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決戦、龍の咆哮 後編 

「俺は伯爵から、もう一度逃げようと思う。」

ユウジの突然の告白に戸惑った。

「お前、突然何を言ってるの?」

俺は思わず問う。

ユウジ「今だから言うけどさ。二人で伯爵から逃げてて、2手に分かれたとき、覚えてるか?」

「あの時俺は、こっちに来るなと願った。心の底から願った。□の方に追っていった時は本当に安堵したんだ。」

ユウジは続けた。

「今だったら考えられない。かかってこいとも思う。ずっと後悔していたんだ。あの惨めな気持ちを。」

「過去の自分にも、そしてヤツにも、挑戦してみたい。」

思いもよらなかった、あのユウジがそんなにあの時の事を気にしていたとは。

ユウジ「だからこそ、あの時の様には逃げない。

目を反らさずに尻尾をまいて逃げる。

今度こそ逃げない。結果逃げるんだけれど!」

もはや何言ってんだか分からん。

支離滅裂である。

逃げないために逃げる。

カッコいい風に凄いことを言う。

ただ、ユウジの言っている事にも一理ある。

自分にも心当たりがある。

今だったら、今ヤツから逃げることが出来たら。

勝てるかもしれない。

逃げることによって勝ちたい。

逃げずに逃げきりたい。

逃げずに、真正面から尻尾をまいて逃げたい!

ん?訳が分からなくなってきた。

逃げずに立ち向かう!だから逃げる!

いや、これも変だろ。

そうこう考えているうちに、無意識にこう言っていた。

「ユウジ駄目だ。俺にまんまと逃げさせろ。ヤツから逃げるのは、この俺だ。」

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俺はユウジに今迄のモヤモヤと、その原因、心のうちを打ち明けた。

ゆうじは暫く考え込んだ後、

ユウジ「分かった。お前がそこまで言うなら………。

堂々と逃げさせてやる。思う存分逃げるがいい!」

と言い、思いっきり肩を叩かれた。

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ユウジ「しかし、逃げると言っても。どうやって?

ヤツが俺達を追い掛ける理由がない。また城を奪えば良いのか?」

確かに、わざと追われる術が思い付かない。

中3にもなってホームレスの寝床を荒らすのはどうかと、お互いに意見が一致した。

じゃあどうするべきか。

ユウジ「ヤツに接近し、挑発するような言葉を浴びせるのはどうか。例えば、何かキツめに指摘するとか。」

流石喧嘩で鳴らすユウジ。相手から仕掛けさせるのに慣れている。大人になったなぁと、感慨深く思った。

ここはユウジの提案に乗ろう。

俺がメインで挑発して、ユウジはそこそこで離脱。

そして俺が、逃げずに真正面から逃げる。

話し合いは深夜まで続いた。

それから一週間。

引退して間もないが短期間でも走っていない事は確かだった。

部活を引退した者とは思えない程調整をした。

脚を痛めない様に、レベルアップを狙わず、今の実力を100%出せるような調整。

正にアスリートのそれである。

全国大会前でもここまで真剣に準備はしなかった。

俺が勝ちたかった戦はここにあるんだ。

確信に満ち溢れていた。

今の俺は、誰よりも。あの全国大会に出てた誰よりも速い。

仕上がったぜ。完璧だ。

脚がウズウズしている。

小学生当時の俺から見て、化け物じみた速さだった伯爵。

鍛え抜いた今の自分とどちらが速いか。

ワクワクしていた。

ワクワクしていたが、それと同時に不安もあった。

あの時の、ヤツの近付いてくる息遣いと足音が甦る。

どうなるのか予想も付かない。

明日、逃げてみるまでは!

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決戦当日。18時半。

ヤツの根城が見えるスペースでまちぶせをしていた。

計画通りヤツは現れた。

ユウジと二人、ヤツに近付く。

お互いに臆すること無く、かつての宿敵に歩み寄る。

そしてヤツはこちらに気付いた。ブルーシートの上であぐらをかくヤツは、ポカンとした顔でこちらを見ていた。

ユウジ「よし、挑発を開始する。」

俺は大きく頷いた。

二人でキツめの言葉を発しようとしたその時!

ヤツが急に立ち上がったのだ。

伯爵「……………あ~……!!!」

何かを訴える目付き。

ユウジ「バカな!!??まだ挑発して無いのに!?急にどうした!?」

出鼻を挫かれた、俺達は思わず後退りした。

ユウジ「読まれていたのか?こっちに来るぞ。」

伯爵は近付いてくる。ジリジリと。

ユウジ「おいおい。なにこれ、思ってたのと違う。もう最初からこいつ、俺達に用事があるみたいだぞ?」

俺「ばかな!動揺させるつもりが、いきなり動揺させられた。これが伯爵のプレッシャーか。」

更に後退りをする。その時、ユウジが気付いた。

ユウジ「?」

「おかしいぞ、ヤツはお前しか見ていない!!」

ユウジに言われて気が付いた。

ヤツは俺を凝視している。

ギョロリと見開いた目。

にやけた口元。

ブツブツと何かをつぶやいている。

ユウジ「これはもう逃げていいやつじゃないか?もう離脱するぞ?」

「なんか気味悪ぃし。」

ジリジリと後退りしながら、ユウジは確認する。

同感だった。何故かは分からないが、ヤツはもう今すぐにでも俺に飛びかかってきそうな剣幕だった。

流石は伯爵。俺達の予想など通用しない。

想像など意とも容易く飛び越えてきやがる。

俺達の計算なんて、ヤツには通用しない!

しかしこれだけは予定どおりにと言わんばかりにユウジが叫んだ。

「今だ!!!逃げろぉぉぉぉ!!!」

それがスタートの合図だ。

俺は踵を返し、河川敷の遥か向こうを目指し駆け出した。

最初の5歩はスムーズ。快調である!

ヤツは付いてきているか!?

後を見る。

ヤツは一瞬ポカンとしたが、すぐさま走ってきた。

成功だ!!!釣れたぜ!

あとは、このまま逃げる!!ひたすら逃げる!

完膚なきまでに逃げきって見せる!!

いつになく脚は絶好調。軽快に腕をふる。もはや負ける気がしない。俺の3年間は無駄じゃなかった。

50m、60m、70mそして80m位か、

その時点で勝利を確信した。離されたヤツは諦め、脚を止めているはず。

そう思って後をチラリと見た。

ヤツはまだいた。

「そんなバカな!!」

距離は詰められていない。しかし、離せてもいないのだ。

そう、あのフォームだ。

まるで水泳のクロールの様に、

手前の空気を後にかく様な腕振り。

妙に顎を前に出した前傾姿勢。

女子が見たら悲鳴が上がること必至。

しかしどうだ。

その一方足元はしっかりと地面を捕らえ、陸上で大事な地面からの反発を確実に利用している。

脚が後方に流れきらず、身体の真下を軸に前方中心に回転している。

陸上選手の脚さばきであった。

そして驚愕したのは、足音。

俺と全く同じリズム。

「合わせているというのか!!!???」

陸上をやっていたら大体分かる。

呼吸と歩幅、そして脚のリズム。これらを完全一致させ、

後に控えている状態は、大概ロックオン出来ている証拠なのだ。

まず追い付けない相手にこれは出来ない。

つまりヤツは、

「いつでも追い付けるって事かよ!!」

確信した。

やつは陸上経験者だ。走り方で分かる。

今の俺だから分かる。

ヤツは今、俺の走りを体現し、それを確認しきった後に追い付くつもりだ!!

そう考えている内にヤツの気配は右後方から消えていた。

「!?いない!?」

胸がざわつく。嫌な予感しかしない。

シンクロしていたヤツの気配が、

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左後方に移動している!!

いや違う!!

ヤツは俺が陸上選手である事を逆手にとりやがった!!

運動会でも陸上でも、オープンコースの場合。

抜くのは原則アウト側。右側だ。

俺は先入観で右後方ばかり気にしていた!!!!

ヤツは左後方!

いや!

もう左側に来ている!

「な、何ぃぃぃぃ!」

伯爵「くぅっ。はぁ。くぅっ。はぁ。」

ヤツの呼吸音さえ聞こえる距離。

やはり伯爵は本物だ。

強敵だ。

俺の3年間は全国ではない。

正に今、この戦い為にあったのだ。

神様、意味ある3年間をありがとう。

そして、必ず勝ちます。

俺は激走の最中、何故か静かな心境にまでなっていた。

いける。今まで全力だと思っていたのはスポーツでの話。

ここからは命をかける!!

俺は生命力という燃料に火を入れた。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

かつてこれまで、部活の大会で声を上げたことはあっただろうか。

いや、ない。淡々と勝負を「こなして」来ただけだ。

自分でも分かる。加速している。追い付けるものはもうない。

確信ではない。必然性すら感じる。

光より速い性質の物質はない。必然だ。それと同じように。

今、燃やしているものこそが本当の勝負。

ヒトとヒトが織り成す、究極の燃焼反応。

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風を感じる!いやもう俺こそが風だ!

赤いはずの夕焼けが、目映い金色の光に見える。

勝利の輝きだ。

後を確認するのが勿体ない。

だが勝敗を決する為には仕方がない。

俺は後を見た。

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どれくらい自分が加速したのか分からない。

しかし、伯爵は立ち止まっていた。

膝に手を置き、完全に走ることを辞めていたのだ。

俺はそれを見て、天に両拳を付き上げた。

「勝った!勝ったぞぉぉぉぉ!!」

人生で初めて努力が報われた気がした。

何より嬉しかった。

心の中の暗雲が晴れ、今なら世界を征服出来るとさえ感じた。

立ち止まる。伯爵はトボトボと元の方角へ歩いていく。

俺は目映い夕焼けを眺め、ユウジが来るのを待った。

心は晴れやかで、元旦の朝の様な清々しさを感じた。

伯爵に完全勝利した。嬉しすぎる。

程なくして、ユウジが来た。

ユウジ「勝ったみたいだな。来る途中伯爵とすれ違ったけど、首傾げて残念そうにしてたぞ。」

それもそのはず、俺は勝ったのだから。しかも大差でな。

堤防の上の道まで上がり、そこで座り込んだ。

ユウジは煙草に火を付ける。

「煙草まで吸うようになったんか。」

ユウジ「まぁ、半分格好付けだ。」

しばらく二人で夕日を眺めた。

今日の夕焼けはやけに赤い。

真っ赤だ。

俺は何気に呟く。

「何で野郎二人でこんな綺麗な夕焼けを見てんだか。煙たいし。」

ユウジ「はっ。こっちのセリフだわそれw」

真っ赤な夕焼け、遠くから鳴り響く原付の音。

まさに地元の情景にしばし浸る二人。

原付の音がやたら高らかに鳴る。

ユウジ「あの原付、えらい飛ばしてんなぁ。」

俺「あぁ、そうだな。」

ユウジ「こっち通るみたいだな。道開けとこうか、ひかれたら痛いし。」

二人は立ち上がり、原付が堤防の一本道を通り過ぎる準備をした。

黒い原付が近付いてくる。

徐々に、しかし猛スピードで。

近付くそれは正に、黒い龍のごとく。

けたたましいエンジン音と共に向かってくる。

まるで龍の咆哮の様に聞こえた。

そして視認できた瞬間凍り付く。

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禍々しい黒い龍。

その黒龍に股がるのは

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伯爵であった。

【最終章】へ続く。

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@無水エタノール  楽しみにしてくれてありがとうございます。今後の展開が気に入っていただけるかどうか不安ですが頑張りますね。

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