中編3
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闘蟋

これは中国支社の人間から聞いた話です。

皆さんは闘蟋って知っていますか?「とうしつ」と読むのですが、コオロギを戦わせる競技あるいは賭博のことです。中国では盛んな文化です。

彼が仕事で南東部(福建省とか広東省とかあたり?)の山間の地域に訪問したときの話です。

その仕事はとある食品加工工場への大型設備導入案件でしたので2週間ほどそこに滞在していたそうです。

1週間もすると現場のお客様とも仲良くなり、夜に食事に連れて行っていただいたりもするようになったそうです。

そして最終日前日の夜に工場長に誘われて食事に行ったそうですが、食事の後に面白い場所に連れて行ってやると言われ、車で1時間ほど移動しさらに山深いところまで連れて行かれました。

車を降りると目の前に少し大きな小屋のような建物があったそうです。

中に入ると意外に人は多く、全員が中央に熱い視線を向けております。みんなが見ている先を見ると闘蟋が行われていました。

ちなみに彼は都会生まれ都会育ちで本物のコオロギを初めて見たそうですが、知識としては知っていたので闘蟋であるとわかったそうです。

彼も博打は嫌いではなかったので工場長に促されるまま闘蟋賭博に興じました。

しかしその日の彼は運がなかったのか、そもそも素人だからか大いに負けてしまったそうです。その話ブリから月収の半分くらい吹き飛んだのでしょう。

全く勝てないし、手持ちも少なくなってきた旨を工場長に愚痴ると、もうしばらくしたらメインの大勝負が始まるからそれまで手持ちは残しておけと言われたそうです。

しばらくどうやったら勝てるのかシミュレーションしながら見に徹していると、司会的な人が今日の賭博は終わったので退出するようアナウンスを始めました。

大勝負が残っているのでは?と怪訝に思いましたが出る準備をしようとすると工場長がお前は残っていていいとおっしゃったそうです。

大部分の人たちがぞろぞろと帰った後、最終的に10人程度が残りました。全員身なりが比較的よかったので、ああVIP向けの特別試合があるのかと彼は納得しました。

中央に2人の男がやってきて、2人ともコオロギを入れる容器を持っています。

お、メインが始まるぞと思いましたがコオロギのリリリリって鳴き声(正確には羽音)が聞こえてこないのです。代わりに聞こえてくるのがギャッ、とかギッギッみたいな不快な音です。

男たちが土俵の上にそれぞれのコオロギを乗せましたが彼は目を疑いました。

そのコウロギは確かに体はコオロギなのですが、顔があるのです。人の顔が。

もちろんサイズは普通のコオロギなので表情まではわかりませんが見る限り間違いなく人間の顔をしています。

他の人たちは特に驚く様子もなく思い思いに賭けています。工場長に急かされるように彼もこっちと思う方に賭けました。

その勝負は凄惨なものでした。

通常の闘蟋は一方が戦意喪失して逃げた瞬間に仕切りを差し入れてそれ以上攻撃されないようにします。

しかしこの勝負はデスマッチでした。

彼の賭けた人面コオロギがもう一方の首に噛みつき振り回しています。対戦相手はギッギッと苦しそうに鳴いていますがとうとう動かなくなってしまいました。

工場長はやったな!!って感じの目配せをしてきましたが彼はなんとも暗澹たる気分でした。

帰りの車中、工場長は最後の勝負のことは黙っておくように、まあ誰も信じないだろうがなと言った後、彼をホテルまで送って帰って行きました。

彼はあれはただの変異種かローカルな亜種、もしくは何か特殊なペイントのようなものだと思うようにしていると私に語っていましたが、コオロギってギッギッなんて声で鳴くんでしょうか?

何か中国山間部の闇が隠されているような気がしてならないです。

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