「おい、おっさん。」
昼間の人が少ない電車。高校生と思われるガキが話しかけてきた。さっきから俺の方をずっと見ていたガキだ。
「な、なんですか…?」
こんな高校生にもビビって敬語が出てしまう自分が情けなかった。
「次の駅で降りろよ。」
「え!?は、いや、何言って…」
電車が駅に着くや否やムリヤリホームに下ろされた。これにはさすがに私も激怒した。出社の時間が迫っているのに!
「おい!このクソガキ!何すんだ!」
「おっさん…アンタ自分で気づいてないんだろ?俺は一目見て分かったぜ。俺ん家この近くだからちょっと来いよ。」
そう言うとクソガキは私の腕を引っ張り出した。訳が分からなかったけど、何となく…着いてったほうが良い気がした…。クソガキの家は古いアパートで、誰もいないようだった。
「おまえ一人暮らししてんのか?ボロイ部屋だなー。てかおまえ学校はどうした?サボりか?いけないぞ、そんなことしちゃ。」
「大きなお世話だ。おっさんこそ会社言ってねーだろ。」
「はぁ!?お前のせいで行けなくなったんだろ!もう完全に遅刻だよ!ハッ!そうだ会社に連絡いれないと!」
「やめなよ、おっさん。無駄。無駄だから。」
「無駄って何だよ!」
「おっさん昼の電車に乗ってたけど、昼間出勤なのか?本当に今日会社あったのか?おっさんは何処に向かってたんだ?」
「は!?俺はだな…!……俺は…。」
そういや何で俺、昼間の電車なんかに…。そもそも何処に向かってたんだっけ?あれ?俺の会社名って…?
「あぁ!!テメェが変なこと言うから頭こんがらがったじゃねえか!」
「おっさんまだ分かんないの?はぁ…んなもん拾って来るんじゃなかった…。おっさん、ハッキリ言ってやるよ。」
「な、何だよ…。」
「おっさん、もう死んでるよ。」
「…………ブッ………クク……ハハハハハ!し、死んでる!?俺が!?ハハハ、そりゃぶったまげたな!ハハハハハ!」
「真面目に聞けよ。おっさんは話が通じる奴だと思ったから連れてきたんだ。何日か前におっさんが乗ってた電車の路線で飛び込み自殺があった。」
「それが俺だってか…!?バカバカしい!着いてきて損したぜ!もう帰るからな!」
「おっさん…。ほらよっ。」
「何だこれ…?」
「それ、おっさんの人生。」
「これは玉ねぎ…?」
「それ、おっさんの人生だよ。皮一枚が歳一つ。」
「剥いても剥いても中身がねぇぞ…。」
「そういうもんだ。」
「涙が止まらねぇぞ…。」
「そういうもんだ。」
「ば、馬鹿にすんな!俺の人生はこんなのじゃないっ!」
「ふーん。んじゃどんな人生なんだ?教えてくれよ。」
「俺の人生は…!」
俺の人生…。俺の人生って…何だ…?毎日毎日仕事して帰ってクソして寝る。妻からは無視され子供からは嫌われいつも家庭では一人。いや、どこにいたって一人だ。そういや人とちゃんと会話したのっていつぶりだろうな…。
「おっさん。死んでもこの世に残る奴はな、成仏できりゃいいんだが中々そうはいかないんだ。未練があるからな。多分おっさんも成仏出来ないと思う。…だから俺が簡単な方法を教えてやるよ。」
「……?」
「もっかい死ね。この世の未練を断ち切るつもりで、飛び込んでこい!」
「な、何を…」
「後はおっさん次第だ。俺が話すことはもう何もない。帰れ。」
俺はクソガキの家をとぼとぼとした足取りで去っていた。何だったんだあのガキは…。俺が死んでるだと…?そんなわけ…。俺の人生…。
気づくと俺は電車のホームに立っていた。もうすぐ電車が来ようとしてる。ここで死んだら俺は生まれ変われるのか…?クソガキの言ったように成仏出来るのだろうか…。ってオイ俺はまだ死んでない!…はず…。でも…こんな人生、同じなのかも知れない。もしクソガキの言うように俺が死んでいても、生きていたとしても、どっちにしろ今の俺は死んでいる。クソガキの言う通り、この死んだ人生の何かが変わるのなら俺は…!足に力を入れた。もう電車が来る。俺は、そのまま前に……。
気づいたら俺は膝を着いてうなだれていた。俺には出来なかった…。死を前にして、生への執着が勝った。俺はまだ死にたくない。全身がそう言っていた。そうか、思い出した。俺は何週間か前にリストラにあって…。家族にも言えず、毎日毎日、電車に乗り往復するだけの日々。そして薄らながら死を決意してたような…気がする。そんな中あのクソガキに会って…。何だよあのガキっ。嘘つきやがって。俺は生きている。
「おっさん。」
「よう。いたのか?恥ずかしいとこ見せちまったな…。でも…ありが…」
「おっさん。」
初めてクソガキの笑顔を見た
「ようこそ。」
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話