生まれて初めての殺意。
妻の傲慢さに、我慢の限界を越えた。
殺意に身を任せた。
包丁には赤い液体が滴っている。
頭が冷えていく。
とんでもない事をしてしまった。
捕まりたくない。
刑務所なんて、真っ平だ。
必死に考え、証拠を隠滅する事にした。
前に読んだ小説から得た知識。
まず、顔が解らないように叩き潰す。
特に口は念入りに。
歯形から身元が割れる確率が高い。
次に指紋を焼き潰し、両手足の指を切断する。
妻の体を作業のように、何も感じずに破壊する俺は、壊れているのかもしれない。
指を袋に詰めた。
妻を毛布にくるみトランクに押し込んだ。
人目に付かない山まで埋めに行く。
何も感じずに車を走らせた。
車を止め、トランクを開ける。
死体を担ぎ上げる。
妻の重さに、少し寂しさを感じた。
死体を埋める場所を探す。辺りを見回し、良さげな場所を見つけた。
妻を下ろし、穴を掘る。
一掘りごとに悲しみが込み上げてくる。
何故か涙と、妻と過ごした日々が溢れてきた。
泣きながら穴を掘った。
半分まで掘った時、人差し指に痛みが走り、手を止めた。
何故か掘る度に、痛みが増していく。
掘るのが辛い。
腕時計を見る。
急がなければならない。
帰りの事、それに仕事を休めば疑われる。
普段と違う行動を取る訳にはいかない。
痛みに耐え、穴を掘り終えた。
毛布にくるまれた妻を穴に入れ土を被せる。
指が痛む。
それに、何かを忘れている気がする。
時間がない。
焦りが増し、頭が働かない。
仕方なく穴に枯れ葉や枝を置き、その場を後にした。
帰りの車の中、妻の顔がちらつく気がする。
それに指先が痛む。
どちらも気のせいだと、自分に言い聞かせた。
家に着き、自分の間抜けさに唖然とした。
指の入った袋を忘れていた。
あの時に感じた事はこれだった。
埋めに行きたいが、今からでは無理だ。
それに、死体とは別の場所に埋めなければならない。時間を確認しようとして、また唖然とした。
無い……
腕時計が。
何処で無くした?
答えが出ないまま、仕事に向かうしかなかった。
仕事中は絶えず落ち着かない。
時計の事、家に置いてきた指が気になる。
なにより気になるのは、妻の気配を感じる事だ。
妻の顔が視界にちらつく度に、指先が傷んだ。
焦りと痛みで仕事どころではなかった。
なんとか仕事が終わった。飛んで帰る。
家に着き、異常がないか確かめ、溜め息を吐いた。
指を捨てに行かなければならない。
時計も探さなければならない。
指の入った袋を見ながら、深夜になるのを待った。
焦りから、いつもより時間が長く感じた。
深夜になり、袋を持ち山に向かう。
妻の気配を強く感じる。
気のせいだと言い聞かせ、アクセルを踏んだ。
妻を埋めた場所に着いた。埋めた時と何も変わっていなかった。
まず、時計を捜したが見つからない。
一緒に埋めてしまったのかもしれない。
覚悟を決め、スコップを差し込んだ。
妻を埋めた深さまで掘った。
額の汗を拭い、スコップに力を込め、土を掬う。
何か白い物が顔を出した。
目を疑った。
おかしい。
何故だ?
どうして妻が着ていた服が見える?
毛布にくるんだ筈なのに。確かめる為に、さらに掘る。
何か固い物に当たり、手を止めた。
確認をする。
妻の左腕だった。
見た瞬間に息が止まり、恐怖に体が震えた。
ありえない。
どうしてだ?
妻の左腕には、俺の腕時計が嵌まっていた。
落ち着け、冷静になれ。
自分に言い聞かせる。
どうすべきか考える。
もそり……
妻が動いた。
頭が真っ白になった。
持ってきた物を引っ掴み、叫び声を上げながら車に走った。
怖い。
ただ怖い。
これ以上、此処に居るのは自分には無理だ。
震える手でエンジンをかけ車を出した。
距離が離れて行くにつれ、頭が冷えていく。
死体が動く筈がない。
あれは罪悪感からくる幻覚だ。
土が崩れ動いたように見えただけだ。
穴をそのままにしてきた自分に腹が立つ。
それに、また指の処分が出来なかった。
自分の迂闊さを呪いながら家に辿り着いた。
指の入った袋をテーブルに放り投げた。
力が抜ける。
ストレスと極度の緊張が意識を途切れさせた。
痛みで目が覚める。
人差し指に激痛が走る。
霞む視界で手を見た。
短い悲鳴が口を割った。
グチャグチャの顔、口と思われる穴が指を噛んでいる。
だが、歯の感触ではない。万力で締め付けられているような激痛。
俺が潰した顔。
雰囲気と衣服、決定的なのは左腕の時計。
妻だと理解した。
反射的に手を振り払う。
離れない。
叫びながら蹴りを入れる。さらに痛みが増し、転げ回った。
痛い痛い痛い。
滅茶苦茶に手を振り回した。
何かを磨り潰すような鈍い音と同時に、悲鳴を上げた。
妻が指を吐き捨てた。
人差し指を食い千切られた。
激痛に意識が飛びかける。そして、新しい痛みに意識を引き寄せられた。
指が無く掌だけの手で、器用に俺の手を抑え、中指を噛み始めていた。
痛すぎる。
じわじわと、磨り潰される激痛。
耐えられる痛みではなかった。
いっその事、早く噛み切ってくれと願った。
願いは叶わない。
妻の歯を叩き潰した事を後悔した。
鈍い音。
聞くのは二回目。
悲鳴を絞り出した。
もう許してくれ。
泣きながら懇願する。
まったく聞き入れられず、妻は次の指を噛み始めた。
地獄だった。
気絶も許されない。
ゆっくりと、指が磨り潰され無くなっていく。
五本目辺りで、喉が潰れ悲鳴も上げられなくなった。七本目、気が狂わなかったのが不思議だった。
死ぬ程の激痛と恐怖の中で、俺は早く終わってくれと願う事しか出来なかった。
やっと終わりが見えてきた。
最後に残っていた親指が無くなった。
激痛よりも、終わったという解放感の方が強かった。
潰れた喉で必死に声を出し謝った。
俺が悪かった……
満足だろ、もう自首するよ……
蚊の鳴くような声しか出ない。
聞こえたかどうか解らなかった。
妻は俺を見ていなかった。妻の見ている方には、袋があった。
袋を見て、ある事を思い出し、生まれてこなかった方が良かったと思うような、恐怖が頭に浮かんだ。
嫌だ!!
もう許してくれ!!
出せぬ声で必死に叫んだ。
妻が、何かを擦り合わせるような声で呟いた。
まだ……だーめ……
そして、妻はゆっくりと俺の足を持ち上げた…………
終
怖い話投稿:ホラーテラー 月凪さん
作者怖話