小学六年生の時の話。12月のある日、突然親父がキャンプに行こうと言い出した。小学校に上がるか上がらないかの頃に離婚してから、忙しくても必ず年に一回は二人で旅行に行こうと約束し、親父はそれを守ってくれていた。
けど当時バブルが弾けて日本中が不況に喘いでいて、親父の勤めていた建設会社もかなり経営に苦しんでいたようだった。朝早くに出かけて深夜にヘトヘトになって帰ってくる親父を見ていたから、今年は旅行はいけなかったけど仕方無いなと諦めていた。
そんな時に突然のキャンプを企画されて嬉しい気持ちの反面、仕事大変なんだから無理しなくていいよ(つかこの時期にキャンプとか寒過ぎる事になるだろ)と遠慮してる風に親父には言ったんだけど、親父はお前が中学生になったら部活やらテストやら受験やらで忙しくなって今以上に親子の時間が取れなくなる。だからどうしても行く。冬は星も綺麗だぞ!と強引に車で30分程の河原に連れて行かれた。
渓流釣りなんかが出来る清流ではないし川に入って遊ぶ事も勿論出来ず(きっと凍死するだろう)今にも雨どころか雪が降りそうな曇り空で生命の鼓動を全く感じさせない冬の河原はどこか死の国とゆうか賽の河原を連想させた。
それでも親父が忙しい時間を割いて親子の時間を作ってくれたのは嬉しかったし二人でテント張ってカレー作って食べて楽しかった。美味かったよ。
カレーを食べ終えてからは特にやる事もなく、曇って星一つ見えない事だし(つか寒いから)早めにテントに入って寝袋の中に潜った。寒過ぎて中々寝付けなかったけどいつの間にか眠ってしまった。
ザッ…ザッ…ザッ…ジャリッ…
気配で目が覚める。ん?…なんだこの音?足音?
起きると同時に恐怖で体がガタガタ震えた。何かがテントの周りを歩いてる。
ザッ…ザッ…ジャリッ…ザッ…ザッ…ジャリッ…。
間違いなく何か居る。それも複数に囲まれてる。
誰かに聞いたか読んだかのキャンプの怖い話が脳裏をよぎる。これはやばい。幽霊に襲われる…逃げなきゃ。
とにかく親父を起こそうと、なるべく音がしないように寝袋から這い出ようとしたら親父が目を瞑ったまま『なんまんだぶなんまんだぶ…』と震えながら念仏を唱えていた。
駄目だ親父は俺以上に怯えている。
その時テントの周りを歩いていた足音がテントの入り口辺りで止まった。姿は見えないけど中を窺ってるみたいだ。テントの入り口はマジックテープだし入って来たらどうしよう…。
バリ…バリバリバリバリッ
マジックテープを剥がしている!?
やばい。入って来るつもりだ入って来るやばいやばいどうしようどうしよう…入り口が少しずつめくられ景色がスローモーションになり心臓がバクバク言って呼吸も上手く出来ない…もう駄目だ…親父…親父助けてくれ…と思った時に本当に親父が動いた。
親父『こぉぉぉおのぉぉぉやぁぁっっろおぉぉおおおがぁぁっっあああ!!!』
女子プロレスラーみたいなメチャクチャかん高い叫びを上げながら懐中電灯をテントの入り口目掛けて思い切り放り投げる。そのまま俺に覆い被さるように親父が俺を包み完全防御の体勢に入り念仏を唱える。なんまんだぶなんまんだぶ…仏様…仏様…この時俺も親父も泣いてた。
親父の懐中電灯アタックも念仏もむなしくバリバリっとテントの入り口は開かれた。
『痛っでぇぇ。なぁにすっだあ!!』
腹をさすりながら現れたのは中年のお巡りさんだった。河原に不審車両と不審者が居ると通報されて来たらしい。他に若いお巡りさんも二人来て居たけど涙ぐみ抱き合う親父と俺を見て苦笑いしていた。
懐中電灯をぶつけた事を親父は何度も何度も頭を下げて謝っていた。身分証を提示してホームレスでは無い事も親子心中する気も無い事も説明した後も、こんな時期にこんな場所でキャンプしたら凍死するよ?と説教された後に、
『大丈夫です!寒さには強いですから!』
とダウンジャケットとセーターを脱いでTシャツも脱ごうとした処で、いやそうゆう話じゃないから(苦笑)とお巡りさんに止められまた何度も謝り続けた親父は完全に変なテンションだったと思う。
二泊三日のキャンプを予定していたけどキャンプもバーベキューもしてはいけない河川だとお巡りさんに説教され俺達のキャンプは強制終了した。
親父は俺が高校卒業してすぐに癌で死んだ。身体中をメスで切り刻まれ余命も幾ばくかとゆう時にベッドの親父とあの時のキャンプ話をして二人で泣いて爆笑した。
最高にカッコ良くてカッコ悪い爺さんよ。やっと来年あんたに初孫を見せてやれる。もう少し待っててくれよな。
長文駄文失礼しました。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話