこの時間は寝ているし、何より部屋には鍵をかけている。

得体の知れないモノへの恐怖に震え布団をかぶると、何者かはベッドに乗り布団の上から私の首を探し押さえつけてきた。

もちろん暴れ抵抗したが、力が強く次第に意識を失っていった。

朝、意識が戻ると恐怖がよみがえる中部屋中を見まわしたが何も異変はなかった。

もちろん、カギは施錠されていた。

もしかしたら、まだ部屋の中にいるのかもしれないと押し入れやベッドの下を調べたが誰もいなかった。

あれは夢だったのだろうか。

そんなことを考えたが、その日以来同じ事が続くようになった。

眠れない日々、得体の知れない恐怖、初めこそ友人の家に泊めてもらっていたが

ずっとそうしているわけにはいかない、いつかは家に帰らなければならない。

意を決して家へと戻ったが結果は変わらなかった。

だが、違う点が一つお雛様が落ちていたのだ。

次の日も次の日も。

次第に気付くことがあった、お雛様の落ちている位置が私の部屋に近づいていたのだ。

私を襲っていたのはお雛様だったの!?

でも、そんな話があるの・・・?

悩んだ挙句、幼馴染の女の子に相談してみると

「ん~。お兄ちゃんや私でもなんとかできるかもしれないけど、もっと適した人がいるよ!幽玄堂ってお店の睡蓮さんって人を訪ねてみて!私が話しておくから!」

こうして、私は睡蓮さんを訪ねたのだ。

_____

「お雛様を片付けるわけには・・・いかないですよね。」

≪・・・はい。人形屋ですからね・・・≫

睡蓮さんは煙草を吸いながら何か考えていたのち

『とりあえず、日和ちゃんの家に行ってみましょうか。』

にっこり笑ってそう言った。

睡蓮さんの車に私と日和ちゃんを乗せ向かった。

老舗というだけあって、店構えは立派なものだった。

≪ただいま。≫

店に入ると

おかえりなさいお嬢さん。と従業員の皆さんが日和ちゃんに声をかけていた。

≪これです。≫

と、日和ちゃんに紹介されたお雛様は

「すごい・・・」

荘厳というかなんというか、豪華絢爛でありどこか威圧感を受けるような立派なお雛様だった。

私が今まで見てきたお雛様はママゴトであるかのように見えてしまった。

五人囃子に三人官女、お内裏様にお雛様。

『このお雛様ね?・・・ふ~ん。』

睡蓮さんは吟味するように眺めていた。

それから、日和ちゃんの部屋へと通された。

綺麗な部屋で本やちょっとした雑貨が並んでいて女の子の部屋。という感じだった。

≪どうですか?≫

と、日和ちゃんは睡蓮さんに尋ねる。

『ん~、まだ何とも言えないけど。とりあえず今夜様子を見てみましょうか。』

___

「・・・で、なんで車の中なんですか?」

『だって、今日は両親がいないとはいっても、いきなり泊めてもらうわけにはいかないでしょ?』

私たち二人は睡蓮さんの車の中で待機していた。

何かあったらすぐに私たちに電話が来るようになっている。

『それに、私たちがいたんじゃ相手はやってこないかもしれないしね。』

と言っていた。

午前2:30

部屋で一人ベッドの中にいた。

手にはいつでも葉耶ちゃんに電話できるように携帯を握りしめていた。

いつもならこの時間にヤツはやってくる・・・

キシッ___キシッ___

と廊下のきしむ音。

緊張感からか神経がむき出しのような、些細な音にまで反応してしまう。

廊下のきしみは私の部屋の前で止んだ。

間違いなく、イル。

手が震える・・・

カチャリ

鍵が・・・開いた。

電話を・・・かけないと・・・

そう思うと、指先が震えうまく画面を操作できない。

早く・・・早く・・・!!

携帯に意識を向けすぎた・・・もう、ヤツは私の上にいた。

ウッ・・・首を絞められる感覚・・・

ゴトリと携帯が床に落ちる音がした。

___

~♪~♪~♪

日和ちゃんからの着信

「睡蓮さん!!来ました!!」

『・・・さて、いこうかしらね。』

睡蓮さんは煙草を消して灰皿にしまった。

予め日和ちゃんが裏口のドアのカギを開けていてくれていたため静かにお邪魔し部屋へと向かった。

「鍵、開いてますね・・・」

と、私が確認していると

「あ!睡蓮さん!」

睡蓮さんは気にせずドアを開けた。

「日和ちゃん!?」

布団を剥ぐと日和ちゃんは気を失っていた。

私が、肩をゆすったり、頬を軽くたたくと

≪ん・・・≫

と意識を取り戻した。

よかった・・・

≪あああああ!!≫

日和ちゃんはパニックになった。

≪あいつが!!あいつが!!≫

「大丈夫!もう大丈夫だから!」

日和ちゃんをなだめると、ベッドのそばに携帯と共にお雛様が横たわっているのを見つけた。

「睡蓮さん・・・これ・・・」

私の視線に気づいた日和ちゃんがお雛様を拾い投げようとした。

『ダメよ。この子はね、違うの。』

睡蓮さんは日和ちゃんの腕を掴み優しくそう言った。

≪えっ?≫

『これ。何かわかる?』

睡蓮さんはお雛様の傍らに落ちていた枝を拾った。

≪それ・・・桃の枝?≫

『そう。ひな祭りに飾られる桃の枝よ。桃の花にはね“邪を払う力”があると言われているの。そんなものが落ちているのは不思議と思わない?』

「睡蓮さん、どういうことです?」

『この子はね。日和ちゃんを守ろうとしていたの。日和ちゃんを襲っていたのはお雛様じゃなくて・・・』

そういうと、ベッドの下に手を突っ込み犯人を引っ張り出した。

≪お内裏様・・・?≫

『こいつが犯人よ。お内裏様が日和ちゃんを襲っていたの。』

≪どうして・・・?≫

『あなたに恋をしていたのよ。』

「人形が人に恋?!」

『人だって物やアイドルに恋する時代よ?人形が人に恋してもおかしくないんじゃない?』

アイドルは一緒にしていいものなのかな・・・?でも、ほぼ100%結ばれることなんてないから同じようなものなのかな・・・?

≪・・・どうしてそんなことがわかるんですか?≫

『それは、私だからわかるの。』

謎の断言。

『あなた達とは踏んできた場数が違うのよ。

・・・膨らみ続けた恋心はほんの一瞬で姿を変える。独占欲、嫉妬なんかにね。お内裏様も同じ、いつから襲おうとしていたのかはわからないけれどね。

お雛様は日和ちゃんを守り続けていた。お内裏様の隣に座り、監視をしていた。

けれど、お内裏様の力が強くなりすぎて、とうとうお内裏様はひな壇から降りることができるようになったのね。

監視をしているだけでもお雛様の力は消耗していった、だけどお内裏様の邪な力は強くなる。

減り続ける力を振り絞り、桃の花の力を借りてお内裏様の後を追い日和ちゃんを守ってきた。襲われはしたけれど、今まで命が無事だったのはお雛様のおかげよ。

余計な不安はかけまいと、お内裏様を元の位置へと祓った後自分もひな壇へ戻りたかった。でも、お雛様には力が残っていなかった。』

「じゃあ、お雛様が日に日に部屋に近づいて来てたっていうのは・・・勘違い?」

『そう。お雛様は日和ちゃんの部屋に近づいていったのではなく、日に日にひな壇へと戻れなくなっていったの。』

≪そう・・・だったんですか・・・。ありがとう・・・≫

日和ちゃんはお雛様を抱きしめた。

≪この子は・・・?≫

『もう、力は残っていないわ。最後の力で私たちに電話をかけたのよ。日和ちゃんを守ってもらうためにね。』

_____

「それで、なんでお代でお内裏様なんてもらうんですか・・・」

『だって、“人に恋するお内裏様”。なんて何か面白いじゃな~い。』

「桃の花をもらうのはわかりますけど“お雛様が掴んだ桃の花”ってなんか良い感じだし。」

『どんなものにも適材適所ってあるのよ~?Aというところでは厄介者でもBというところでは英雄とか。』

「そんなものですかね~」

今回の報酬として、お内裏様と桃の花をもらった。

豪華絢爛のお内裏様がいなくなるって騒ぎになるんじゃ?と思ったが、後日睡蓮さんが話をつけに行くと言っていた。

もしかして、このお内裏様店に飾ったりしないだろうな・・・。

妙な不安を抱えつつ、桐箱を開けてみると、

白塗りのお内裏様が顔をニヤつかせてこちらを見ていたことはたぶん見間違いだと思う・・・いや、見間違いだと思いたい。

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