長編10
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ばったい様

少し長いしうまく伝わるか不安ですが、私が地元に帰省した時の話しをひとつ。

私の地元は南九州の山奥で町とすら呼べない様な田舎です。

十年ぶりの帰省ということもあり、道(といっても殆ど山道)の悪さに相当戸惑ったのを覚えています。

そのせいもあったのかも知れませんが途中から全く道がわからなくなり、挙げ句に外は真夜中、どしゃ降りで、このままふらふらするよりは明るくなってからしっかり運転した方がいいと思い、実家に電話をしました。

私「今峠なんやけどもう眠いし道もやばいから明るくなるまで車でねるわ」

親「それはあぶなかけど…仕方がなかね。じゃったら服でんなんでんよかから窓が外から見えんようにしてねなさいね」

と言われました。私は、何で?と思いながらも適当に返事をしたのですが、あまりにしつこく窓を全て隠せといわれるのでめんどくさいなぁと思いつつ窓の隙間に洋服を挟み目隠しにしました。

私は少しでも足を伸ばして寝ようと思い後部座席で横になりました。

眠りについてからどのくらいの時間がたったのか、ふと目が覚めた時はまだ辺りは暗く、雨もより強くふっているようでした。

体のばせないからしんどいなぁと思いながらも惰眠を貪ろうとしている時でした。

ざぁざぁっと雨音がしているなかにかすかに、びちゃっびちゃっとなにかゆっくりとした音が混ざっていることにふと気付きました。

(こんな山の中で?)

と思いながら気になって耳をすましていると、その音は車のまわりをゆっくりと回っているようでした。

はじめはイノシシかなにか動物かなと思って様子を伺っていたのですがやがてその音が車の前の方でとまり、フロントガラスをこん、こんと叩く音に変わりました。

先程書いたとおり窓に目隠しはしていたのですが前だけは挟む事が出来なかったのでそのままだったことを思い出し、座席とヘッドレストの間から前の様子を伺いました。

次の瞬間本当に気を失いそうになりました。

フロントガラスをたたいていた物はたしかに人の手でした。

しかし、その手以外は真っ黒で頭の形が明らかにいびつでなによりも恐ろしいのは、目が潰れ眼球がなく、鼻がつぶれ、口が焼きただれた後むりやりくっついたようにいびつになったものがそこにいたのです。

私はそれから目がはなせませんでした。

眼球はないはずなのにまるで目があってしまっているようで動けないのです。

どのくらいそうしていたのか、私はふいに大声を出してしまいました。

今思えば悲鳴なのか威嚇だったのか自分でもわかりません。

ただ、それまでずっとガラスをコン、コンと叩いていた手がふいにとまり、口であったであろう場所がにやぁと蠢きました。

次の瞬間ボンネットに黒い固まりがぐしゃっと音をたてて乗ったと思ったらガラスを割れんばかりにダン、ダン、とたたきはじめました。

私はそれにとても耐えられず後部座席で只震えていました。

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この時は、よく有りがちな気付いたら朝に…とはいきませんでした。

私はずっと震えていました。

その間ずっとガラスを叩く音もやまず、なにより、こんな雨の中で休む事無くたたき続けていることが、目の前で起きている事の異常さを物語っていました。

結局明るくなるまでその音は止まず、突然ピタッと叩く音がやみ、ビシャッ、ビシャッと少しずつ遠ざかっていったようでした。

私はすぐには動く気にもなれず、かなり明るくなるまで震えていました。

しかしここでこうしていても何の意味もないと決意し、運転席に移りました。

その瞬間正直死にたくなりました。

フロントガラスには叩いた後の様に、ベチャッとした無数の手形。

ボンネットには大きく凹んだあと。

そしてその凹んだ処には、なんだかよくわからない真っ黒な液体が溜まっており、道の向こうの森へと、なにか引きずったようにてんてんと続いていたのです。

それらの全てが起きていた事の恐怖をよみがえらせ、私は人に会いたい一心で車を発進させました。

途中の道はよく覚えていませんが、走っている最中、ボンネットの液体がベチャッ、ベチャッと道に遠心力で落ちていくのがさらに気持ち悪かったのはよく覚えています。

どのくらい走ったのか実家についたのは、もう夕方まえでした。

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実家は駐車場が離れた川沿いにあるので車を止め、歩いて家に向かいました。

途中、となりのおばあと会い、少し話しながら家に向かう中で、帰ってくる途中にあったことを話したとたん、顔から笑顔が消え、

「後でよかから少し話がある。」

とまるで自分を避けるように帰ってしまいました。

私は体験した事とあいまって、なんかまずいな、と思い実家にかえるなり聞いてみようと思っていました。

実家につくなり親父は私が話をする前に、

「お前、大丈夫だったか?なんもかわったことはなかったか?」

と聞いてきたので、体験した事を伝えるなり、すぐに車を見に行くといいだし、私は連れていかれました。

親父は私の車を見るなり、私に、

「お前…ガラス窓は目隠しはしちょったな?」

と聞かれたので、フロントガラスは目隠しをしていなかったことと、車内での体験を伝えると、無言で車に実家で飼っていた鶏を乗せ、鍵をあけたまま車を止め、なぜか人目を気にするように私を家につれていきました。あたりはもう暗くなってきていました。

実家に帰るなり親父は何も口を開きませんでした。

私は妙な沈黙に耐えかねて

「なんかまずいんやろ…。あれなんなん?」

と聞くと、親父は

私が見たのはばったい様といって、昔からこの辺にいるものらしい事。もしばったい様にあっても、ばったい様は目がみえないからきづかれなければ大丈夫らしい事。只、もしきづかれてしまえば連れていかれるらしい事。を教えてくれた。

そこまで聞いて私は、

「じゃあ俺って…」

と言い掛けた時、

「お前の場合は触られたわけじゃなかから、鶏で身代わりができるかもしれん。念のため、今日は誰が来ても、外にはでるな」

と言われました。私はとなりのおばあが後で話があると言われたことを親父に伝えると、親父は

「昔俺の弟、お前からみたらおじさんにあたる人がやっぱい、ばったい様にあった事があった。そん時もお前と同じような感じじゃったけど、そんときは、鶏の場所がおじさんだった。」

「この返の人間は、ばったい様に気付かれた人間は、連れていかせないと、村にばったい様が来るっちおもっちょる。贄みたいなもんじゃ。となりのおばあもお前を贄にするつもりやろ。弟の時がそうじゃった。今晩様子を見て何もなければお前は明日帰れ。ばったい様が来れば明日車の中みたらわかるからお前はいなくなった事にすればよか」

そういわれた時でした。

玄関を叩く音がして親父は私に、

「押し入れにはいってろ」

と告げると、玄関に向かいました。

私が押し入れで様子を伺っていると、となりのおばあが何人かの老人を連れてあがってきました。

「和は車にとめさせちょる。」親父の声でした。

なにか話しているようでしたがよく聞き取れず、聞き耳をたてていると、

「仕方がなかが。もしばったい様がきづいてなければ離れちょるし来んやろ。じゃっどんきづかれちょれば仕方がなか」

という声が聞き取れたとき私は恐怖よりも、そだった故郷に裏切られ、捨てられたようで涙が流れるのを止められませんでした。

「わかっちょる。もう暗かから明日、日が昇ったらおいが車見にいってくる。ばあたちも今日ははよ帰って戸締まりしとかな。」

親父の声を最後に全員帰ったようでした。

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自分の部屋は全く使っていなかったようで、ほとんど昔とかわっていませんでした。

和室の引き戸に鍵などなく、とりあえずほうきをつっかえ棒にして開かないようにして、唯一ある窓は台風の時にしか使ったことのない雨戸をかけ、鍵をかけました。

雨戸を閉めていると、子供だったころ台風が来てワクワクしていた事を思い出しました。

全く外の様子は見る事ができず、ただ外の暴風や雨の音にワクワクしたものでした。

しかし今は風もなく雨もふっておらず、何の音もしない事が気持ち悪く、かといって眠る事などできず、ダラダラと起きていました。

ふっと車のエンジン音が聞こえた気がして耳をすましていると、確かにエンジン音が近づいてきて自分の家の前辺りで止まる音が聞こえました。

さっきの親父やおばあの話しを考える限り、誰が外にいるのか全くわからず、気になった私は雨戸を静かにずらし外を見ました。

周りは暗く、視界は利かないもののよく見ているとその人影はうちの反対側へ小走りに走っていきました。

その影が電柱の下を通る時にそれが誰わかりました。

その影は親父でした。

私は

(え?どこいくんやろ?)

と気になり、部屋が二階だったこともありまわりの家を注視してみてみると、まわりの家は雨戸どころか、窓も開け放ち室内の明かりがこうこうとしていました。

私は自分の家だけがまったくの暗闇で、静寂につつまれ、さらに家の前にはあの車がとまっていると思うと気持ち悪くなり、また雨戸を閉め、布団に入りこみ電気を消しました。

暗いなかでいろいろ考えているうちにおかしい事にきづいたのです。

車に鶏を入れていました。あんなにさわいでいたのに全く物音がしないのです。

辺りがこれだけ静かなのに?と考えているとふいに人の様な声がしました。

「こんにちわ。」

声はそうきこえました。

私はギクッとしました。

夜中にこんにちわ?もそうですがその声にはまるで抑揚もなく、なにより方言の訛りががまるでなかったからです。

その声はずっと同じ言葉を繰り返していましたが突然止みました。

次の瞬間ビシャッ、ビシャッとあの音が聞こえました。

それも遠くではなく、二階の自分の部屋の窓側の瓦あたりから聞こえた瞬間私は反射的に窓の反対側の引き戸へ駆け込み、立ち尽くしていました。

あの音とともに、いきなり雨戸がガシャガシャと音をたてはじめました。

私はもう立ち尽くすしかできずガタガタと震えていると、ガシャガシャという音にまざって、玄関から

「こんにちわ。」

という声がしていることに気付きました。

もうなにがなんだかわからず泣きそうになりながら(多分泣いていました)、

「うわぁ〜〜〜!!」

と喚いていました。

その時ガシャガシャ音をたてていた雨戸が静かになり

(え…)

と思った次の瞬間、雨戸がガタッ、ガタッとゆっくり動き始めました。

微動だにする事もできず見ていると、雨戸の空いた隙間から手が見えました。

その手はまるで手招きでもするように、動いていました。

私が動くこともできずにいると、また雨戸があけられていきました。

完全に雨戸が開けられ、その姿を見た時の私の感情は書き表わせません。

余りに目のまえのモノがいびつでした。

外見はやはり真っ黒で、若干流動的?な感じでどろどろしていますが頭、顔は前書いたとおり。

唯一違ったのは、ただれていたはずの口が、無理やり開いたみたいに大きく開かれていた事でした。

口元は肉がちぎれ、そこからはどす黒い何か液体が垂れていました。

目のまえのモノは鍵のかかっているガラスを無理やり割ろうとするようにまた叩きだしました。

あっけなくバリッと拳大の穴があいた瞬間私は引き戸をあけ玄関に走っていました。

玄関を開けた瞬間、私の車と同時に何かが目に飛び込んできました。

家の玄関の生け垣の横で立ち尽くしている人でした。

ただその右手はさっきのドロドロでした。

私がなにも考えられずにいると、その人はドロドロの右手をまるで、

あっちへいけ

みたいにふりはじめました。

車へいくには人の真横を通らなければならず、躊躇していると、玄関の後ろの階段からビチャッと聞こえました。

その瞬間私は弾けたように車にむかって走っていました。

人の横を走り去るとき

「こんにちわ。」

ときこえました。

構わずに車に乗り込み、エンジンをかけ、バックし、切り返していると、さっきのモノが玄関からこちらへ向かってきていました。

とっさにさっきの人がそれをさえぎるようにしながら、またドロドロの右手であっちへいけをくりかえしていました。

そこからはただひたすら運転し文字どおり逃げ帰りました。

帰っている最中も親父から電話がありましたがとる気にもなれず、何日かしてから電話してみると、

「お前は、なんで家からにげたかぁ!

ばったい様に一度めぇつけられたらどけおっても一緒じゃ!

今からでんよかからもっかいかえってけえ!」

みたいな事を言われましたが全く聞く気にもなれず、その後もそんな状態で、私も連絡をとらなくなりいつのまにか音信不通になりました。

私はあれから一度も実家へは帰っていません。

心配はしておらず、むしろ故郷が憎くもあります。

今考えればあれは明らかに私を贄?にしようとしていたと思うからです。

ただあの時私に

あっちへいけ

をした人。

あれは親父が言っていた、私のおじさんだったのではなかったのかと思います。

今となっては分かりませんし、調べたくもありませんが…もしおじさんであるならば私は見捨てて逃げた卑怯者です。

なにも救われる話でもない私の話を聞いてくれたかたがたには本当にありがとうございました。

最後になりますが、地元に久しぶりに帰省する際には本当に気をつけてください。

ありがとうございました。

怖い話投稿:ホラーテラー 和みさん  

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