梅雨入り間近の6月初め…
辺りには小雨が降り注いでいた。
Kと俺は、ライト片手に2人並び歩き出す。
「なんか、雨が降ってると更に恐いな…」
「はぁ?雨だろうが、雪だろうが、関係ないだろ?」
石畳の上。俯き加減で呟くKに、俺はそう返した。
ここは、俺達の地元では有名なとある心霊スポット。海岸沿いの小路の小さな吊り橋を渡った先にある小さな小島の真ん中。海神『シンジョ』を奉っている祠だ。
シンジョ…とは、この地方の海に昔から棲むと言われている巨大な竜のような生き物。
梅雨時になると、その巨大な姿を海上に現すらしい。
馬鹿馬鹿しい話だが、この時期この小さな港町の人間達はこのシンジョを執拗に恐れる。そして、総ての住民が夜の7時以降の外出を一切禁止される。
まぁ、俺達はそれを破ってここに来たわけだが…
「シンジョ…か。へへっ、もし俺らが見つけて写真撮ったら、超儲けられるぜ。」
「儲けるって?何をどーやってだよ?」
満面の笑みを浮かべて、遇えるかも分からない未知なるモノとの遭遇とその後の金儲けに期待を膨らませる俺に、Kは冷静口調で疑問をぶつけてくる。
Kは、気弱なくせに言うことだけはスッパリ言ってのける。
「それで?何時になったらシンジョは出てくるんだ?」
「それを知ってたら時間決めて来てるに決まってんだろ。分からないから、今日は一晩中ここで張り込むぞ。」
「…じゃ、まさか、さっきからお前が背負ってるその袋は…」
「食糧!そして…
楽しいトランプゲーム!」
「今時トランプ……ダメだ、コイツは。」
「何が駄目なんだよ!?
ほら、いいからシンジョが出てくるまでの間、トランプでもやってようぜ。」
「……あのな、この暗さで、しかもライトの明かりだけでトランプするなんて悲しすぎるだろ?」
「七並べにしようぜ!」
「…聞いてねーし。」
そして…2人のトランプゲームが開始された。
「よく見えねぇし、雨でトランプふやけてんじゃん!!」
Kが突然キレた。
「何だよ、んな怒んなよ。わかったよ、トランプは止めよう…」
辺りが急に静かになった気がした。
いや、Kがキレた後から明らかに空気が変わっていたんだ、間違いない。
雨が止んだ。空を覆っていた雨雲が物凄い早さで動き出し、瞬く間に月が顔を出し、暗かった海上を煌々と照らし出した。
「な、なんなんだよ?
これ…」
Kは、ひどくビクついていたが、俺はきっとこれはシンジョが現れる前触れに違いない、とさらに期待を膨らませた。
………やがて。
沖合、数十メートルの辺りに動物の頭部の様な影が現れた。
影がこちらに徐々に近付き出した。
月明かりに照らし出され、影の全景が見え初める…
それは、首長竜のような生き物だと、俺は即座に認識した。
「見ろ、K!シンジョだ、シンジョが出たぞ!!」
「マジかよ…」
「早く、早く写メ撮ろうぜ!」
そう言って俺はシンジョに携帯のカメラを向けた。
そして、俺がシャッターボタンを押そうとした瞬間、Kが俺の携帯を叩き落とした。
「おい!何だよ!?お前、何さっきから一人でキレてんだよ!?」
「………バカ。お前、あれ、よく見てみろ。」
「はぁ?」
俺は、Kに言われるがまま、もう一度シンジョを凝視した。
どうやら、シンジョはこの祠がある小島を目指しているようだ。
俺達との距離はさっきよりも縮まっている。
そして、改めて凝視して気付いた。
俺は言葉を失い、そのまま祠の辺りに敷き詰められた石畳の上に力無くへたりこんだ。シンジョの本当の姿を目の当たりにして腰が抜けたんだ。
シンジョは竜なんかじゃない。
……1人の人間なんだ。
首から下が異様に長い、1人の女。
背丈は海上に出ている部分だけでも5メートルはあるだろうか?
「おい!なにしてんだ!?
逃げるぞ、早く!!」
Kはそう言って、俺を力強く引っ張った。
俺達は、必死になってもと来た道を引き返す。
吊り橋を越えて、そこに止めておいた自転車に飛び乗ると、無我夢中でペダルをこいだ。
ヒュオオオ………
「な、何だ!?」
「きっとあいつだ!
いいな、K、絶対に振り向くなよ!」
暗闇に包まれた街中をひたすらに逃げ回った。
相変わらず、シンジョはすぐ後ろにいるらしく、不気味な鳴き声が聴こえる。
Kの自転車をこぐスピードが落ちてきた。
「K、頑張れ!!シンジョに追い付かれるぞ!」
「…………っつくそ!!」
Kがそう言ってペダルを強くこいだとき、あろうことかKの自転車のチェーンが切れた…
ガシャンッ…と音を立てて転倒したK。
俺は、自転車を降りてKに駆け寄った。
Kの膝は転倒の時の怪我で大きく抉れ、血が溢れ出ていた。
ヒュオオオ…ヒュオオオ…
シンジョは、もう俺の目の前、Kの真後ろにいた…
まるで、達磨落としの達磨の様に分割された胴体がいくつも重なり、顔ははるか上にあって、足元まで長い白髪が垂れ、下半身は白いジーンズにヒール。
よくみれば、胴体も1つ1つ、着ている服が違う。
男物から女物まで種類は豊富だ。
シンジョは、この近辺の海で死んだ人間達の集合体なのだろうか?
俺がそんな事を考えてる内に、その腕がKに迫った。
「!?立て、K!!逃げるぞ!」
俺達は自転車を捨てて走った。
後ろからは、シンジョが物凄い勢いで追いかけてくる。長い胴体を倒し、まるで尺取り虫のような格好で追ってくる。
「やばい、もう追い付かれる…」
俺は、ここで死ぬんだ、と覚悟した。
気が付くと、そこは自分の家のベッドだった。
両親が心配そうに、だがどこか怒りのこもった表情で俺を覗き込んでいた。
「心配かけて。このバカが、自分が何をしたのか分かってるのか!?」
いきなり、親父に殴られた。…まぁ、そりゃそうか。
「ごめん。それより、Kは?Kは無事だったの!?」
Kの事が不意に気にかかった俺は両親に聞いた。
両親は怪訝な面持ちで言った…
「K?Kって誰だ?」
「何言ってんだよ、家によく遊びに来てたあいつだよ。」
「さぁ、記憶にないなぁ。母さんは?」
「さぁ、私も知らないわ。きっと悪い夢でも見たのよ。あなたは一人で倒れているところを見つけられて家に運ばれてきたのよ。」
「……………な、バカな。嘘だ、Kは?Kはどうなったんだよ!?」
「もう夢の事は忘れろ。
それから、朝食の用意が出来てるぞ、早く食え。」
「おかしいだろ!こんな状況で何が朝食だよ!?一体どうなってんだよ!?」
両親が不気味ににやついた…
気付けば何故か体の感覚がどこかおかしい…
何だ?この違和感…
「……………K、K!?
あ、あなた!Kが、Kが気がついたわ!」
「う。うう…」
「K!?よかった、よかった!よく無事に帰ってきた。」
(何だ?なんで、こんな病院のベッドなんかに?)
「……!?そうだ、と、父さん、母さん、Yは!?あいつはどうなったんだ!?」
Kの両親は顔に涙を浮かべて言った…
「Y君は…ね、今朝方、海岸で水死体で見つかったの…。」
「え!?」
「鮫か何かに噛まれたんだと…、酷い死に方だったらしい。」
後日知ったが、Yの死体は体の胴体部分だけが綺麗に無くなった状態で海岸に打ち上げられていたと言う…
怖い話投稿:ホラーテラー ジョーイ・トリビアーニさん
作者怖話