目を覚ますと手と足に鋭い痛みが走り、ガチャリと音を立てた。
あまりの痛みに気が遠くなる。
見ると、両腕と両足に掌大の南京錠が付いていた。
腕と足に直接、穴を空けツルを通し閉じてある。
まるで、ごついピアスのように。
穴からは血がゆっくりと出ているのが解る。
少し動くだけで信じられない程の激痛が走った。
痛みで動けず諦め力を抜いた。
痛みのせいで気付かなかったが、天井に何か書いてある事に気付いた。
俺が動けない事を想定して天井に書いてくれていた。
声を出すな。
それだけ書いてあった。
混乱している俺にも伝わるようにと簡潔に書いたんだろうけど、何故? と思うだけだった。
少しだけ考える余裕が出来た。
痛みのせいで手足を動かす気にはならない。
代わりに首を動かし周りを見た。
妙な部屋だった。
五畳くらいの広さの物置の中のように感じる。
前と左右の壁にドアが見える。
見えないが後ろにもドアがあると思った。
前のドアが、ガチャリと鳴った。
それを合図に左右と後ろのドアも音がした。
鍵が掛かっているらしくドアは開かない。
何かを確認するように何度かノブを回した後に音が止んだ。
そして、黒い人型の物がドアを開けずにゆっくりと、まるで染み込んでいくようにすり抜け、近付いてきた。
それを見て違和感を感じた。
四つ?
この全てが、ふぎか様……?
ふぎか様が俺の左右と足の方に屈み込み喋り始めた。
「じよつぴんじよつぴんじよつぴんじよつぴん」
痛みより恐怖で動けなかった。
悲鳴が出そうになるのを必死に耐えた。
何の前触れもなく、ふぎか様が両手足の南京錠を目の高さまで持ち上げた。
足の方にいる奴は両足を。左右の奴は腕を片方ずつ。あまりの激痛に、逆に声が出なかった。
気絶しそうな痛みの中でこれが、こいつ等のやり方だと思った。
痛めつけ声を出させる。
天井に書いてある事を信じ、耐えると誓った。
ふぎか様はずっと同じ事を口にしている。
急に声が大きくなった。
それと同時に頭の後ろに気配を感じた。
気配が近付くにつれて声が大きくなっていく。
首を限界まで反らし見た。少ししか視界に入らないが、夢に出て来た老婆だと直感した。
助けに来てくれたと思った。
痛みと恐怖の中で微かな希望が湧いた。
早く、早く助けてくれ。
ゆっくりと老婆が俺の顔を覗き込んだ。
その顔は優しく微笑んでいるように見える。
助けてと叫びたかったが必死に堪えた。
老婆が顔を耳元まで近付け低く囁く。
「じよつぴんかるてないな」
ふぎか様が滅茶苦茶に騒いでる中で、なぜか老婆の声ははっきりと聞こえた。
だが、相変わらず意味は解らない。
ふぎか様の叫び声と老婆の囁き、それに四肢の激痛に耐え続けていると焦げているような匂いがした。
。
それに暑くなってきている。
ここが燃えているのが解った。
逃げたい気持ちはあるが体が動かない。
それに、ふぎか様が南京錠を持って離さない。
死にたくない。
早く助けてくれと老婆に目で訴えた。
老婆は眉間に皺を寄せ顔をしかめていた。
さっきまでは、はっきりと聞こえていた老婆の声が乱れている。
もう半分も聞き取れない。
そして俺から顔を離し、ふぎか様を睨み付けゆっくりと消えて行った。
その顔は怒りで歪み歯を剥き出し、般若のようだった。
老婆が消えると同時にふぎか様が一斉に南京錠を離した。
ガチャリと床に落ちた時、四肢が千切れたと感じる程の痛みと衝撃が駆け巡った。
体が耐えられる痛みの限界を越えている。
自分の意志とは関係なしに悲鳴が口を割った。
痛みが治まらず叫び続けた。
ドンと音がして前の壁が崩れた。
何人かがずぶ濡れで入って来るのが見える。
誰かが俺を抱え起こし何かを言っている。
薄れる意識の中で、それが親父だと解った。
安堵から緊張の糸が切れ、意識を失った……
目を覚ますと実家の自分の部屋だった。
どこか現実感が薄い。
起き上がろうとして四肢に鈍い痛みが走った。
はっきりとしない頭で天井を眺めていると、母親が入ってきて俺が目を覚ました事を知り、他の人に告げに行った。
両親と神主の格好をした人が入って来た。
親父が涙を流しながら言った。
「生きてて良かったなぁ。もう大丈夫だからな」
母親も泣いている。
それを見て、久しぶりに親の前で泣いた。
子供のように、わんわん泣いた。
ひとしきり泣いた後に神主が、ふぎか様について教えてくれた。
ふぎか様から逃れる為には、自分が大事な者だと示すしかない。
四方のドアに鍵をかけ、自分はこれだけ大事だと解らせる必要があった。
声を出すなというのは、ふぎか様はどんな言葉でも肯定と理解してしまう為。
体にかけた南京錠は、ふぎか様は腕か足を持って連れて行く。
問題はどれを持ってかは解らない為、全部に南京錠をかけた。
火を付けたのは、ふぎか様は火を嫌う。
ある火の神様と何か因縁があるらしかった。
ふぎか様が言っていた、じよつぴん。
訛りが酷くそう聞こえていたが正確には、じょっぴん。
鍵という意味。
かなり古い言い方らしく、最近は殆ど使われる事はない。
全てを合わせたのが、あの時の状況だった。
閉め切った場所で、体に直に鍵をかける。
ふぎか様に贄ではないと示し、火で追い返す。
全て自分の為にしてくれたと思い、感謝の気持ちでいっぱいになり、また泣いた。
最後に気になっていた事を聞いてみると、親も神主も首を傾げた。
俺が気になった事とは、ふぎか様は何人もいるという事。
神主の言った言葉に、自分が間違っていた事が解りゾッとした。
ふぎか様は、人間の老婆のような姿をしている……
自分が必死に助けを求めていた相手こそが、ふぎか様だった。
老婆の最後に見せた般若のような顔が頭を過り、納得するしかなかった。
では、あの黒い人型は……?
神主が言うには、そっちの方こそ俺を助けようとしてくれた者。
ただ、何かは解らない。
見た事も聞いた事もないと言った。
よく考えれば、黒い人型はじょっぴんとしか言ってない。
ふぎか様は他に何かを言っていた。
思い出しながら神主に聞いた。
じよつぴんかるな=鍵をかけるな。
ひいとなんな=一人になれ。
記憶を辿る。
最初に夢でふぎか様を見た。
次に、黒い人型。
順番からして、黒い人型の方が警告をしてくれていた。
ふぎか様に、狙われていると。
神主は最後に、ふぎか様に狙われて助かったのは初めてだと言い帰って行った。
神主の言葉に改めて恐怖が湧いた。
緊張と抜け切っていない疲れに、眠気が襲ってくる。助けてくれた全ての人に感謝した。
微睡む中で、なぜか墓参りに行こうと考え瞼を閉じた。
了
怖い話投稿:ホラーテラー 月凪さん
作者怖話