中編6
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鉄箸の呪い

これも、退職警察官のAさんから聞いた話。

Aさんは何度かお話に登場してもらっていますが、その警察官人生を警視庁捜査一課の係長で退職された方です。現職のときは、主として刑事として活躍され、その中で不思議な事件にいき合うことが多かったといいます。特に最後の捜査第一課時代には「警視庁捜査一課呪殺班班長」などと言われた、と笑って話しておられました。

このお話は、そんなAさんの若いときのお話だそうです。

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「あれは、俺が初めて捜査第一課に配属されたときだった。巡査部長だったな。まあ、刑事としては早くもなく、遅くもなく、といった感じだ。」

当時、捜査一課に入るのは結構大変で、所轄で刑事をやっていて、かつ、捜査一課経験のある先輩や上司の「引き」がないとなかなか入れなかったそうだ。Aさんを「引いた」のは当時捜査一課で主任(警部補)をしていたHさんという50代の刑事だったという。

「Hさんは本当にいい人でな。被害者はもちろん、被疑者にも情が厚い人だった。特にオトシが上手だった。」

まだまだ新米のAさんは、このHさんと組んで捜査にあたることが多かったという。そんなある日、S警察署の管内で奇妙な変死体が発見された。

普通は、一件くらいの変死では捜査第一課の刑事が出張ることはないということだが、調べが進むうちに、その変死の異常さが目立って来たことから、Aさん達も事件に絡むことになったのだという。

「その変死にはまず外傷がねえ。にも関わらず、心臓に穴があいて体内に多量に失血して死んでいたんだ。で、調べてみると、3年間で同じ様な死に方をしているやつがS署管内だけで3件、警視庁全域で見ると5件も発生していた。どう考えてもおかしいだろう?」

この事件のおかしさにはじめに気付いたのは、S署のベテラン刑事だった。その刑事がHさんの知り合いでもあり、彼に相談したことで事件の異常さがはっきりとした、というわけだ。

「俺達は過去の変死ももう一回洗い直したんだ。そうしたら、それらの人間に共通の知り合いがいることが浮かんできた。」

その男、今はTとしておこう。Tは、被害者全員仕事上などで面識があり、かつ、被害者の死によって金銭的なトラブルを免れたりなど、何らかの意味で利益を得ていた事がわかった。

「Hさんと俺はさっそく、Tを引っ張った(任意同行の意味)」

Hさんの取り調べの中でTはあっさりと被害者との関係を認めた。ただ、今回の件は当然として、過去のどの変死に関してもほぼ完璧なアリバイがあった。

そして、なにより、もし他殺だとしても殺害方法が皆目見当がつかなかった。

「任意同行での取り調べには限界があるからな。Hさんも流石に焦っていたと思うが、奴は全く尻尾を出さない。薄ら笑いを浮かべながら余裕の表情をしていやがった」

3回ほど任意同行をかけたが、有用な証言も証拠も結局引き出せなかった。

「ただ、話を聞けば聞くほど、Tは人を人とも思わない、とんでもない奴だってことだけがわかったんだ」

Tの取り調べでの発言はひどいものだった。亡くなった被害者を尊厳を踏みにじるような発言をしたり、遺族をばかにするようなことも平気で言ってのけた。

「さすがの温情派のHさんも、だいぶ頭にきていたようだったな」

今回の事件の被害者の話も聴いていたHさんは、取調べ中、珍しく感情的になりそうになっていたという。流石にベテラン刑事なだけあって、大声を出すなどはしなかったが、取り調べが終わったあと、一人更衣室の壁を殴りつけていたりしたようだった。

「そして、もう取調べで聞くことがなくなったとき、それがわかったのか、Tが不敵に笑いながら、こんな話しをしやがったんだ」

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ねえ、刑事さん。怖い話は好きかい?

取調べにも疲れただろう?これは、創作の話だと思って聞いてくれよ?

昔、関東の北部のY県での話だ。

そこの過疎が進みつつある町の小さな小学校。あんまり勉強できない子がいたんだな。

その子をそうだなTとしよう(ここで、Tはあえて自分と同じ名前を言った)。おっと、たまたま俺と同じ名前だけど無関係だぜ?

まあ、そのTっていう奴は先生から良く怒られたんだな。まあ、いうこと聞かないし、悪さばっかするから仕方ないんだがな。それで、Tは担任のO先生をそれはそれは恨んでいたんだよ。

なんで自分ばっかり怒られるんだってね。

まあ、馬鹿だよな。自分が悪いのにさ。

それで、どこから聞きつけてきたか、呪いの方法を知って、O先生に試すことにしたんだ。

その呪いは「鉄箸の呪い」っていって、呪物(ここで、Tは詳しい呪物の作り方を説明するが割愛)を作って、そいつを呪い殺したい相手の家の敷地に埋めて、その上から呪物ごと鉄の箸をぶっ刺す、っていう呪い方だ。

当然、Tは信じていなかったが、呪物の作り方もさっき言ったように簡単だったし、まあ、腹いせだよな。子どもだからさ。そんなわけで、O先生の家の庭に鉄の箸を刺したわけよ。

2〜3日、こっそりとTはO先生の家を見張っていたが、別に変化はない。鉄箸にも変わりはない。そんな時、夕暮れ時だったかな。オレンジの夕日に照らされて、逆光だったが、何かがO先生の家にズルズルと近づいてくるのが見えたんだ。次第にそれが白っぽいワンピースを着た女の人だとわかった。

ただ、歩き方がおかしい。

両手をフラフラと前に突き出して、探るようにしながらずり足で歩いてる。まるで目が見えないようだ…

そう思って顔を見てみてTはびっくりした。

女の両の眼には深々と鉄串のようなもんが刺さっているんだ。涙のように血が流れているのも見えた。良く見ると、ワンピースもボロボロで、所々に血のシミがついていた。

この世のもんじゃない。

Tはとっさにそう思って身を隠した。ただ、興味はあったんだな。そっと様子は伺っていた。女はふらふらと歩きながら、O先生の家の門扉に触れると、それをぐっと掴んだんだ。

そして、にたりと笑った。

え?っとTが思う間もなく、そのまま女はスーッと消えちまったんだ。

我に返ったTは怖くなって家に飛んで帰ったんだよ。

次の日、O先生は学校に来なかった。すぐに「家で病死していることがわかった」というお知らせが来た。その後、担任が変わり、Tの怒られる頻度もずいぶん減ったんだと。

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「めでたしめでたし、だ」

Tはニヤリと笑った。

「そのTは、最初はそりゃびっくりしたし、チョットは悪いことしたかなと思ったよ。特にO先生が好きな生徒もいたから、その生徒が悲しむ顔なんか見ていると人並みに罪悪感?を感じたけど。」

「ただ、そのうち思ったんだ。『コレってノーリスクで人を殺せるってことじゃない?』って」

「そうそう、こういうヒトコワ系の話。どう?面白かっただろ?」

そこで、取調べの予定時間が終了になった。

俺とHさんは黙ってTを見送るしかなかった。

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「その時さ、Hさんはものすごく思いつめた表情で俺に言ったんだよ

『なあ、Aよ。仮にほっといたら何人も人を殺すことが分かっている奴がいるが、とっ捕まえることが出来ないとして、お前ならどうする?』

ってな。」

なんと答えたんですか?と聞くと。

「俺も若かったからな。『そんな奴、ほっとけるわけないじゃないですか』って言ったよ」

それから2週間くらい経った後、Tが自宅で変死体で見つかったという連絡が入った。

その連絡が入った時、Hさんは黙って辞表を書いて、辞めていったという。

「俺はTの家に行ってみたよ。ああ、敷地の隅っこに鉄箸が刺さっていたよ。」

それと、と、Aさんは続けた。

「Tの死体だけは、他と違ったんだよな。所轄の報告書を取り寄せて見てみたんだ。そうしたらさ、」

Tの心臓に穴が空いていたのは同じだったが、同時に両の眼には鉄の箸が深々と刺さっていたという。

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