はじめに断っておきます。
これは創作です。
なのでこんな恐ろしいことは実際起きていません。
「このサイトに作り話乗せてんじゃねーよ」とおっしゃる方もおられるかと思いますが、大目に見てやってください。
何か新しいことを始めようとするのに、四月七日であること以外に理由がいるだろうか。
それは半ば強制的で、目的でありながら手段であり、原因でありながら結果であり、見る者に理解を迫らず、しかし目を離すことはできない。
俺はそこに足を踏み入れてしまった。
南館を越えた所にある、ほとんど廃墟に近い「研究会部室」。
まるでそれが禁忌であるかのように、隔離されるかのように、有り体にいえば予算がなく修繕などできないわけで、人目のつかない所でその建物はひっそりとたたずんでいた。
因みに何を研究しているのかは今のところ不明。
俺は導かれるように、壊れかかったドアのノブに手をかけ、そしてその一歩を踏み出す。
(コンコン)
控え目かつ十分な音量でノックをした。
「どうぞー」
よく通る低い声が応じた。
「失礼しまーす・・・・」
軽く会釈して中に入る。
部屋の中には二人しかいなかった。
うわさには聞いていたが、まともな部活動体制ではないことは確からしい。
会議とかで使うようなテーブルに、講堂に置いてあるようなパイプ椅子、それに腰掛ける二人の男女。
その内の一人は知ってる奴。
同じクラスのいわゆるギャル男。
本名は洲崎恭平なのに、なぜか「シキ」と呼ばれている。
「あ、ユング?
もしかして入部希望?」
シキは左手で毛束を作りながら、俺の方を見ていった。
「ユング」とは俺の愛称だ。
「シキ?
お前も『研究会』だったんだ」
俺は少し意外に思った。
シキみたいなやつがこんな所にいるなんて。
「ああ、案外楽しいよ。
去年入学した時になんか目についてさ。
そっか、ユングも来たんだ・・・・」
シキはどこか嬉しそうだ。
「入部とかは結構適当だから。
とりあえず学活とかで入部届けの書類あったじゃん、出した?」
シキは毛束をスプレーで固定させながら聞いた。
「うん、出した。
じゃあもう入部ってことでいいの?」
「良いっしょ。
まあたぶん部長に挨拶しといたほうがいいけど」
シキはそこで悪戯っぽく笑った。
部長?
さっきから携帯いじってるこの女?
肌は日焼けサロン、と言うほどまではいかないが、適度に健康的に焼けてる感じ。
髪はショートだけど、アイロンか矯正をかけたのか結構ペタンってなってる。
染めてるっぽいから、肌は黒いけど陰気な印象ではない。
むしろ全体的に垢ぬけた感じだ。
ルックスは好感が持てる方だったが、この女が「研究会」の部長とは思えない。
とりあえず試しに聞いてみた。
「え、君が部長?」
「あ、違うよ。
部長はもっと別な人」
別な人?
別な、て何だ?
少し気になったが、別の話題をふることにした。
「君ってさ、6組の人?」
「いや、5組だけど、何で?」
「いやさ、6組ってかわいい人多いじゃん」
「ええ、マジぃ(笑)?」
「あ、そうだ、俺知ってる?
結構有名人なつもりだけど」
「ああ、ユングって呼ばれてるでしょ?
なんか頭いいらしいじゃん?」
「まあな、あ、そうだ、名前当てて良い?」
「名前?ウチの?」
「なんかさ、天上院って感じするようね」
「なにそれ(笑)伊集院みたいってこと?」
「ああ、近いな」
「ちょっと!!」
「嘘だって、あ、分かった、『九条』」
女が突然言葉を失った。
「・・・・何で?」
「・・・・は?」
「いや、一発正解じゃん、一発じゃないけど・・・・」
「マジ、マジで『九条』!?」
「うん・・・・。
クラスだったら『クジ』って呼ばれてるけど」
信じられない。
2発目で正解とか、俺は超能力者か?
でもなんか不思議なことにも思えない。
こいつとは前にあったような気がする。
どこかで。
どこで?
「なんか運命とかかんじちゃいますか?」
「はぁ、感じねーし(笑)。
でも2回目はすごいよ確かに」
クジは驚いたようで、どこか楽しそうだった。
シキがおもむろに口を開いた。
「あ、来る」
「何?屁?」
俺は冗談を飛ばした。
「違うって、部長だよ」
シキは少しムキになって反論した。
確かに、足跡が近付いて来る。
そしてそいつは部屋の前で足を止めた。
そう言えば俺は部長の性別を聞いてない。
男か、女か。
(ガチャ)
よく映画とかで主人公が脱出とかする時に、ドア開けた瞬間光が差し込むシーンがあるけど、目の前の光景はその真逆だった。
ドアが開いた瞬間、闇が流れ込んでくる感じ。
俺は最初入ってきた奴がいったい何者なのか掴みかねた。
クジとは対照的に、黒い髪に白い肌、黑眼の大きい瞳。
一言で形容するなら、日本人形とフランス人形のハイブリット・・・・。
「部長・・・・、なんか久しぶりスね・・・・」
シキは少し緊張した面持ちだ。
「・・・・」
クジは何故か目を合わせようとしない。
むろん俺も、二人のただならぬ様子に何も言えない。
部室が、静まり返った。
そして永遠のような数秒の後、「部長」が口を開いた。
「自殺サイトあるじゃん、ネットとかで。
それでさ、うちの生徒が冗談半分で登録してたらしくてさ、これがその娘の写真なんだけど・・・・」
と言って部長が取り出したのは、一人の女子生徒の手帳のコピーだった。
「白黒なのは顔を分かりやすくするためね。
んで、この顔よく覚えといて」
そして部長はDVDを取り出し、その辺に放置(?)されてたプレステに挿入した。
シキは慣れた手つきでコードを繋ぎ、画面に何かが映し出される。
[疋柄村]
い・・・・がら?なんて読むんだ?。
これはどうやら、ホームビデオで撮っているらしい。
戦争モノとかで現地の戦闘が映し出されてるビデオとかがよくネットで流れてるけど、撮り方がなんかそんな感じだった。
セットを組んで撮影しましたって感じじゃない。
民家の一室に、肢錠で拘束されている少女。
っていうシチュエーションそのものはAVのようにも見えるが、照明や小物は、どっちかって言うと「SAW」のテイストに近い。
「これ、何スか・・・・?」
シキが目を細めながら聞いた。
「そのうち分かる」
部長は短く言った。
画面を少し早送りすると、光の加減で少女の顔がはっきりと映し出された。
「!?」
シキと俺、クジの三人は息を吞んだ。
そこにいる少女は、紛れもなく先程の写真の女子生徒だった。
「え、これってうちの生徒がエロビデオ出てたってことスか?」
シキが口をはさんだ。
「もっとやばいかも」
部長は意味深なことを言った。
(失祖至御丹周縁貪莉何処奴企夫込途倭眺)
声の主は画面に映っていない。
となるとこれは撮影してる奴が言ってんのか。
にしても何語だ?
経文のようにも歌っているようにも聞こえる。
(失祖至御丹周縁貪莉何処奴企夫込途倭眺)
まるで輪唱するかのように声は増えていく。
画面の端から数人の男女が現れる。
そして少女の前を横切る。
それはまるで、カルト集団の行進、あるいはどこぞやの有色人種を敵対視する人々を彷彿させた。
(ひいいいぃ!!)
画面の女子生徒の顔が引きつった。
(すべては思いのままに動く。
俺の命じたとおり)
俺?命じる?
(ぶしっ、ぐしゅううぅっ、ぶしゅぁあっ)
画面に滴が散った。
赤黒いそれは、垂れて線を描いた。
(ぎゃあああぁぁああっ!!)
悲鳴は、少女の物でも撮影者のものでもないらしい。
野太い男の声だ。
経文と悲鳴が響くたび、飛び散った血の滴が画面を打つ。
悲鳴の男はフレームの死角にいるが、その断末魔はどう考えても演技には思えない。
「これって・・・・」
「殺人ビデオ。
本物かどうか分かんないけど・・・・」
部長が俺の言葉を続けた。
(あぁ、あっ、あぁぁあっ!!)
(失祖至御丹、失祖至御丹、失祖至御丹)
(ひいいっ、ひっ)
少女は恐怖に耐えるように固く瞼を閉じている。
人々の経文の音に、湿った音が混じった。
(ばきぃ、ばきっ、ばしゃばしゃばしゃっ)
「ヤバくないっすか、部長ぉ・・・・」
シキは表情を失っている。
部長は口を閉ざしたままだ。
そして悲鳴は途切れた。
死んだ・・・・。
俺は思わずそう思った。
(次はお前だからな。
三日後だ、覚悟してろよ。
まぁそれまで生きてるかどうかは知らんが・・・・)
経を読み上げる声は止み、人々は手に付いた血を少女の体で拭う。
(ピッ・・・・)
部長はテーブルにあったリモコンでテレビの電源を切った。
「この女子生徒・・・・サヤって言うんだけど、この娘は不登校ってことになってる。
でも実際は行方不明。
サヤのパソコンは自殺サイトにアクセスした状態で開いたままで、サヤと彼女の靴が忽然と消えていたらしい。
そこでだ・・・・」
俺とシキ、クジは何も言えず次の言葉を待った。
「サヤを捜しに行く」
「!?」
俺たち三人は耳を疑った。
探しに行く!?そのサヤって娘を・・・・!?
「部長、このビデオ、マジなんスか!?
っていうかその娘がどこ行ったのか分かるんスか!?」
シキは上ずった声で聞き返した。
「自殺サイトで指定されていた集合場所をさっき調べた。
ここからそう遠くない。
自殺サイトとこのビデオ、無関係とは思えないんだ。
・・・・ボクは明日、この場所に行こうと思う」
「部長!?
マジで言ってんの!?」
さっきまで震えていたクジが口を開いた。
「っていうかこういう時警察でしょ、普通!!」
シキも少し語調を荒げた。
「何慌ててるの?
この娘がいなくなったのは十年以上前の事だよ?」
「え?」
二人は虚を突かれたように固まった。
「当時はさぁ、このビデオが学校とか家とか送られて騒然としててさぁ、ニュースにもなったらしいよ。
まぁそん時ボクは小学生でこの学校の存在すら知らなかったわけだけど。
で、その少女は見つからずじまい。
事件は迷宮入りってわけ。
今じゃその自殺サイトも閉鎖されてて、ほとぼりが冷めつつあるって感じ。
最近暇じゃん?だから暇つぶしがてらその謎の自殺スポット、かどうかは分からないけど行ってみようかな、って」
俺たち三人は大きく息を吐いた。
そういうことか・・・・。
安堵とともに、力が抜けた。
「んで、君誰?」
部長は思い出したかのように、俺の方を見て聞いた。
「えっと、俺は―」
「ユングでしょ、模試で校内トップの」
部長はぶつ切りにした言葉でまとめた。
まぁそれでいいけど、それで・・・・。
部長は意図してか無意識のうちにか、人のペースを崩してくる。
「ホントは現地集合の方がボクの家から速いけど、皆場所分からないでしょ?
だから××駅に明日の十三時集合ね。
各自必要だと思うものを持参、ってことで連絡は以上。
これにて解散」
部長は言い終わると部屋を後にした。
まるで嵐の後の静けさだ。
「・・・・部長っていっつもあんな感じなの・・・・?」
俺はシキに意見を求めた。
「ああ、確かにぶっ飛んでるよね。
でももっとすごい時あるよ。
とにかく悪意と悪ふざけとゆとり教育の産物みたいな人だから」
シキはできの悪い息子を弁明するように言った。
「あれは、素・・・・?」
今度はクジに聞いた。
「素。素でヤバい」
クジも同意見のようだ。
とにかく俺たち四人はそこへ行くことになっちまった。
今思えば速攻で引き返すか、予定そのものをキャンセルしときゃよかったと思う。
だけど神様はその類稀なる良心によって、時折最悪のコンボを仕掛けてくる。
そして運命は出会わせる。
手段と目的を、原因と結果を、そして恐怖と更なる恐怖を。
闇の中に、それよりも黒い影が動いた。
何かを咀嚼するような耳障りな音が聞こえる。
そして点滅する赤い光点。
「それ」の内側で、邪悪な知性と稚拙さが蠢いた。
部長に半ば拉致られる形で、俺は駅に来た。
「皆遅いよね、時間にルーズな人って常識疑うよ」
部長のその言葉に、俺は耳を疑った。
まさかこいつが常識を説くとは・・・・。
「あ、いたいた、シキとクジだ」
シキは普段お兄な恰好してんのかと思ってたけど、予想に反してフェミニンな感じだったから意外だった。
クジは予想通り、適度にチャラくて適度に可愛い。
休日なのでメイクをしてるせいか、部室で会った時より三割増しで可愛く見える。
もともと眼がでかいのに加えて、囲み目してるから、すごいぱっちりした感じになってる。
「普段の見てるからそこまで可愛いと逆にサギだな」
「なにそれ、褒めてんの、けなしてんの?(笑)」
クジはまんざらでもない様子で喜んだ。
先に切符を買ってた俺と部長は二人を待ち、××駅行きの電車に乗り込んだ。
部長によれば、十一年前姿を消したその「サヤ」は、疋柄村(ひきえむら)という村へ向かったと考えられているらしい。
当時は警察もこの疋柄村の調査にあたったらしいが、手掛かりは一切掴めなかったらしい。
××駅から数分歩いたところで、俺たち四人は疋柄村に辿りついた。
「なーんか、予想どおりっちゃあ予想通りだけど、殺風景な村だな」
部長は子供のように呟いた。
確かに、俺たちのいた街からはさほど離れていないのに、まるで異次元のようなド田舎だ。
「犬神家」とかに出てきそうだ。
「ってかなんでわざわざここで自殺したがるワケ?」
クジが部長に聞いた。
「んー、自殺したい人は辛気臭い場所に来たがるんじゃない?
明かりに群がる虫みたいに」
部長は分析とも独り言ともつかないような口調で言った。
確かに定番の自殺スポットと言えば、樹海や廃墟とかが何故か真っ先に挙がる。
そしてそう居場所は往々にして、心霊スポットとしても有名である。
「それで、その自殺サイトでしてされてたのはどこなんスか?」
クジはとっとと帰りたいのが見え見えで、展開を早く進めようとしている。
その点に関しては俺とクジも同じだった。
「なんか微妙なんだよね、民家なのか、もっと別な建物なのか・・・・」
部長は唸るように言った。
「?」
部長以外の三人は、その言葉の意味を掴みかねた。
その建物は確かに、部長の言うとおりだった。
構造は普通の一軒家と大して変りないが、表札も家を囲う壁もない。
なんていうか建造物全体が周囲の景観から浮いていて、異物感とも言うべきものを醸し出していた。
「ここはサイトの経営者の家だって言われてる。
当時の調査で、自殺サイトの経営者がここに住んでいたことが分かったらしいんだ。
自殺場所として指定されていたのもここだった。
現在は空き家となっていて、入居者もいないらしい」
部長は一通り説明し終えた。
そいてノブに手をかけた。
(ガチャ)
「いやいやいやいや、何やってるんだよオイ!!」
俺は思わずつっこんだ。
おいおい、不法侵入とかお前・・・・。
「いいじゃん、だれも住んでないんだから・・・・」
と言って、部長がノブに手を再びかけようとした時だった。
「どなたですか」
「うわあぁ!!」
部長の後ろにいた俺たちは思わずのけぞった。
中から出てきたのは一人の中年女性だった。
髪は手入れしていないのかバサバサで、身なりはお世辞にも清潔とはいえない。
顔は憔悴しきったようで、声を出すのもやっとといった様子だ。
「ああ、すいません。
誰も住んでいないって思ってて」
部長も一応の礼儀はわきまえているらしく、弁明を始めた。
「てことで、入っていいですか」
いや、入んのかよ!?
「・・・・息子は今、仕事から帰って寝ているんですが・・・・」
その女性は申し訳なさそうに言った。
「そうですか、急に押しかけてすいませんでした」
部長は一礼して引き下がった。
女性は低く頭を下げ、ゆっくりとドアを閉めた。
「・・・・普通に人住んでたね」
部長はしみじみと言った。
多分リサーチ不足だったんだろう。
っていうか今日はもう帰ってゼノ○アスしたいんだけど・・・・。
「もう少しブラブラしない?
どうせ来たんだし」
部長は俺たちの思惑と裏腹に、どうやらもう少しこの村に居座るつもりらしい。
マジ冗談じゃねぇ・・・・。
「ええ~」
シキが露骨に嫌がった。
「帰りた~い」
クジも同調した。
「じゃああと三時間ね、三時間」
部長は子供をなだめるように言った。
いや長ぇってお前、三時間って・・・・。一時間が三つだぞ?
そして俺たちは結局村にいた。
何をするでもなく風景を見ながら歩き回ったり、雑談していた。
「暇じゃね、っていうかここ携帯つながんねーじゃん」
「マジありえねーし。早く帰りたい」
シキとクジはくっちゃべりながら圏外の携帯を色々つついていた。
「なんかさ、高い所の方が電波きやすそうじゃねぇ?」
シキは少年が飛行機のおもちゃで遊ぶように、携帯を頭上で動かした。
「あ、ってか普通に充電切れそうだし」
シキは急に真顔になった。
「見て、ユング」
クジが何かを指さした。
小さな、小学校低学年ぐらいの子供が歩いて来る。
「どうしたの、ボク?」
クジが子供の前にしゃがみこんだ。
「お姉ちゃんたち、あの家に行ったの?」
子供は俺たちを見回していった。
どこか表情が喪失しているその顔は、わけもなく焦燥感を煽った。
「あの家?」
クジは聞き返した。
「おばさんが一人で住んでる家があるでしょ?
行ったんでしょ?」
子供の口調はだんだんと、問い詰めるような感じになってきた。
何なんだ、この子は?
「行っちゃだめだったの?」
クジは怪訝そうな顔をして聞いた。
「だめ。あっち側に引き込まれるよ」
子供は何故か俺の方に視線を定めた。
何だ?あっち側?
「ボクは警告したよ。
どうなっても知らないからね」
子供は悲しそうな顔をした。
「・・・・?」
クジも、俺も、シキも、訳がわからない。
子供はどこかへ歩き出し、やがてその小さな背中は見えなくなった。
「なんだったんだろ、あの子?」
俺は二人に聞いた。
「なんか不気味だよね、クジ」
シキは同意を求めるように言った。
「・・・・部長に似てない、あの子?
雰囲気とかさ・・・・」
クジは意外なことを言った。
確かに、目をそらさずしゃべる所とか、人間離れしてる所とか、どこか部長と共通している。
「もしかして部長の弟だったりして」
シキは茶化すように言った。
「僕に弟はいないよ、妹もね」
いつの間にか部長が立っていた。
「部長ぉ、どこ行ってたんスか?」
シキが聞いた。
「色々とね、村の人に聞いてみたんだよ。
そしたらね、面白いことが分かったよ」
部長は不敵な笑みを浮かべた。
「?」
俺たちは顔を見合わせた
「あの家には誰も住んどらんよ、十一年前からね」
「十一年前?」
「自殺サイトがどうとか騒ぎになったろ?
それからあの一家は村の人間に疎まれるようになってな・・・・。
んでその息子は本当に自殺しちまった」
「自殺・・・・」
「重要参考人とかになるはずだったらしいけどな、その息子、サイトの経営者が死んじまって真相は藪の中さ」
「・・・・」
「あの家には近付かん方が良えぞ。
たまにそのへんのなっとらん奴らが冗談半分で来るけどな、皆引き返す。
分かるか?」
「・・・・分かりません」
「普通じゃないんだよ。
あの家には何かがいる、人じゃない何かが。
村の人間は絶対に近付かん・・・・」
「って、住んでたじゃないスか、人」
シキが口を挟んだ。
「そこが謎なんだよね。
村の人たちは新しい人間があの家に入居したなんて言ってないし」
部長は珍しく、悩むような仕草をした。
「じゃああそこにいるのは何者なんなんだ?」
俺は部長に聞いた。
「・・・・」
部長は口を閉ざしたままだ。
「ちょっとさあ、ヤバいよね、あの家。
女の人もどっか普通じゃなかったし」
「・・・・行こ」
部長は短く言った。
その二文字は空気を震わせ、そして俺は何故か部長を二度見した。
「気になるじゃん。
このまま帰ったら逆に不気味じゃない?」
何が「逆に」か分からないが、とりあえず俺はあの家に行くのはパスだ。
めんどくさい云々より、只ならぬ物を感じるからだ。
「やめた方がいいって、部長ぉ!!」
シキが本気で止めにかかった。
「僕は一人で行くから三人はこの辺で待ってて」
部長は頑なだ。
「・・・・」
俺たち三人は仕方なく付いていくことにした。
辺りはすっかり日が落ち、空の色が失われつつあった。
夕闇が背中を押すように、俺たちは歩を進めた。
例の空き家には一つも明かりは付いていない。
(コンコン、コンコン)
ノックをしても、応答はない。
居留守を使い、息をひそめているのか?
不意に、何かが聞こえた。
(ぁあ、あああっ、あああああああああああっ!!)
「!?」
悲鳴か!?
(バンっ)
部長は勢いよくドアを引き、躊躇うことなくその奥へ進んだ。
俺たちもしばらくしてその後を追った。
「部長!!どうしたんスか!!」
急に部長の足音が聞こえなくなった。
何があったんだ?
「部長、部長!!」
「・・・・シキ」
部長はある部屋の前で表情を失っていた。
その眼はある一点に釘づけになっている。
その部屋は、まるでさっきまで人間がいたような気配が漂っていた。
空気、残り香と言うべきもの。
それが人の姿を形作っているように思えた。
そして本能が察する。
逃げろ。
「おい、帰るぞ、( )!!」
シキは口調を荒げ、部長を本名で呼んだ。
「待って、あれ、パソコン見て・・・・」
部長が指さした先には、電源の入ったパソコンがった。
画面の前に、俺と部長、シキが集まった。
クジはドアの所でうずくまっている。
画面に映し出されていたのは、閉鎖されていたはずの自殺サイトだった。
「これって・・・・」
俺は息を吞んだ。
(ガタっ・・・・)
「?」
何かが落ちる音がした。
だがクジは先程からどこにも動いていない。
タンスの隙間から、視線を感じた。
誰かいるのか、そこに!?
部長はその視線に気づいてる様子はなく、マウスを操作している。
「やっぱりだ、これは十一年前のサイトだ。
でも経営者は死んだんじゃ・・・・!!」
画面に表示されているのは、参加者の名簿だった。
その中には「サヤ」、西嶋彩の名前もあった。
そして幾つもの名前の幾つかには、その左に「×」と表示されているものもあった。
「どういう意味だ・・・・?」
暗闇の中、画面の光が部長の顔を照らした。
(ザザザザザっ)
画面に突然ノイズが走った。
そしてだんだんと、映し出されるものの輪郭がはっきりしてくる。
(引き寄せられた者たちは一同に集い、そして歩き出す)
ナレーション、と言うよりは頭に直接浸透するような響きだった。
だんだん眩暈のようなものを覚える。
(失祖至御丹周縁貪莉何処奴企夫込途倭眺)
画面の中に映る、経文を唱える人々は皆生気がない。
意思のない眼は焦点が定まらず、彷徨うように歩いている。
経文がタンスの中からも聞こえはじめた。
「きゃあああああああ」
クジは頭を抱えて叫んだ。
画面は一瞬制止した。
いや、そう見えただけで、実際は経文を唱える人の動きが止まっただけだ。
そして一人の男の顔が映し出された。
自殺サイトの経営者、「息子」だ。
(やめて、やめて、やめて、やめ)
「息子」は幾つもの手に覆われ、やがて見えなくなった。
(ザ―ッ・・・・)
映像は途切れ、砂嵐の音だけが響いた。
「やめて、やめて、やめて、やめて」
クジがうわ言のように繰り返す。
「おい、クジ、逃げるぞ!!」
シキがクジの手を引いた。
「お前もだよ、 ( )!!」
部長はシキに引きずられるように、立ちあがった。
逃げろ、何かがおかしい、次元が違う、ここにいてはならない。
様々な思考が駆け巡る中、息を切らせて俺は走る。
(はっ、はっ、はっ・・・・)
そして四人の前に、人影が立ちふさがった。
あの女、空き家にいた女だ。
「そう、やっぱり・・・・」
その女は何故か慈悲に満ちた表情だった。
「あなたたちを責めるつもりはないわ。
あの部屋、あの子の意思は人を引き寄せるの。
生きてた時も、そしてこの世を去った後も・・・・。
あの子はずっと考えていたわ、どうしたら人を引き寄せ、思いのままにできるのか。
だけど蓄積された不浄、淀みは最早あの子自身でも手をつけられなくなった。
今あの部屋にいるのは、あの子であり、そしてあの子じゃない・・・・」
そして女は、急に宙へ浮いた。
いや、引き上げられた、と言った方が正しい。
そしてその方を見ると、女の姿は消え、木に括りつけられた縄が垂れ下がっていた。
それはまるで首吊りに使うように、本来の首の高さより数センチ上の所で輪が作られていた。
「・・・・・・・・」
だれも、言うべき言葉が見つからなかった。
村から出た後、俺たちはまだ押し寄せる全ての出来事を消化不良のままにしていた。
目の前で起きたことが、現実とは思えない。
クジはずっと震えていた。
すっかり遅くなっていたこともあり、俺が家まで送った。
そして俺たちは、「研究部」に集まった。
シキとクジは気のせいか、まだ何かに脅えているように見える。
そこへ部長が入ってきた。
「ユング、五円玉もってる?」
部長は唐突に聞いた。
「もってるけど、一枚でいいの?」
「うん」
部長は細い紐をその五円玉に付けると、俺の眼前で揺らし始めた。
「・・・・これは何、部長?」
「どう、死にたくなってきた?」
「・・・・全然・・・・」
部長のやることはいつも分からない。
「あのサイトの経営者はさあ、生前催眠術とかの類に凝っていたらしいよ。
結構本格的でさ、警察が家宅捜査したときもその手の本がいっぱい押収されたらしい。
自殺サイトでも多分その知識は生かされていたと思う。
より多くの人間をサイトに集めるために、ね」
部長はまだ五円を動かしている。
俺はその目障りな五円玉をひったくると聞き返した。
「何のために?」
「道連れが欲しいもんなんだよ、自殺する人間は。
最初はそんな些細な動機だった。
だけどあんな密室で何時間もそんな根詰めてたら誰だっておかしくなるでしょ?
そして淀んだ感情は循環することなく蓄積され、人ならざるものを生み出した。
それは彼自身手が付けられないほど肥大し、彼を死に至らしめた。
っていうのが僕の仮説」
部長は言いながら、俺の左手に握られてる五円玉に手を伸ばす。
「正直信じられないな・・・・」
俺はため息交じりで呟いた。
「だけど感じただろ?『彼』を。
この世界はさ、こんだけ広いんだから多分ルールの通用しない『解放区』みたいのがあってもおかしくないと思うよ。
そもそもこの星に生命が生まれたのだって天文学的な確率だからね。
見えざる何かが不確定要素を後押ししたって考えたほうがよっぽど自然だよ」
部長はどこか遠くを見るような眼だ。
「そんなもんかね・・・・」
俺は五円玉をトスした。
「表」
部長が素早く言った。
キャッチした手をゆっくりどけると、そこには見慣れた双葉の絵があった。
「ほらね」
部長は得意そうに言った。
「・・・・っていうかどっちが表?」
俺は素朴な疑問を投げかけた。
そして予感した。
これからもきっと、俺たちは想像も出来ない物に遭遇するんじゃないか、って。
その話についてはまた後々話すこととする。
(「自殺サイトと四季」編 終わり)
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話