―――ザク…ザク…。
いつものように野菜を切る音が耳に障る。
俺はこの音が嫌いだ。
俺は、ぼんやりと彩子の顔を思い浮かべていた。
今年の春、俺のところに配属された彩子は28歳。
飾り気はないが、笑うと八重歯が覗き、年齢以上に若く感じる。
二回り近く歳の離れたこの女に、俺は情けないことに心を奪われていた。
一部の友人にはこのことを打ち明けたのだが…案の定みんなの物笑いの種と化している。
「お前、遊ばれてるだけだぞ。」
俺だって馬鹿じゃない。
この歳で真剣に愛だの恋だの口にすること自体、確かに笑われて当然だろう。
彼女にとっては、俺なんて所詮その他大勢の一人に過ぎないことも分かっている。
―――ザク…ザク…
―――バリ…バリ…
ああ、全く耳障りな音だ。
そばで野菜を切りながら、光子(一応、俺の妻)が俺を睨んでいる。
こいつはさっきから野菜を切っては、元に戻し再び切るという奇行を、楽しそうに繰り返している。
そこに「料理する」という意思は全く感じない。
むしろ「切る」行為そのものを楽しんでいるかのようだ…。
「…あなた…。
またあの女のこと考えてたでしょ…?」
光子が言う。
鋭い女だ。
「あの女…許せない…。」
おいおい、何を言ってんだ?
光子は、何とそのまま…包丁を握りしめて飛び出して行ってしまった。
あいつ…何をする気だ?
まさか…。
「彩子っ!危ない!」
――――――――
ポカッ!
「…ぁ痛っ!
コラ!みっちゃん!
オモチャで人を叩いたらダメでしょ?!
ほら、けんちゃんとおままごとの続きしておいで?
あー、けんちゃん!
今、先生のことまた呼び捨てしたでしょー?」
怖い話投稿:ホラーテラー 海星さん
作者怖話