中編7
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コンビニ女

これは私が学生時代にコンビニの夜勤でバイトしていた時の話だ。

時折、イライラしていたり少々挙動のおかしな客は来るが概ね問題なく日々働いていた。その日も私はいつもの様に品出しや掃除、相方とのお喋りに興じていた。

しかし午後11:30頃、そいつはやってきた。

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「いらっしゃい……ッ!」

それは見事な姿だった。元の色が分からなくなるほど薄汚れたワンピース、ゴワゴワした白髪混じりの腹あたりまである長い髪、覗く顔は垢で汚れていて歯も抜けているようだった。目は合わせたくもなかったが、ついついマジマジと見てしまうと焦点のあっていない、まるで死んだ魚のような白濁した黒目に行き着いた。

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「……ッ!!」

思わず私は相方の方を見た。すると彼は青ざめた表情で首を横に振り、真っ直ぐ顔を向けて知らぬ素振り。私もそれに習って異様な女から意識を逸らすように前を向いた。

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しかし気にはなるもので、一々女の動向を確認してしまう。女はガサゴソと持ってきていた手提げからラベルの剥がされたペットボトルを取り出していた。何をするのか恐る恐る見ていると、サービスで置いてあるポットからお湯を出し、ペットボトルへ注いでいたのだ。

(うわ……口のところついてるし! てかめちゃ零れてる!!)

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ボタボタ音が聞こえ、増えた掃除場所に辟易するが、それよりなにより奇妙な行動に鳥肌が立った。

そして女はペットボトルをシャカシャカ振ると、すたすたと店内を歩き出す。

(どうか問題を起こしませんように……!)

心の中で手を合わせていると、相方が声をかけてきた。

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「先、休憩いいよ」

「あ、ありがとうございます」

明らかにいつもより小声で会話しつつ、私はバックヤードに向かった。

休憩中は買い物をして夜食を食べるのが常だったが、あの女がいるのでは買い物どころではなかった。

バックヤードには監視カメラがある。とりあえずあの女はどうしているだろうか?と店内映像を見た。

するとどうだろう、どこにもいない。

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(トイレか?)

そう思い、レジに顔を出す。

「……あの人、トイレっすかね?」

「あー、あの人割と常連。いつもトイレ使うよ」

内心ゲーと舌を出す。失礼な話あんなのが常連なのかと思いつつ、今のうちだと買い物を済ませた。

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休憩は1時間ある。夜食を食べ終わり飲み物を飲んでいると、催してきた。相方は優しいので仕事中トイレを使おうが文句は言わないが、休憩中に済ませた方がいいだろう。

そこでふと、疑問が浮かぶ。

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バックヤードには机がひとつしかない。大きな机なのだが、全面に監視カメラの映像が映し出されている。

しかし果たして、

shake

ーーーあの女はトイレから出たきただろうか?

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確かにずっと見ていた訳では無い。けれども出てきた様子もない。

レジに再び顔を出す。

「先輩、あの人、帰りました?」

「……そう言えば、見てないな」

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この時間、品出しも掃除もなく彼はレジにずっと居たはずだ。レジからは出入口が見えるし、そこを通れば入店音がする。

「まさか……ね」

「まさか……ははっ」

2人で顔を見合わせて笑った。けれどそれはひきつっていた。もちろん私のもひきつっていたと思う。

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「先輩、トイレ行きたいっす」

「……じゃあついでに確認してくる?」

「……」

尿意は結構限界に近づいてきていた。仕方なくゆっくりと私はトイレに向かった。

レジと対角にあるトイレ。あいにくトイレはひとつしかない。ドアノブをゆっくりと捻る。

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ガッ

鍵がかかっていた。

「……」

あの女だ。

バックヤードにも入店音は聞こえる。市街地から離れたこのコンビニに、しかも深夜にやってくる客は少ない。あれから客は来ていないことは知っていたのだ。

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もしかしたら。もしかしたら、中で倒れてるかもしれない。そう思い、軽く拳を握り持ち上げた。

コンコン

「あのー大丈夫ですかー?」

返事はない。

コンコン!

「あのー、救急車よびますかー?」

shake

ドン!

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「ヒッ!」

それは明らかに怒気を含んだ抗議の返答だった。私は恐れを為してすごすごとレジへと戻った。そして恥を忍んで別のコンビニのトイレを借りに行く許可を相方から得た。

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気分もスッキリして仕事場へ戻り、残りの作業も終え、後は日が昇り始めるのを待つのみとなった頃。

「……?あれ、そう言えばあの人まだ出てきてませんよね?」

時間は午前4:30になっていた。女がトイレに入ってから5時間は経過している。

「確かに……警察を呼ぶべきかもな」

そう言うと、ようやく事なかれ主義の相方も渋々トイレを確認しに行った。するとやはり女は未だいたようで、出てくる気配はないようだった。

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相方が渋い顔で警察に電話するのを横目に、内心私はウキウキしていた。警察沙汰は初めての体験だったからだ。被害者でも加害者でもない、全くの部外者だから気楽だったというのもある。

するとガタリ、と音が聞こえた。

トイレの方からだ。

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ぬるり、と言うように女がトイレから出てきたのだ。

60代位に見えるが、もしかしたらもっと若いかもしれない、そんな女は老婆のように腰を折り曲げて、手には何かが入ったビニール袋を持っていた。

「……!」

先輩、出てきましたよ!思わず相方に声をかけようと思ったが、その相方は警察とまだ電話中だった。

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黙って動向を見張っていると、女は白い軽そうなものがたくさん入ったビニール袋を店内のゴミ箱にぎゅうぎゅうに押し込んでいた。

やめてくれゴミ袋換えたばかりなんだ!と思ったが、声は出さなかった。

そして袋をゴミ箱に詰め終わると、女はまたトイレへと戻って行った。

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「っはー!!」

「あの女、何してた?」

電話を終えた相方が話しかけてくる。

「ゴミ箱になんか詰めてきました」

トイレに行く前にはあんなもの持っていなかったはずなのに……。そう思ったが口にはしなかった。

「それより、警察は?」

「すぐ来るって」

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言葉通り、警察は5分もしないうちにやってきた。そしてどうやったのかトイレからいとも簡単に女を連れ出したのだった。

女は店を出る前に、

「あそこ(駐車場を指して)に人が、奴がいる。あいつを捕まえろ!」

などと叫んでいた。

少し怖かったが、恐ろしいのはこのあとだった。

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夜勤の最後の仕事には、トイレ掃除がある。朝は客が多く、また、トイレの使用率も高いためである。

「あー、そうじしてきまーす……」

私はすごくすごく嫌だったが、相方より後輩だったため掃除をかってでた。あの女が5時間閉じこもっていたトイレの掃除を。

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絶対悪臭がする。

そう覚悟して入った個室は、案外匂いはなかった。

しかし気分が良いものではなく、匂いの強い洗剤を素早く噴霧しブラシで磨く。便座も念入りに消毒し、あとは流すだけ。

しかし流れない。水が上がってくる。詰まっていた。時間を置いて流したり、吸盤式の詰まり取りなどを試して見ても詰まりは取れなかった。

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相方に相談し、24時間やっている業者に連絡した。その頃には退勤時間を過ぎようとしていたが、トイレの詰まりの件や例の女の件の引き継ぎなどでその日1日暇な私だけが残ることになった。

早朝勤務の人達に、こんなことがあったんだよ〜と雑談をしつつ、朝の忙しい仕事を手伝いつつ業者を待つ。1時間後、7時頃に業者はやってきた。

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状態を説明して、作業完了を待つ。

数十分後、声がかかった。

「ちょっといいですか?」

「直りましたか?」

「……いえ、見てもらいたいんです」

「?」

トイレの外で待機していた私は個室に入る。洋式の便器は無残に解体されていた。配管が露出している。

「ここ、見てください」

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指さされた場所をのぞき込む。入り組んだ場所。恐らく詰まりの原因と思われる配管の曲がった所。

「っ!!」

そこには私が流したと思われるトイレットペーパーと、そして

shake

おびただしい量の髪の毛が詰まっていた。それは白髪が混じっていて、こころなしか毛根?頭皮らしきものも見えた。

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「ウッ……」

吐き気がこみあげてきたが、業者の人の目もありまた、職場ということもあり必死で飲み込んだ。

「何か、あったんですか?」

「……さっき変な人が来たんですけど、警察に……。けど何も……」

そうですか、とだけ業者の人は言い、作業を進めますと続けた。

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私はトイレを出た。そしてすぐさまゴミ箱へと向かった。

「すみません!ゴミ袋換えるの忘れてたんで換えます!」

早朝勤務の人に少し叫んで伝え、ゴミ箱のドアを開ける。急いでゴミ袋を剥がし、新しい袋を取りつけてゴミを外へと運び出した。

店の裏にはゴミ置き場がある。そこへゴミを持っていき、放り投げた。

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「はぁ、はぁ」

誰にも、お客さんには見られていないだろうか。

ゴミ袋の中には、

あの女が捨てたビニール袋の中には、

大量のトイレットペーパーと、

髪の毛と黒と赤の汚物が入っていたから。

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コンビニでバイトしてた事があったので、怖さがよくわかりました。

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