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中編3
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カズ

今から15年ほど前、日本がまだ総中流と言われ、今ほど経済が落ち込んでいなかった頃の話。

私はとあるハウスメーカーで営業職に就いていた。

住宅の営業は、建築士と共に測量、設計、プレゼンテーションと多岐にわたり、

時には他社との激しい競合をしなければならない。

大変精神力の要る仕事であったが、お客様の感謝の言葉に支えられ、

私は自分の仕事に自信を持っていた。

もちろん融資の手続きから地鎮祭の手配までも行うので、お客様との関係は自然と密になる。

そんな中、私はSさんというお客様に出会い、新築のお手伝いをする事になった。

Sさん夫妻は40代半ば、ありすちゃん(仮名)という4歳の娘がおり、カズという名のシーズー犬を飼っていた。

ありすちゃんはどういう訳か私にすぐに懐き、打合せに行くたびに

「おねえちゃんおねえちゃん」と言って膝の上に乗ってきた。

ありすちゃんはカズが大好きで、会うたびに「カズがね、」「きょうカズがね、」といつも話す。

そんなありすちゃんを両親は暖かい目で見ており、なんて穏やかで優しい家庭だろうと思っていた。

S家は土地を購入しての新築だったが、決して裕福という印象はない。

しかし、自己資金は充分で、今までつつましく暮らして来たであろう事が想像できる。

奥さんはいつも地味にしていたが、40を過ぎてから授かったありすちゃんを溺愛している様で、

ありすちゃんだけにはいつも可愛い服を着せていた。

色白で丸い目をして、髪をカールさせたありすちゃんは本当に可愛かった。

子供と動物が大好きな私は、S家に行くのがとても楽しかった。行く度にありすちゃんとカズと遊び、不謹慎だが遊びながら打合せをした。

カズはあまり人懐こい犬ではなかったが、ありすちゃんにはとても懐いており、黒い丸い目がどことなく似ていて微笑ましい。

S家の計画は滞ることもなく順調に進み、Sさんは私に心からの感謝の言葉を述べてくれた。

完成、引渡しが無事に迎えられる事はうれしい事だったが、

完成してしまえば、もうありすちゃんとカズにあまり会えなくなる、と思うと正直寂しかった。

完成後はアフターサービスに担当が代わり、私はまた新しい受注活動を続けなければならない。

S家が新居に移った日の夕方、私はお祝いの品を持ち、晴れやかな気持ちでS邸に向かった。

寂しいけれど自分が手がけた物件は誇らしく、それが大好きなSさんの家ともなればなおさらだ。

私は一家に笑顔で迎えられた。

ありすちゃんも自分の部屋ができた事を喜び、輝くような笑顔を見せてくれる。

その時気づいた。カズがいないのだ。鳴き声も聞こえない。

ありすちゃんにその事を聞くと、

「カズね…びょうきになっちゃって…びょういんににゅういんしてるの」

と今までとはうって変わった様子で寂しげに言う。

そんな彼女を、両親も寂しそうに見ている。そうだったのか…。

「そうかぁ、カズ早く元気になって新しいおうちに来れるといいね。」

私が言うと、ありすちゃんはいつもの笑顔を返してくれた。

ひとしきり談笑した後、そろそろ失礼を…と言いかけると奥さんが手招きする。

誰もいない廊下で奥さんは笑いながらこう言った。

「カズね、本当は病院じゃないのよ。

せっかく新しい家ができたから保健所に出しちゃったの。」

それ以来、私は二度とS家に行く事はなかった。

怖い話投稿:ホラーテラー 銀太さん  

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