きさらぎ行きの電車に乗って③

中編7
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きさらぎ行きの電車に乗って③

今日も俺は、いつものように、電車に揺られている。

変わり映えのない面子が、皆一様に、淀んだ瞳で電車に揺られている。

誰一人、はしゃいだり、大声で話すものもおらず、ひたすら静寂という重みだけが空気に溶け込んで、俺たちを押しつぶしている。

たまに、どこからか、小さな子供が乗り込んできて、はしゃぎまわることがある。

だが次第に、子供はこの電車が普通の電車でないことに気づくのだ。

「ママ?ママ?どこにいるの?」

普段無表情で淀んだ瞳の住人達が一瞬だけ、憐憫の目でその子供を見るが、すぐに元の表情になる。

ついに子供は泣きだしてしまう。

見かねた新参の婆さんが仕方なく、その子供の背中をさすった。

「坊や。坊やは、もうママとは会えないんだよ。」

「嘘だ!ねえ、おばあちゃん、僕と一緒に、ママを探して?」

ゆっくり首を振る婆さんに、子供は地団太を踏んで駄々をこね始めた。

「ママー、ママー、どこにいるの?ママー!」

正面に座っていた、少年が、その子供の目の前にしゃがんだ。

「いいか、坊主、よく聞け。お前は、もう死んでるんだ。」

小さな子供にそんなことを言って、理解できるわけがないだろう。

俺は、少年の稚拙さに呆れた。

そうだ。この電車に乗っている人達は、全員稚拙なのだ。

自分の死を受け入れることができないから、こうしてこの電車で揺られている。

小さな子供なら無理もない。

俺の場合は、ある日突然この電車で揺られていた。

俺には、家族が居たはずだ。

俺は、結婚していたが、その嫁とは2年で破局。そして、次の年に新たな出会いがあり、結婚。その女性には、すでに3人の子供が居たが、俺は子供好き、3人の子供たちとうまくやっていく自信はあった。

幸せな毎日だった。子供たちも、パパ、パパと懐いてくれていた。

そんな幸せな生活にも、暗い影を落とす者が居た。

隣人の根暗な独身男だった。

子供も増えたので、家を改装することになり、隣にもあいさつに行ってご迷惑をかけますと言ったにもかかわらず、隣人の男は、改装の音がうるさい、子供の遊ぶ声がうるさいと度々、我が家を訪れて苦言を言うようになった。

その度に俺は、もう少しだから待ってくれとさんざん頭を下げたにもかかわらず、その男の行動は次第にエスカレートして行ったのだ。

俺が仕事中に、妻に詰め寄ったり、子供を大声で注意して泣かすなどということもあり、俺は危険を感じて、その男に直接抗議しに行ったのだ。

俺の記憶にあるのは、そこまでだった。

気が付けば、この電車に揺られていた。

あの日の仕事帰りのスーツのまま促されるように俺は、プラットホームから、ふらりとこの電車に乗っていた。

どうして俺は、この電車に乗っているのだろう。

「すみません、この電車、どこまで行くんでしょうか。」

俺は素朴な疑問を、先に乗っていた乗客に問うた。

「さあね。」

とはぐらかされるのが常で、たまたま、当時、この電車に乗ったばかりの少年に聞いたのだ。

「おじさん、この電車はきさらぎ行きだよ。」

「きさらぎ?そんな駅は聞いたことないな。」

「だろうね。」

少年はどこか下卑た笑いを投げかけた。

すぐに俺は、スマホを取り出し、きさらぎを調べたがやはりそんな駅は無かった。

妻と子供が心配しているかもしれない。

俺は、何度も妻に連絡を取ろうと試みるが、電話は圏外、メールは送り返されてくる、ラインはつながらないと、いくら策を講じても妻や外部とまったく連絡が取れないのだ。

「ねえ、おじさん、もういい加減あきらめようよ。」

少年はどこか達観したような眼をしていた。

「あきらめるって何を?」

「おじさんさあ、もう死んでるの。」

「はあ?何を言ってるんだ、君は。」

「本当だよ。スマホ、外部とは連絡とれないけど、ネットは見れるよ。ネットニュース見てみなよ。」

「ネットニュース?」

「ほら、これ、おじさんのことでしょう?」

そう言いながら、少年は、俺にスマホの画面を見せつけてきた。

-騒音トラブルか?隣人による殺人。ー

その見出しの背景に映る家に見覚えがあった。

俺の家だ。

そう、あの日、俺は隣のあのいけ好かない根暗男に、うちの家族に近づかないように注意しに行ったのだった。話し合いが終わり、相手も納得したかに思えていたのが甘かった。

夜中、激しく叩かれるドアを俺は開けたのだ。

「何時だと思ってるんだ!こんな夜中に非常識だろう!」

そう叫ぶと、胸がかっと熱くなった。

あれ?なんだ、この感覚は。

家族の悲鳴、子供の泣き叫ぶ声。

ああ、やっと思い出した。

俺、あいつに刺されたんだっけ。

俺の人生は、これからだったというのに。

あの根暗男が、俺の幸せを妬んだがために俺の人生は奪われてしまったのだ。

妻は、悲しみに暮れていることだろう。子供たちも。

もう何十年も前の話だが、俺はいまだにこの電車を降りることができずにいる。

それは、きっと俺の現世への未練がそうさせているのだろう。

もうすぐ終点のきさらぎ駅に着く。

目の前で、子供に残酷な現実を告げた少年は席を立っていた。

「おい、お前、降りるのか?」

俺は思わず、少年に声をかける。

「うん、そろそろ俺、行かなくちゃ。」

「お前、それでいいのか?」

「仕方ねえよ、おじさん。俺が自分で選んだ死だもの。」

「でも、お前の所為じゃないだろう。」

「うん、苛めってのはいつも理不尽だよ。でも、現世のほうが地獄ってこともあるんだよ。」

「きさらぎに降りたら、何が起こるかわからないんだぞ?いいのか?」

「覚悟はできてる。おじさんも、そろそろ降りる時期なんじゃないの?」

「ああ、そのうちな。」

ーまもなく終点、きさらぎ駅です。お忘れ物のないよう、ご用意願います。-

終点というのに、立つものはまばらである。

俺は少年の後姿を見送り、目を閉じた。

俺の瞼には、まだ、美しい妻の笑顔と子供たちの笑い声が耳について離れない。

忘れようにも忘れられない。俺は、永遠にこの電車に揺られているのかもしれない。

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「今日は、パパの命日ね。」

「うん、そうだね。」

「パパに感謝しなきゃね。だって、パパは、命がけで私たちを守ってくれたんだもの。」

母親と三人の子供たちは、仏壇の前で手を合わせた。

「そして、お祝いしなきゃね。」

「うん、そうだね。」

「今日は、私達がまた家族になれた日でもあるからね。」

後ろから、品の良さそうな老紳士が、母親である老女の肩を抱いた。

老紳士は、妻の元夫である。

経済的な理由により、一家は借金の名義から外れるために、離婚。

その後、別の男と偽装結婚した。

そしてその元夫は、ある物件を自分の妻であった女に紹介したのだ。

その物件とは、隣に神経質な根暗独身男性の住む物件。

手狭だからと、妻は新しい夫に増築してくれるように懇願した。

案の定、隣人は怒り狂って、その家に騒音の苦情を言いに来るようになった。

「あなた、私、怖いわ。」

「心配ないよ。いざとなれば、お前の新しい夫が盾になってくれるだろうし、俺が絶対にお前たちを守るから。」

そして、あの恐ろしい出来事が起こった。

「キャー!」

玄関を開けるなり刺された夫。

「お前たち、二階に逃げろ!」

元夫の誘導で、二階のカギのかかる納屋に潜み、そこから110番した。

隣人が現行犯逮捕され、警察の実況見分が終わるまで、元夫は天井裏に潜んでいたが、頃合いを見て、外に出た。

 

 葬儀が終わると、妻は、元夫と会っていた。

「これで、ちゃんと保険金がおりるわ。」

「計画通りだな。」

「でも、何だか・・・。」

「お前が気にすることは何もないんだ。お前の新しい夫を殺したのは隣人だ。」

「そうだけどねえ。」

「何、ばれることはないさ。」

「これであなたの借金も綺麗に片付くわね。」

「ああ、ほとぼりが冷めたら、また前のように幸せに一家五人で暮らそう。」

きさらぎ行きの電車は、今日も死に行けない誰かの思いを乗せて走る。

スマホには、誰かの幸せそうな家族写真。

SNSだろうか。

老夫婦に三人の成人した子供。

見たことのある背景は、俺の家だ。

孫も居るようだ。

じいじ、ばあば、二回目の結婚記念日おめでとう。

こんな老夫婦で二回目はないだろう?

背景の仏壇に映る、自分の姿に納得した。

妻よ、君は、元夫とよりを戻したのか。

なるほど。

三番目の娘は、どうやら妊娠中らしく、腹が大きく膨れている。

俺は、覚悟を決めた。

ずいぶんと長くこの電車に居たものだ。

俺の瞼の裏からは、妻の姿もかわいい子供たちの姿も消えた。

「あんた、ようやく降りなさるのかね?」

老婆が俺に尋ねた。

「ええ、行き先が決まりましたので。」

「行き先って、きさらぎしかないじゃろう。」

「俺はきさらぎの先があると信じてますよ。」

俺は、老婆ににっこりと笑うと、終点を告げる車掌の声とともに立ち上がり、きさらぎ駅へと降り立った。

すると、まばゆい光が俺を包み込んだ。

俺は丸く暖かい誰からも干渉されないベッドに背中を丸めて横たわっている。

「あ、今、この子、お腹を蹴ったよ?」

三番目の娘が嬉しそうに、俺をお腹の上から撫でた。

待ってろ。

祭りはこれからだ。

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うーん…
続きが気になる…
うん…気になる(笑)

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