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中編7
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憑かれた男

これは5年前体験した話だ。

夜中に目が覚めた。

覚えていないが、嫌な夢を見たような気がする。

体中汗ばんで喉がカラカラだった。

烏龍茶でも飲むか、そう思い寝室を開けると……

女が立っていた。

暗闇の中、かすかに光る女が背を向け佇んでいる。

白いネグリジェのような格好で長い髪。

両手はだらんと下ろしている。

うっ!またどこかから憑いてきてしまったのか?

俺はソッと戸を閉め、ベッドに戻った。

この時は昔からこの手のモノを見たりするので、正直『またか!』と言う気持ちしかなかった。

何度も見てるとは言え、気持ちが悪い事には変わりない。

明日の帰りお寺に寄ってこよう、そう思いながら再び眠りについた。

いつもの時間に目覚め流石に女はいないだろう、と部屋を勢いよく開けると……

女は同じ場所、同じ格好で立っている。

『これはちょっとマズいんじゃないだろうか!?』

そう思った俺は、そそくさと出勤する準備をして部屋を飛び出した。

会社まで車で15分くらいなので、会社に着くと誰もいないオフィスで電話帳を見てお寺に連絡した。

「朝早くにすみません。私T(俺)と言いますが住職さんですか?実はですね………」

俺が昨夜の事情を説明すると住職は

「う〜ん…念が強そうですね。分かりました、早い方がいいでしょう。仕事が終わったら来て下さい。それからアパートに行きましょう」

そう話をして電話を切る。日中は仕事に追われ忙しかった。

定時になり上司に、親が来てるので早く帰らせて下さい、と断りを入れお寺に向かった。

お寺から住職を乗せアパートに帰った。

部屋の前に立つと住職は

「ん?…あまり感じませんね」と言った。

おそるおそる鍵を開けると、住職は気にせず中に入って行く。

そこに女の姿はなかった。住職はリビング、寝室、浴室と一通り見て回り

「T君、思った程の念は感じられません。一応お経を上げていきますので、後でお札を貼っておいて下さいね」

一時間して住職をお寺に送って行った。

『これで安心して過ごせる!』

少なくともその時はそう思っていた。

しばらくは平穏な日々が続いたある夜、俺は夢を見ていた。

夢の中の俺は自分のベッドで寝ている。

ふと夜中に目が覚め、リビングに続く襖を開けると女が立っていた。

白いネグリジェに長い黒髪の女。

女は俺の方を向き狂ったように笑う。

「ウフフ…アハハハハ……やっと見つけた…絶対…絶対離れないわよ……フフ…アハハハハ」

「…っ…」

夢か…そう思い携帯を開くとまだ2時過ぎだった。

『馬鹿な…あの女はもういないんだ』

そう考え寝ようと横になると、急に体に何かがのしかかったように重くなる。

金縛りだ。

どうすることも出来ず固唾を呑んでいると寝室の襖が開いた。

そしてそいつはスーッと入った来た。

夢の中の…いや前に見た女だ!

俯いたまま手は下に垂らし、顔は長い髪がかかって見えない。

懸命に逃れようと足掻いていると、女は俺に近寄り見下ろした。

そして顔を上げ俺の顔を覗き込み、嘲笑うかのようにクスクスと笑い出した。

若い女、無表情で口元だけが笑っている。

声も出せずただ『消えろ!消えてくれ!』と念じていると女は

「ウフフ…私を祓おうとしたようだけど、そんな事したって無駄よ……だってあなたは私の物…絶対離さないから…アハハハハ」

女は俺の顔を両手で撫でながら言う。

あまりの冷たい感触に、初めて死というものを感じさせられた。

それから記憶がなくなり目覚めると朝だった。

体がダルい。

何とか引きずり鏡を見ると酷い顔をしている。

……俺は携帯を手に取る。

「先日お祓いしてもらったTですが…住職さん?昨夜また女が出たんですけど、どうなっているんですか?お祓い終わったんじゃないですか?」

怒りたい気持ちを押さえ話すと、住職は申し訳なさそうにすぐ行くと電話を切った。

俺は会社に遅刻する旨を連絡し住職を待った。

チャイムが鳴り玄関を開けると住職が立っていたが、住職の様子がおかしい。

難しそうな顔をして中に入ろうとせず言った。

「T君…申し訳ない。私には無理なようだ。アパートの駐車場に入った途端、あまりの禍々しい気に圧倒されてしまった。本当に申し訳ない。ただこのままでは君の命は危ない…」

「そんな!それじゃ俺はどうしたらいいんですか!?ただ死ぬのを待っているだけですか!?」

「私の知り合いの徳の高い住職様を紹介するよ。すぐ連絡するからそちらにお願してもらいたい…すまない」

結局会社を休み、紹介された住職にお願いしたが結果は同じ返事だった。

何の解決にもならなかった。

あれから1ヶ月女はほぼ毎晩のように枕元に立つ。

俺も精神的に追い詰められボロボロだった。

「もしもしTです。課長、すみませんが体調悪くて休ませて下さい」

『何?お前今日は朝から大事な会議がある日だぞ!どうしたんだ!?最近のお前は遅刻したりおかし……』

俺は電話を切った。

もうどうでもいい、そう思いながら眠りに落ちた。

ピンポーン

チャイムの音で目覚める。携帯を見ると17時過ぎだった。

連夜の寝不足で、すっかり寝入ってしまったようだ。

何かの勧誘か?と面倒くさいので無視していると

ピンポーン

ピンポーン

しつこさに負け起き上がり、玄関をあけるとN課長が立っていた。(以下N)

Nさんは俺が勤める会社の支店の課長で、役職は課長だが社内的には支店長代理だ。

年は46才独身で、部下の面倒見がいい上司だ。

俺にとってもよき相談相手だった。

Nさんは俺の顔見るなり

「酷い顔してるな。本当に調子……」

と中へ入りかけて身を引いた。

「T、メシ食いに行くぞ!さっさと出ろ!」

そう言って俺の手を強引に引っ張り外に出た。

近所の喫茶店に入ると、パジャマ姿で顔色の悪い俺をマスターや他の客は一斉に見ていた。

コーヒーとサンドイッチが目の前に置かれる。

「食え!何も食ってないんだろう?」

食欲なんてわかない。

あれ?いつから食ってないんだろう…

そんな様子を黙って見ていたNさんが話し始めた。

「T、お前分かっているのか?その…自分の状況が」

どうやらNさんには霊感があるようで、部屋に入った途端重苦しい嫌な空気を感じたという。

俺はポツリポツリと経緯を話した。

毎晩女が立つ事、住職にも匙(さじ)を投げられた事全て話した。

それを聞いたNさんは

「そうか…辛い思いをしているんだな……力になれるか分からないが俺の知り合いに霊媒師がいるんだ。連絡してやるからちょっと待ってろ!」

そう言ってどこかに電話し始めた。

「…ええ、そうです…はい……はい……分かりました…これから連れて行きます……はい、宜しくお願いします」

Nさんは電話を切ると会社に電話し、直帰する旨を伝えた。

「T、これから会ってくれるそうだ。俺も以前お世話になっていて信頼している人だからお願いしてみよう。…その前にメシ食え!」

一生懸命になってくれるNさんの優しさがとても嬉しかった。

俺は涙を流しながらサンドイッチに手をつけた。

喫茶店を後にして、Nさんの運転で市内外れにある一軒家に案内された。

どこにでもあるようなごく普通の家。

インターホンを鳴らすと年配の男性が出てきた。

年齢は60才中くらいだろうか?小太りで優しそうな目つきをしている。

「お忙しいところ申し訳ない。Oさん、こいつがさっき話したTです。…T、こちらOさんだ」

俺は頭を下げ挨拶した。

Oさんはそんな俺を見て

「…これは驚いた。よく今まで一人で頑張ったね。これからは私も微力ながら力添えするから一緒に頑張ろう!」

そう言って俺の手を温かく包んでくれた。

俺は小さく頷いて「お願いします」と泣き崩れた。

Oさんは奥さんに先立たれ一人暮らしだった。

Nさんは紹介した後「くれぐれもよろしく」と帰って行く。

その後和室に通されOさんは、にわかに信じがたい話を俺にした。

Oさんの話を纏めるとこういう事だ。

女は生霊で私に強く好意を抱いている者だったが、何らかの理由で亡くなってしまった。

志半ばで亡くなってしまった女は、死後も生前の念があまりにも強すぎて念は怨念と化したそうだ。

どうやら可愛さ余って憎さ百倍と言う事らしい。

しかし俺には女の顔は全く見覚えがない。

女の勝手な理屈に腹立たしい思いがした。

「さてT君。私が察するに事態は相当深刻化しているようだ。すぐにでも除霊に取りかかろう。まずは…」

俺は風呂に入らされた。

風呂には日本酒が少量混ぜられていて、これは身を清めるためらしい。

風呂を出た俺は、白い浴衣?みたいなものに着替えさせられて奥座敷に案内された。

中は数本の蝋燭の灯りのみで薄暗かったが、壁には筆で書かれた紙がいっぱい貼ってあり、部屋の四隅には鏡が置かれてあった。

俺は真ん中に座らされた。

Oさんの話によると、女の霊を呼び出し神界?からの波動により消滅させる。

たしかそんなような話をしていたと思う。

儀式が始まりOさんは難しそうな言葉を唱えていた。祝詞と言うのだろうか?延々と並べていた。

どれくらい経った頃か?蝋燭の炎が揺れ出し、頭の中に女の声が響き渡った。

「…ドウシテ?…ワタシヲ……私を裏切るつもりか!……絶対…許さない許さない許さない許さない許さない許さない……ユルサナイユルサナイユル…」

頭が痛い!

消えろ!消えてくれ!

必死に祈った。

Oさんの声にも一段と力がこもる。

首筋に冷たいものが触れた。耳元に吹きかかる吐息。朧気に女の姿が見える。

「アナタハワタシノモノ…ケッシテハナサナイ…ウフフフ…アハハハ!」

───…

「……T君!…T君!大丈夫かい!?」

気を失っていたらしい。

Oさんの呼びかけに目を覚ました。

「終わったよ、怨霊は消滅した。もう大丈夫だ!よく頑張ったね!」

そう話すOさんの優しい笑顔を見て、ホッとした俺は止め処なく涙が流れた。

何度も何度もOさんにお礼を言った。

それから女は現れなくなった。

夢を見ることもない。

あれから5年、俺はお世話になったNさんが興した会社で忙しい日々を送っている。

ありきたりの日常に感謝しつつ。

怖い話投稿:ホラーテラー 蒼天さん  

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