●恐怖系ではありません
●長文です
●本当に長文です 任意でお願いします
ご了承のうえ どうぞ。
(元)大学助手です。
前回の投稿におきましてコメント欄に『大学ネタは次回で最後にします』とおきましたが、宣言に従い大学物語は今回が最後の投稿とさせていただきます。
大学に関するツッコミの中に結構的をえていた方が多かったので、この先うっかり重要語句をこぼした時に読む人が読んだらバレそうな気がしてきましたので。
はい。
自分の知る『怖い話』の中で唯一の『全く怖くなかった』お話です。
以前に一度だけ 他科のある学年において「幽霊騒動」が起こった。
職員会議後のある日。
夕方に行われる会議の直後は、すでに仕事の大半を終えた助手の面々には暇な時間となる。
仲のいい助手メンバーで休憩をとることになり、食堂へ移動して雑談会となった。
その時その場にいたのは私のいるA科(4人)を含め、B科(4人)とC科(2人)の助手の面々。
助手同士の時間は日々の大学業務における激務の不満や学生へのフラストレーションを吐き出せる貴重な場。
ダラダラと下らない会話を続けるところに ふいに
B科:「幽霊見たときってどうします?」
といった質問があがった。
話題をふってきたのはB科の唯一の男性助手であるMさん。
元在学生で卒業と同時に助手になった若い男の子である。
ハキハキとして、女性の多い助手の群れの中で積極的に力仕事を引き受けてくれる健気な性格と仕事ぶりはどこか『忠犬』を連想させ、科を越えて皆に可愛がられている存在だった。
そんな彼の質問にB科以外の人間以外はそろって「はい?」の反応。
それなりに学内にはいくつか【出る】と噂される場所があるにはあるものの、実際に【出た】という確たる証言は聞いたことはない。
所詮、幽霊関係の怖い噂は『学校』という施設にはデフォルトのようなもので、噂はあくまで噂に過ぎないもの。
節電対策でホラー映画よろしく非常灯のみ不気味に光る暗い廊下。
教室を施錠して廻ることにビクつくような初々しい心臓は勤務一年を過ぎた助手の面々には既に無い。
むしろ助手が目撃して一番ビビるのは、幽霊よりも教室とラブホテルを取り違えた学生なのである。
当然、「見たこともないし、どうっていってもねぇ・・・」とB科以外の全員が返す。
他科:「そっち、なんか出たとか?」
質問返しに、B科が明かした内容は
【 ここ一ヶ月うちの2年生クラスに幽霊らしきものを見た人間が何人かいる 】
といったもの。
他科:「幽霊ってどんな?」
B科:「いや、学生だけは「女の幽霊を見た」って言ってるんですよ」
他科:「学生『だけ?』」
B科:「学生達の「実際に見たんです」って2~3人に聞くと【女の子(女の人)】って答えるんですけど
(Mさんを見て)
でも、Mだけ目撃証言が違うんです・・・・・・」
他科:「・・・っていいますと?」
B科:「Mは【枝が歩いている】って言ったんですよ」
(不謹慎にも昔ドラ●もんに出てきた、歩く木のキャラクターを連想した)
一瞬にして、貞子を描いたであろう脳内映像が『枝が歩く』というシュールな表現に入れ替わったことで、他科の面々に吹き出したような笑いが起こる。
それを見たMさんがボソリと「こんなんです」と言うと、先程使っていた会議資料の裏に絵を描き出した。
皆が彼の手元に注目してボールペンの線が重なっていく様子を見つめる。
描きあがっていく絵はどう見ても『女』とは形容しがたい。
私の印象は血管の拡大図・・・というか 蟻の巣の断面図ような・・・
できあがった絵は、中心のやや太めの軸からヒョロリと枝分かれした棒が伸びた絵。
『枝』というより漢方薬にでてくる植物の根や、人っぽい形に成長した根菜といった方がしっくりくる。
下半分は枝分かれした棒が大根のような形で一束にまとまり、二対の腕のように伸びた棒が地面につくくらいに長い。
他科:「・・・なんか 気持ち悪ぅ 朝鮮人参?」
他科:「これが歩いてるって、どうやって歩いてるの?」
M:「なんか、視界の端にいるんですよね 視線向けるとそこにはいないんですけど、3,4回は見たうち、全部こんな感じでした」
他科:「そんなに見たんだ!?」
M:「はい。 男子も女子も『見た』って学生はみんな「視界に女が一瞬うつった」って言うんですけど―――・・・」
他科:「―――見てる内容が違うと?」
M:「そうなんです」
幽霊(?)の目撃情報は数ヶ月前から突然B科のあるクラスの中でささやかれ始めた。
見かける場所もまちまちで【教室の隅にいた】【出入り口ドアの物陰から覗いている】【視界の端を通り過ぎた】などバラバラ。
最初は誰かの話す怖い噂にノリでのっかった学生が騒いでいるくらいにとらえていたが、助手の一人であるMさんが目撃者になったことで事態が変わる。
Mさんは幽霊の目撃情報が相次ぐクラスを受け持つ時に限って、不思議なものを見始めた。
学生達の証言する場所やシチュエーションが似通っているため「自分も同じモノを見ているのでは?」と思ったそうだ。
しかし、見た『内容』だけが全く違う。
その時、だれもが訊きたかったであろう質問を誰かがぶつけた。
他科:「・・・・・・Mさんって幽霊とか見えちゃう人なんですか?」
M:「違います」
『実は子供の頃から不思議なものが・・・』
なんて返答を期待した好奇心は、あっさりへし折られた。
Mさんが話すには、自分に霊感の類があるなんて考えたこともないそうだ。
霊の存在も怪しんでいるくらい心霊関係には縁がなかったところに今回の出来事。
正直、最初は自身の心の病を疑ったくらいらしい。
幸い(?)にして『モロに幽霊』なビジュアルではなく『枝』というシュールな見た目に恐怖は緩和されているそうだが、こう、あまりにも何回も見ていると不気味になってきたそうだ。
M:「学生達みたいに人間っぽい姿を何度も見たら今頃、泣いてますよ ・・・多分」
最近の飲み会の席で事を打ち明けられたB科の同僚達も「退職したほうがいいかも」と、までこぼして悩む可愛い弟分の姿に、さすがに面白半分の噂にはできなくなってきたのだとか。
助手の面々は、ネットのオカルト板に相談してみたり、お祓い関係の相談所(←たぶん、寺院関係)も探してみたそうだが、得られたものは信憑性の無い「ひやかし」と「料金明細案内」ばかり。
しかも、ここは噂が命の学校法人。
本当にお祓いを依頼するなら教授や学長に許可を得る必要があるため、しがない事務員が顔もろくに合わせた事が無い組織のトップにむかって「うちの学校は幽霊が出ます! お祓いを!!」なんて談判することとなる。
・・・・・・我々、ペーペー事務員にとっては、幽霊と授業を共にすることより遥かに恐ろしいことである。
第三者に助けを求めることは極めて難しい。
どうにもならない状況に重いため息をつくB科に対し『私の知り合いに霊能者が~』『信頼できる神主さんを紹介する~』なんて救いの言葉は、誰の口からもかけられなかった。
普通 ないですよ。 一般市民にそんな切り札。
気にするとかえってよくない。
塩でも撒いてみたら?
関わらないことが一番。
せいぜい こんな持ち手を見せるくらいしか出来なかった我々。
薄情な訳ではありません。
これでも精一杯の気遣いですよ。
当のB科もMさんも【話を聞いてほしかっただけ】というつもりだったらしく、その話はそれ以上の発展は見せぬままうやむやに終わった。
それからはB科の助手と顔を合わせると
「『根っこ』さん(←我々は『枝』よりこっちがしっくりきたので勝手にそう呼んでいた)は、まだ出るの?」
と尋ねることが当たり前に。
B科が答えるには、目撃経験者に訊くと依然として『女』は「いる」そうなのだが、別に何かあるわけでも、されたわけでもないらしく、いちいち騒ぐことにも飽きたから話さなくなった様子だとのこと。
一方で、相変わらずMさんも見かけてはいるそうだが、こちらも特に何か悪いことが起こったわけでもなく、学校を出れば『根っこ』を見ることはないとのこと。
思いのほか無害な『幽霊達』のことをB科の中では
【 噂以上。 存在未満。 】
として容認してしまったそうだ。
良くない「慣れ」をおこしている彼らB科と『幽霊』との共同生活は三、四ヶ月続いていたと思う。
夏も過ぎたある日、オープンキャンパスの準備で助手一同が集まる機会があった。
そこでMさんが「次の契約更新(※1年ごとの契約更新体制だった)で自分は助手を辞めます」と我々に話してきた。
退職の直接的な理由をMさんと仲の良かった他科の助手が質問すると
M:「あの幽霊なんですけど・・・原因がわかりまして。 自分が退職すればたぶん居なくなるってわかったんで・・・」
その頃にはすっかりB科の幽霊騒動は【空気化】させていた我々は逆に不思議に感じた。
他科:「別に放っておいて大丈夫だったんでしょ? なんで今頃?」
M:「ええ、まあ・・・」
他科:「・・・・・・」
M:「・・・・・・・・」
言葉をにごらせるMさんに追求の手は止んだ。
結局、その学期が終わるとMさんは大学を去っていった。
B科の残りのメンバーにそれとなく訊いてみたが、Mさんの語る【自分が居なくなれば幽霊もいなくなる】の意味については全く誰にも話さぬまま退職したそうだ。
そして実際に、幽霊とMさんの間になにかしらの関係があったことはすぐ証明された。
騒動のあった元2年クラスにおいての幽霊の目撃情報がパッタリ消えたのだ。
気になったB科は元2年クラスや、新2年クラス(同じ教室を使う子達)に確認してみたが、一人も異様な存在を見かけることは無かった。
B科はMさんに幽霊がとり憑きでもしたのかとずいぶん心配したそうだが、幸いメールのやりとりをする中でMさんは元気に過ごしていたらしい。
むしろ、Mさんの方が幽霊の目撃が絶えたことを聞いて安心していたそうだ。
その後数年経ち、私も当時の同僚の面々も大学勤務を終えて別の生活をむかえた。
退職後も、教授の退職時や年末行事、学園祭などには退職した助手も呼ばれるため、私もよく顔を出した。
ある年、私も知っている教授の定年退職会と慰労会を併せての集まりがあったため参加させてもらったところ、会場にMさんと、あの一件を知るメンバー数人が固まって呑んでいた。
久しぶりに見るMさんはいたって元気な様子。
そのままグループで盛り上がり、旧助手メンバー5人(※A科:自分含め2人 B科:Mさん含め3人)のみで居酒屋へ場所を移して飲みなおすことに。
酒の席で盛り上がるネタは当然、助手勤務時代のアレコレだが、『幽霊騒動』だけは話題にあがらないまま。
事の真相は気になるものの、退職の際にあれほど口を閉ざした件を話題には出せない遠慮を全員が感じていたのかもしれない。
M:「そういえば、あの時はご心配おかけしました」
唐突にMさんが切りだしたので我々のほうがビビった。
その他:「・・・え? 訊いていいの、それ?」
その他:「幽霊が出てMが辞めちゃったアレだよね?」
M:「はい もう大丈夫になったんで アレなんですけど、学生だったんですよ たぶんなんですけどね」
その他:「学生の幽霊!? 死んじゃった子なんていたのB科って?」
M:「いえ 生きてます。 生きてる子だったんですけど、色々事情があって・・・」
幽霊と騒がれた『その子』については詳しい名前などは伏せられたままだったが、Mさんは「話せるところまで話します」と一気に話してくれた。
『幽霊』との共存を選んだ後もB科はなんとか秘密裏にお祓いを頼める方法が無いかと探し続けていたそうだ。
探し続けた末にB科の助手がいきつけにしている飲食店でメディア関係の仕事に携わっているという男性を紹介してもらったそう。
その男性が仕事の関係で心霊関係を取り扱う際にいつもお祓いを依頼している相手先から、さらに紹介を受けて、一人の男性に相談を受けてもらえることになった。
他科:「おぉっ!! 霊能者なの!?」
M:「霊能者・・・だと、思うんですけど 普通に車関係の自営業されてる方だって聞きました。」
他科:「一般人!?」
M:「心霊関係の相談もできるみたいなんですけど、お寺さんの関係者ではないって言ってましたし・・・普段なにされてる方なのかまでは訊かなかったんです」
驚いたことに、相談場所も某・有名ファミレスだったらしい。
他科:「なんか『相談料』みたいなの取られたんでしょ? 大丈夫だったの?」
M:「親に内緒で相談してること話したら「お金は結構です」って言われちゃって・・・ かわりに、お礼の果物とお菓子送ったんですけど。 あと、お子さんがいるっていうから『おもちゃ券(ギフト券)』送りました」
他科:「・・・・・・大丈夫だったの、それ?」
M:「すごいんですよっっ!!! それがっっっ!!!!」
居酒屋のテーブルをバンバン叩きながら興奮気味に当時のことを話し始めた。
霊能者と思わしき男性との話し合いは1対1で行われ、大体の事の顛末を話し終えた後に「あの幽霊はなんなのでしょうか?」と訊ねてみた。
その男性が言うには『女』いわば生霊のようなものだったらしい。
『幽霊』の元となっている人物は、B科に在籍していた学生。
騒動が起きていた頃には半不登校状態だったそうだ。
霊能者(?)男性いわく「その学生の貴方に対する鬱屈した思いが教室に現れたのだろう…」と、説明を受けた。
実際に思い当たるフシがあった。
その子は入学当初からなにかとMさんに懐き、常にMさんにかまってもらおうと研究室にも入り浸りになっていた。
あまり恵まれた家庭状況ではなかったらしく、優しくしてくれるMさんに依存する気持ちがあったことは周囲の人間から見ていてもよくわかっていたそうだ。
Mさんは「なるほど」と思いつつ、さらに『根っ子』のことを聞いてみた
M:「なんか、自分だけ違うものが見えるんです。 なんか・・・枝みたいなヒョロヒョロしたものが・・・・・・ それも学生の生霊なのでしょうか?」
男:「ああ! 見えましたか? あ、でも「それ」は違いますよ 貴方を守ってくれてたんですよ」
M:「・・・・・・は? え?」
男:「杉とか、桜とか、藤とか、サボテンとか・・・なにかそういった強い植物が家にありませんか?」
男性の問いにハッとしたらしい。
Mさんは以前住んでいた家で、桜(正確にはサクランボの木)を大切に育てていたそうだ。
M:「サクランボの木がうちにいました! あ、でも・・・引っ越して、土地を売っちゃったので・・・・・・その・・・切られてしまったんです もう」
男:「貴方のことがとても気に入っていたんでしょうね その木が今も貴方にくっついて来ていますよ(笑) めずらしい事ですよ、すごく」
M:「守護霊・・・ってことですか?」
男:「守護霊~・・・・とは少し異なりますが、個人的に貴方のことが好きで、いまでも貴方のそばに留まっているみたいです 非常にありがたい存在なので怖がることはありませんよ」
M:「そう・・・ですか でも、なんでなのでしょう? いままで見たこと無かったんですけど 見たのも職場だけですし」
男:「生霊は正直、あまり近くにいてはよくない存在ですからね 木が貴方を守ろうとして、ついつい前に出すぎてしまったのでしょう(笑)」
大切にしていた木の存在を言い当てられ、この時点でMさんの男性を疑う気持ちは吹っ飛んだそうだ。
男性の「生霊には悪気はないので、できれば貴方のほうから距離をとってほしい」というアドバイスを素直に受け、前向きに転職の意思を決めたそう。
けれど退職理由を正直に告げることはできないので黙ったまま助手を退き、幽霊騒動の鎮静を聞いてやっと今になり本当のことを我々に話せたとのことだった。
他科:「・・・・・・・・・・・・はぁ すごいことがあったんだねぇ」
M:「本物の霊能者っているんですね! 自分、あの時は鳥肌たちましたよ!!」
興奮気味に当時の思いを語るMさんはテンションMAXの犬のようで相変わらず可愛かった。
種族を越え(?)て植物にまで可愛がられるのも納得がいく。
「筋金入りの愛され体質だ」と、酒の入った我々全員で頭をもみくちゃに撫でまわし、改めて彼の無事を全員で祝った。
後日、Mさんに頼んで例のサクランボの木を撮った思い出の画像を携帯に送ってもらった。
画面いっぱいの赤い果実がかわいい。
なんだかご利益(?)がありそうなので、毎年春には待受画面に設定して使わせてもらっている。
いまでも彼のそばには『根っこ』がウロチョロしているのだろう。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話