これは、私の母の友人であるRさんが10年前、実際に体験したという話です。
その当時、Rさんが勤めていた会社は、地下1Fにあるトイレを除いて改装工事が済んだ状態でした。
地下1Fは、主に壊れた机やイス、古いPC等といったオフィスで使われなくなった物が置いてあるだけのフロアなので、決して社員が頻繁に出入りするような場所ではありません。
そして、このフロアには二つの扉があり、一つは非常口でもう一つはトイレに繋がるものでした。
Rさんはその日、会社で発注していた新しいPCが届いたので、調子が悪く交換する予定だった古いPCを、自身もあまり出入りしたことのない地下1Fへ運ぶよう上司から指示を受けたのでした。
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地下1Fへ到着し、PCを運び終わったRさんは、部署へ戻る前にトイレへ行こうと思いました。
本当は上の階にある改装済みの綺麗なトイレに行きたかったRさん。
しかし、PCを運ぶのに使った台車をそこまで転がして行くのが面倒だったので、仕方なくこのフロアのトイレを使用することにしました。
未改装のトイレには、灰色に汚れたタイルが敷き詰められ、ガタガタで上も下もなんだかスカスカに板で仕切られた5つの和式便所がありました。
『うえ、なんかヤダ。キタナイ。』
そんなことを思いながらも真ん中の個室へ・・
個室の中へ入って改めて感じたのがその狭さで、和式トイレと前後の壁の間隔は大体15センチ程だったそうです。
Rさんの不快感は募るばかり・・
そんなに嫌なら今からでも綺麗なトイレの方へ行けばよかったのかもしれませんが、この時のRさんには何故か、“とりあえず、ここで用を足してから急いで出る”という選択肢しか頭になかったようです。
・・・しかし、それが間違いでした。
音、が
・・・
用を足している途中で、Rさんはある違和感を感じました。
『・・・?』
音?
恐る恐る、自身の股の間を見降ろしました。
そこには、華奢で、白い手がありました。
そして、Rさんのおしりの方から伸びたその手には、しっかりと紙コップが握りしめられていました。
紙コップに受け止められた小便の音。白い、手。手。紙コップ?
『・・・ひっ』
一瞬のことに頭はフリーズしてしまい、出たのは小さな悲鳴でした。
その瞬間、手はピクリと動き、Rさんが反射的に後ろを振り返ると同時に、仕切り板と床の隙間から隣の個室へと引っ込みました。
すると、次にはバターン!!と大きな音を立てて隣の扉が開き、バタバタと誰かが走り去っていったのです。
Rさんの頭の中では色々な考えが巡っていました。
“今のは何?”
“私が来た時、このフロアにもトイレにも人なんていなかったはず”
“エレベーターも、非常口の扉も音がうるさいから気付くはず”
“おばけ?”
“紙コップ、隙間を通せるように半分に切ってあった”
“おばけがそんなことするのか?足音もした”
“じゃあ、人?”
“まだ、エレベーターの音も非常口の扉の音もしてない”
“フロアにいるの?”
“怖い、怖い”
・・・
延々と浮かんでくる疑問に頭はフル回転していましたが、体は硬直して動かないまま。
Rさんのこの時の1番の気持ちとしては、おばけでも人でもかまわない、ただ今ここを出て、その“異常な行動をする何か”に逃げ場のない場所で出会ってしまうかもしれないことが怖かったようです。
どのくらい時間が経ったのか、エレベーターの開く音でRさんは我に返りました。
「おーい、Rさ〜ん?」
フロアから聞こえたのは上司の声です。
一気に安心感が込み上げ、急いでフロアへと急ぎました。
1時間以上経っても帰ってこないことを心配して様子を見に来た上司に、泣きながら今起きた出来事を伝えたそうです。
Rさんにその後のことを尋ねたところ
『それからしばらくは、会社側も不審者について大分警戒していたみたいだけど、私は結構トラウマになっちゃってね〜、昔っから和式派だったんだけどさ、今じゃ完全な洋式派(笑 』
とのことでした(^^;)
でも本当、何が目的だったんでしょうね〜・・
そして、霊だったのか生身の人間だったのか・・・うーん、謎です・・
怖い話投稿:ホラーテラー たかはしさん
作者怖話