ショッピングモールの屋上の一角は、幼児向けの小さな遊園地になっていた。
まだ娘が小さい頃、よく家族でここへ来て遊んだものだ。
娘も成長してもう10年以上来た事もなかったが、いつの間にか足を運んでいた。
今にも雨が降りそうな曇天の下、私はベンチに腰掛けて思案に繰れていた。
ミニチュア電車のコーナーでは4歳位の幼児が「まだ遊ぶぅ、まだ居たいよぉ」と駄々をこねていた。
―――――――――
私は冷凍保存される夢?を見た。それは――
余命一年、そう告げられた私の家に、コールドスリープ株式会社のアドバイザーを名乗る男が、担当医から紹介されて来た。
平たく言えば、現在治療困難な患者を冷凍保存して、将来治療の目処が立った時に目覚めさせて治療するという事だ。
私はその話に乗り気にはなれなかった。
仮に冷凍保存されている期間が何十年にもなると、私が目覚めた世界はまるで変わっているだろう。
私は『私が知る人、私を知る人』のいないかも知れない世界で、一から人間関係を築きあげて行かなければならない。
命を永らえたとしても、思い出を共有する人のいない世界で生きていくのが『生きる』とは言えないと思ったからだ。
何よりも私は、私が愛する妻と娘に会えなくなるのが嫌だった。
残された時間は短くても、最後まで精一杯妻と娘を愛したかった。
しかし、その妻と娘は大いにその話に乗り気で強く私に薦めるのだった。
二人の意見は、このまま手をこまねいていても、現在では助かる見込みは無い。あなたが助かるのなら、それに代わる物は無いのだから。
それに、もしかして三年や五年で治療方法が見つかるかも知れない。そうしたら、私達はもっと長い間一緒に居られるのだから。
何よりも二人は、私が死んでいくのを見たくは無いのだから、と言った。
私達家族が決めかねていると、アドバイザーが、それではとりあえず10年で契約しては如何ですか、と提案をした。
何回も冷凍保存したり解凍したりは出来ませんが、一度位なら大丈夫ですよ、と笑顔を見せた。
そして、こっそりと私に耳打ちをするのだった。
「当社では冷凍保存されている間、夢を見るというオプションが用意されています。オプションをご注文頂きましたら、もしご主人様が気が変わって目覚めたくなったら、その方法もありますので」
そうして私は冷凍保存されるのだった。
―――――――――
うっすらとした意識の中で私を呼ぶ声がする。
ゆっくりと目を開けると、私の知らない女性が二人で頻りに、私の名前を呼んでいた。
二人は私が目を開けた事を非常に喜びながら涙を流した。
「あなた達は誰ですか?」
私が疑問を問いかけると、二人は愕然とし、喜びを湛えていた表情に影が射した。
すぐさま医師が呼ばれた。
私は脳卒中で倒れた、と医師は説明した。
二人は私の妻と娘らしい。私は健忘症(記憶喪失)と診断された。
二人はかいがいしく私を看病してくれた。
しかし、妻と娘だと言われても、私の記憶に無い知らない女性に看病される事に違和感を感じたし、気恥ずかしくもあった。
「あなたが私達を忘れても、私達はあなたを愛しているから。きっといつかは思い出すと信じているから」
そう言って励ましてくれたが、私には却って重荷で、私は病院をふらりと脱け出しこのショッピングモールの屋上へとやって来た。
―――――――――
あちらが夢か現実か?
こちらが夢か現実か?
私が愛する妻と娘はあちらの二人か?こちらの二人か?
私はベンチから立ち上がり、手すりへ向かう。
アドバイザーはあの時こう締めくくった。
「もし目覚めたくなったら、夢の世界で死をお選び下さい。夢の世界に住めなくなったら現実の世界へ戻るしかありませんから」
手すり越しに地面を見る。
考えが逡巡する。
あちらが現実なら、ここからなら帰れそうだな。
こちらが現実なら、もう夢も見れないな。
背後で幼児の泣く声が聞こえた。
ゲームコーナーの傍らで先程の女の子が「もう帰るぅ、みーちゃんに早くこれを見せたいよぉ」と駄々をこねていた。
キャラクター物の枕を抱きしめていた。
みーちゃんは友達なのだろうか?それともペットの猫か何かなのだろうか?
いずれにしろ。
「お嬢ちゃん。すぐに会えるよ」
私は誰に言うでも無くそう呟いた。
ぽつりと頬に雨粒があたった。
怖い話投稿:ホラーテラー 銀時さん
作者怖話