あれは 茹だるような暑さの夏の事だった。
中学に上がってから初めての夏休み。
しかし休みだからと言って、遊びまくる事は出来ない。
午前中は全て、部活の練習が入っていたからだ。
その日も いつものように 自転車で学校へと向かう。
朝っぱらから、照り付ける陽射しは痛いくらいに暑い。
「おーい!待ってよー!一緒に行こうよ!」
後ろから呼びとめられ、俺は足を止めた。
振り向くとそれは、同じ部活の同級生で クラスは違うが仲良くしているSだった。
「おう、おはよ!今日は一人か?」
「うん。先に行っててって言われた。」
Sは小学校から仲良しのKと学校へ通っていて、部活も同じだったから 二人はいつも一緒だった。
「珍しいな。Kの奴、寝坊でもしたかな?」
「アハハ、たぶんね〜。」
そんな事を話ながら、俺達は学校へと向かった。
学校に着くと 既に何人か集まっていて、おしゃべりしたり ストレッチしたりと、好きな事をしていた。
よく見るとその中に、ぼんやりと座り込むKの姿があった。
「あれ!? おい、S!あれKじゃない?」
「あ、ホントだ!」俺達はKのもとへ走り寄ると、いつの間に来たんだ?と聞いた。
「あぁ、家の人に車で送ってもらったんだ……。」
とKは言ったが、なんだか様子が違うなと 俺達は感じていた。
いつも必要以上に明るいKが、沈んでいるというか…なんだか怯えているようにも見えた。
「どうしたんだ?何かあった?」
「元気ないじゃん。具合でも悪いのか?」
と聞いてはみたが、Kは力無く首を振るばかりだった。
そうこうしてるうちに、顧問の先生がやってきたので 俺達は整列をし、先生から今日の練習メニューなどを聞いていた。
それが終わると俺達一年は、部活で使う道具を 体育館倉庫から持って来なくてはいけない。
めんどくさいけど、仕方ないか〜なんて話ながら歩いていると、Kが一人でポツンと立ち尽くしている事に気がついた。
「おい、S。Kの奴何やってんだ?」
「え?あいつ?……ホントだ、何してんだろ。」
当然、Kも一緒に歩いているものだと思っていた俺達は、立ち止まったままのKを呼んでみたが 反応がない。
「ちょっと待ってて?」
Sは俺にそう言い、Kのもとへ走って行き 何やら話しているようだったが、すぐに俺のとこへ戻ってきた。
「なんかよくわかんないけど、体育館に入りたくないんだって。
あと、部活終わった後話したい事があるから、すぐに帰らないでだってさ。」
「なんだ、それ?」
「さぁ……。とにかく、帰りに話を聞いてみようぜ?」
「わかった」と俺は頷いたが、おかげで部活中ずっとKの事が気になって仕方なかった。
部活が終わり、後片付けで残っていた俺達は 使っていた道具を持って、体育館へと入って行った。
Kも一緒だ。
なにせ一年は、俺達を含めて全員で五人しかいないのだから、一人でも減ると片付けが大変なのだ。
そろそろ片付けも終わるという頃、Kが鍵を持って俺達の所へやってきた。
「あれ?鍵閉め当番、昨日もKじゃなかったっけ?」
Sが不思議そうに言うと、Kは
「いいんだ。話したい事ってこれの事だから…。
鍵閉め当番を代わってもらったんだ。」
と言った。
なんの事かとSと顔を見合わせると、とにかく誰もいなくなるまで待って、と言われ しばらく転がっていたボールで遊んでいた。
誰もいなくなると、Kが鍵を目の前に差し出してきた。
「これさぁ、大きい鍵は体育館のじゃん。
で、隣の小さい鍵が倉庫のだろ?」
「うん。それが?」
「じゃあ、このもう一つの鍵は どこのだと思う?」
そう言われてみれば……。
使う事のない三つめの鍵を 不思議に思った事もあったが、たいして気にしてもいなかった。
なにせ顧問の先生でさえ、この鍵の用途を知らなかったのだ。
古く錆びたその鍵は、ただおまけでついているというだけだった。
「俺さ……昨日、鍵閉め当番だったじゃん。
見つけちゃったんだよね、この鍵で開く場所……。」
「嘘っ!マジで?どこどこ!」
Sは興奮してたが、俺はなんだか嫌な予感がしていた。
「体育館の舞台裏ってさ、人が通れるようになってるだろ?
そこに地下にいける扉みたいのがあるの、知ってるか?」
「いや、全然。そこの鍵なのか?」
「違う。その地下に行く為の扉もさ、普段は段ボールとか乗っかっててわかりずらいんだけど。
そこを開けると、下に続く階段があるんだよ。
少し進むと小さなドアがあって、そこの鍵だった。」
好奇心旺盛なKだとはいえ、よく一人でそんなとこへ行ったな〜と、俺達は感心した。
「開けてみたのか?」
「うん……。だけど、すぐに閉めた。」
「なんで?中見なかったの?」
Sの質問に戸惑っている様子だったが、少ししてKが口を開いた。
「なんかさぁ、笑われるかもしれないけど……人が住んでるっていうか、誰か来るような気がしたんだよね……。」
「……誰かって、誰だよ?」
「わかんないよ!慌てて帰って来ちゃったんだから!」
「それで今日、体育館に入りたくなかったのか。」
「まぁ、そういう事。 でも皆入っても平気そうだったし、俺の考え過ぎだったのかもな。」
「ハハ…そ、そうだよ。Kの考え過ぎだよ。」
少し怖かったのか、Sの声が上擦っていた。
「でさ、二人に頼みたい事があるんだよね。」
「頼みたい事?…って、まさか お前…。」
「うん、もう一度 あの場所に行きたいんだけど、怖くて一人じゃ行けないんだよ。
だからついて来て!一生のお願い!」
ええーーー!?と、俺とSは 同時に叫んだ。
「な、なんでもう一度行く必要があるんだよ!?」
「そうだよ、なんの為に行くんだ?」
「俺さ、慌てて帰っちゃったから、あそこの鍵を閉め忘れちゃったんだよ。
それが気になって気になって、仕方ないわけ。
な?頼むから、ついて来てくれよ〜!」
顔の前で手を合わせ、必死に頼むKの事を見捨てる訳にもいかず、嫌々ながら俺達も Kについて行くことになった。
嫌な予感は ますます大きくなっていく……。
こういう時の勘は外れればいいのに、大体当たってしまうのが憎らしいとこである。
Kを先頭に、S、俺の順で舞台裏へと入って行く。
舞台裏に初めて入った俺とSは、物珍しくまわりをキョロキョロと見回していた。
「こっちだ!早く来いよ!」
見るとKが、床下収納のような扉を持ち上げていた。
「お前、よくこんな所を見つけたなぁ。」
扉のまわりには段ボールが山積みになっていた。
全てKがどかしたのだろう。
「扉の角が少しだけ見えててさ、なんだろうって前から気になってたんだ。
段ボールをどかして この扉を見つけた時、やっぱりねって思ったんだよ。」
まるで その存在事隠そうとしてるみたいに、段ボールは扉の上に 執拗に乗っけられていたという。
舞台裏は電気がついてるから明るいが、扉の中は真っ暗で、階段がどこまで続いているのかさえ見えなかった。
かび臭い、湿った匂いに思わず顔をしかめる。
それ以外にも、なんだか気分が悪くなるような匂いが、辺りに充満しはじめた。
「K〜、マジでここに入るの?俺、ここで待ってちゃ駄目か?」
Sが泣き言を言い始める。
「ここまで来たんだもん、中までついて来てくれよ。
帰りに何かおごるからさ〜。」
Kにそう言われ、Sも渋々後について歩き始めた。
Sだけじゃない。
俺もこの中に入るのは、凄く嫌だった。
なんていうか、その中だけ空気が違うのだ。
ヒンヤリを通り越して 寒いくらいだ。
それに空気が重い……。
行ってはいけない場所だと思った。
今なら、自分の身に危険がありそうな場所なんて断固拒否するが、あの頃の俺には そんな事は言えなかった。
弱みを見せるというのを、極端に嫌う年頃だったんだと思う。
階段は十段くらいしかなかった。
中は暗かったが、少しずつ進むうちに目が慣れてきたようだ。
五、六歩歩いたとこの壁側に、その扉はあった。
「あった!これだよ、これ!
なんでこんな場所に 扉があるのか不思議だよな。」
確かに、必要性があるとは思えない。
それなのに鍵までついているなんて……。
「なぁ、中ちょっと覗いてみようぜ。」
いつもは人一倍ビビリなSが、何故か目を輝かせてそう言ってきた事に、俺とKは驚いた。
「いや、早く鍵閉めて帰ろうぜ?」
「そうだよ、見ても何にもなかったし。」
と俺達が言っても、Sは ちょっとだけだよと言ってきかなかった。
仕方ないな、と言うように軽く首を振ってから、Kが扉を少しずつ開け始めた。
扉と言っても、40㎝四方くらいの小さなものだ。
しかし厚さが普通じゃなく、10㎝以上はあったと思う。
キギギ…と錆び付いた音をさせながら、扉は全開になった。
「本当だ〜。暗くて中は見えないな。」
拍子抜けしたような Sの声が聞こえてくる。
しかし その時の俺は、頭がガンガンと痛くなってきていて、早くここから出なくちゃマズイとしか思えなくなっていた。
「なあ!見たんなら、もういいだろ?
早く行こうぜ!」
頭を押さえながら言う俺に、SとKも何か感じたらしく、無言で頷いた。
Kが扉に手をかけ閉めようとしたその時、暗闇の向こうから 何か音がする事に気がついた。
ペタペタ……ペタペタ……と、何かが這っているような音。
段々とこちらに近づいてきている?
俺達はお互いの顔を見合わせたまま、動く事ができなかった。
その間にも、ペタペタという音は 次第に大きくなってきている。
ペタペタ……ペタペタ……ペタペタペタペタペタペタ……!
突然早くなった音を聞いた俺は、
「早く、早く閉めろー!」
と 叫んでいた。
「わ、うわぁーーー!!」
悲鳴をあげながら、Kが扉を閉めようとする。
が、重い上に錆び付いているから なかなか閉まらない!
それを見たSと俺も、扉に手をかけ 力一杯に押した。
早く!早く!早く!!
扉が閉まる瞬間、ゾロリと長い髪がはみ出た。
「なんで!?これ以上閉まらない!」
見ると、扉はあと少しというところで完全には閉まっていない。
「ギャアアア!!」
Sが叫び、尻餅をついた。
「S!馬鹿、お前手を離すなよ!」
「だって…だって!手が、手がぁ!」
扉からはみ出しているもの……それは髪の毛だけではなかった。
閉めさせまいとするように、手が扉をしっかりと掴んでいる。
茶色く干からびたそれは、到底生きた人間のものとは思えなかった。
俺とKの二人がかりで押さえているというのに、少しずつ隙間は広がっていく。
「早く立てよ!そんでこのドアを蹴飛ばせ、S!」
Kに怒鳴られようやく立ち上がったSは、少し助走をつけてから扉に飛び蹴りをした。
バターーーン!!
飛び蹴りのおかげで、扉は勢いよく音をたてて閉まった。
「今のうちだ!早く!」
Kが素早く、扉の鍵を閉める。
すると、扉からはみ出ていた長い髪が、シュルシュルと中へ入って行った。
床には、指だったような物が四本 落ちていた。
「に、逃げるぞ!」
振り返り 走り出そうとした瞬間、明かりが差し込んでいる出口の扉が ゆっくりと閉まっていった。
「え?あ……、ちょっと待て!」
「わあぁあ!!閉めないで!」
慌てて走って行ったが、寸前のところで 扉は完全にしまってしまった。
途端に 辺りは真っ暗闇となった。
一筋の光さえ入らない、完全な闇だった。
一瞬呆然とした俺達だったが、すぐに自分達の置かれた状況に気づき、出してくれ!開けてくれ!と喚き立てた。
5分くらい経ってから(もっと長く感じたが)、扉が少しずつ開きはじめた。
「お前達……こんな所で何してるんだ?早く帰りなさい!」
そう怒鳴ったのは、部活の顧問の先生だった。
驚いた俺達は、顔を見合わせ 無言で階段を登り、外へ出た。
「こんな場所で遊んじゃ駄目じゃないか。
さっさと帰りなさい。」
三人とも何も話さず、舞台裏の出口まで歩いて行ったが、Kが先生の方を振り向き こう言った。
「先生……なんで扉を閉めたんですか?」
そう、確かに扉を閉めたのは、この先生だった。
「………知らないな。」
無表情で話すこの人を、さっき見た得体のしれないモノよりも怖いと感じた。
知らないわけ、ないじゃないか!
扉が閉まる瞬間、俺達三人とも 先生の顔を見ていたんだ。
ニヤニヤと笑っていたあの顔は、絶対に忘れない。
結局、あの中にいたモノが何なのか、知る事もなく 俺達は部活を辞めた。
しかし噂はあっという間に学校中に広まり、あの場所は 二度と入れぬよう、コンクリートで固められた。
部活を辞めてからは、KとSとも 段々と疎遠になってしまったが、今でも あの時の事を忘れてはいない。
来年、古くなった体育館を取り壊すという話を知り合いから聞いた。
あの場所の真相も、もしかしたら 解るかもしれない。
そう思ったが、あいつらに連絡をするのはやめた。
俺は、良い意味でも悪い意味でも、大人になってしまったようだ。
自ら危険に飛び込むわけにはいかない。
どんなに、真実を知りたいと思っても…………。
あなただったら、どうしますか?
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作者怖話