中編3
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山で見たもの

林業を仕事にしているので、休憩時間に現場の近くの山林を歩き回って、山菜やキノコを取ったりする。

ある日の昼休みのこと。

弁当を食べた後、いつものように昼寝を始めた同僚に「ちょっとキノコ探してくる」と言って、一人で山林に入っていった。

民家や畑は無く、山深い所だったが、綺麗に舗装された片側一車線のアスファルト道路が通っていて、不気味さを感じることはなかった。

しばらく歩き回ったが、めぼしいキノコや山菜は見つからなかった。

あきらめて帰ろうと歩いていると、日の光が当たる、少し開けた場所が視界に入ってきた。

見ると、角材でできた標柱が立ててあるのが見えた。

標柱までは10メートル以上もあったが、そこに書いてある文字は何となく読めた。

「さくら基金」

(あぁ、わかったぞ。

きっと日当たりのいいあの場所に、

植樹祭か何かで

さくらの苗木を植えてあるんだろうな)

そう思いながら、最後まで諦めずに下を向いてキノコを探しながら、何の気なしにその標柱に向かって歩いた。

標柱の所まで来たとき、先程のそれは読み間違いであると気づいた。

と同時に、全身に悪寒が走った。

「さくらの墓」

なんと、標柱にはそう書かれていたのだった。

「えっ!!誰かのお墓!?」

角材なので、他の面にはこうも書かれていた。

「平成28年5月10日死去」

「享年14歳」

「南無阿弥陀仏」

あまりの衝撃に、しばらく身体が硬直した。

(もしかして、中学生くらいで亡くなった女の子のお墓?

なんで、こんな山奥に?)

当然、そう考えるのが自然だろう。

(つまり、今この足下の地面の下には、女の子の死体が…)

僕は言葉を失った。

全身から血の気が引いていくのが分かった。

僕は硬直したまま、それでも冷静さを心がけ、この状況を理解しようと試みた。

そして、一つの有力な仮説を導いた。

(もしかして、犬のお墓?

14歳ならちょうど犬の寿命くらいだし…

人間の墓にしては寂しいけど、

犬の墓なら丁重な墓だもんな。

人間をこんな場所に埋葬するなんて、

事件性を疑うけど、

わざわざ墓標を立ててるくらいだから、

事件性はないだろうし…)

そこまで思案して、ようやく僕は落ち着きを取り戻した。

そこで、僕のいたずら心も芽生えた。

(昼休み中の同僚に話をしたら、きっとビックリするだろうな)

僕は内心ワクワクしながらも、衝撃の出来事に遭遇したという演技をしながら、同僚たちが休憩しているワゴン車に向かった。

「凄いもの見つけちゃった。

お墓があったよ。

『さくらの墓 享年14歳』だって!!」

「えぇぇっ!!なにそれ!」

驚いた同僚たちの中でも、ひときわビックリしていたのが、同い年のN君。

想像以上のリアクションに思わず大笑いした僕は、あまりビックリさせ過ぎては可哀想だと、すぐにあの仮説を教えてあげた。

同僚たちはその仮説にすぐに納得していたが、なぜかN君だけは少し不機嫌な顔をして腑に落ちない様子だった。

この日、仕事が終わって家に帰ってから、妻も驚かせてあげようと、同じ話をした。

妻も同僚たちと同じくビックリ&納得のリアクションだった。

ついでにN君の驚きぶりも話をしたが、そこで妻から出た言葉に、僕自身が最大級の衝撃を受けた。

「先月生まれたばかりのN君の娘の名前、

『さくら』ちゃんじゃなかった?」

(あ、忘れてた。

悪気はなかったんだけど。

にしても、最悪に縁起悪いこと言ってしまってたんだね。

ごめんなさい、N君)

Concrete
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