中編3
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てと、てと、と天井からねばり気のあるしずくが糸をひいて垂れる。

血だ――。

その血を、床に置いたプラスチックの洗面器が受けている。

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おれは舌打ちして天井を睨んだ。

ポリ袋の口の縛りがあまかったか。

そこへ横たわっているはずの妻へ悪態をつく。

ズズッ、ズズッと重たいものを引きずる音がする。

そのたびに血の垂れてくる位置が変わり、おれは苛立ちながら洗面器の置く位置をズラす。

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あの女はどうして動けるんだ。

イライラはつのる。

生きているはずはなかった。

首をしめて殺した後、五体をバラバラに切断したのだ。

それなのに。

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ズズッ、また妻がからだを引きずる。

おれは黙々と洗面器を移動させる。

一刻も早くこの家を出たかった。

だが預金通帳と実印がどうしても見つからないのだ。

一文無しで逃げても行くあてなどない。

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心当たりはすべて探し尽くした。

家のなかは、まるで空き巣にでも入られたような有様だ。

ふたたび天井を睨みつける。

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あのバカ女は、おれが数十年必死で働いて貯めた金をいったいどこへ隠しやがったんだ。

マイホームが欲しいというから、それこそ爪に火をともすようなつもりで貯めた金だぞ。

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天井がきしみズルズルと重たいものを引きずる振動が伝わってくる。

相変わらず妻はなめくじの速さで移動していた。

おれはくたびれ果て、冷蔵庫から缶ビールを取り出して喉へ流し込んだ。

本当はもっと強い酒が飲みたかったが、万が一寝てしまっては大変なことになる。

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ズズッと妻が動く。

おれは無言で洗面器をズラす。

そもそもこの女はどこへ向かっているのだ?

見たところキッチンへ近づいているようだが。

あっ――。

天啓のようにひらめくものがあった。

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そういえば冷蔵庫のなかに何かあったような気がする。

あわてて床を這い冷蔵庫の扉をあけた。

乳製品や加工肉が詰め込んである奥に丸められた新聞紙の束がある。

引っ張り出して中を調べた。

あった、あったぞ。

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ハハハッ、とうとう見つけてやった、ざまあみやがれ。

だから女は浅はかだというのだ。

おれは印鑑をポケットへねじ込むと通帳にキスした。

預金高は二千万以上あるはずだった。

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なぜだか不安になる。

念のため通帳を開いて残高を確認した。

ない。

一瞬で血の気が引いた。

おれの口座にはもうほとんど金が残されていなかったのだ。

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とつぜん天井から、ケケケケッという勝ち誇ったような笑い声が聞こえてきた。

おれは両手であたまを掻きむしった。

うるさいぞ、黙れこの性悪女めっ。

ケケケケケッ。

ちくしょう、ちくしょう――。

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どれくらいそうしていたのか、厚いカーテンの向こうではしだいに空が白み始めていた。

おれは胎児のように丸まってシクシク泣いていた。

カーテンのすき間から差し込んだ朝日が洗面器のなかを照らし出す。

溜まった血はどす黒く凝って、まるで生レバーのごとくに凝固していた。

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天井の妻は、ようやく動くのをやめたようだ。

Concrete
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@りこ-2様、ありがとうございます。
そんな褒められると木に登っちゃいますヨ (>ω<*)
怪談のストックまだありますので、日を改めてアップさせていただきます。
本当にありがとうございました。

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