これは元々臆病者だった私が、決定的に深夜おトイレに行けなくなってしまった強烈な体験です。
中3で高校受験を控えて毎日夜遅くまで勉強をしていたある夜の事です。時刻は深夜の二時半を過ぎていました。
うぅ…オシッコしたいぃぃ;;
実は二時間程前からずっと我慢していたんですが、冒頭で述べたように私はかなりのビビりで、深夜おトイレに行く為には無いに等しい砂粒が如く勇気を振り絞り、相当な覚悟を持って臨まねばならないのです。
イスの上でもじもじ体をよじらせ、知らない振りをしたり、時にはヒッヒッフゥ~と息を整えて尿意を誤魔化して来たのですが、ついにパタパタと地団駄を踏んでしまう程の尿意が襲って来たのです。
もうダメだ…このままじゃ大量にチビる…
よ、よぉ~しトイレ行こう!
行くぞ行くぞ~!!
行っちゃうよ~!!!!
だけどおっかなひぃぃぃ;;
意を決して部屋のドアをそっと開ける。隙間から冷えて黒い空間が覗く。うぅ、ドア開けただけで怖いんだが…。
真っ暗な廊下に出て一階のトイレへ向かう為に階段の照明スイッチを入れる。
カチ。。。。ん?
カチカチ…あれ?…カチカチカチカチ…点かない Orz
もぉぉぉお…こんな時になんなん!?今点かなくていつ階段照らすん!?照明仕事せいや!?
思わずやや声を荒げて独り呟く。もしかしたらこんな時間に何やってんの~?と母辺りが呑気な声で様子を見に来てくれたりして、あわよくば、ちゃっかりトイレに同伴願おうかなと期待したけども現実は甘くないね。
ふっ、いいさ一人で行ってやる!
と、さっきよりも更にやや大きめに呟いてみたがやはり母は現れなかった。
チッ、貴重な時間を無駄にしてしまった。遊んでる場合じゃないぞ。リミットは近い。ちゃっちゃと行ってしゃっしゃと用足してしまおう。
私は暗い階段をゆっくりと踏み外さないよう確実に降りて行った。
幸い、階段を降りてすぐ先にある、玄関ドアに付いている曇りガラスの小窓から、玄関脇の屋外照明の淡いオレンジの光が差し込んでいる。
曇りガラスに濾過(ろか)され更に淡く頼りなくなったオレンジの微光が玄関周囲をアバウトに照らしてくれている。今の私にはありがたい。
着実に階段を降り進み、右足が最後の一段から離れて玄関前のフロアに到着。
する……筈だった。
ギュチュヂュヂュニュヂュヂュ
フローリングの床に着地する筈だった私の右足は、生温かくも厚みとヌメリのある何かに吸い込まれ、足裏で硬い何かを『バギンッ』と、…恐らく踏み砕いたであろう予感と感触を残して止まった。
私は右足の得体の知れない感触の正体を確認する前に見てしまった。
淡白くぼけた薄オレンジの光の中に浮かび上がった女の顔を。目をかっと見開き口を金魚のようにパクパクとさせている若いとも中年とも取れる痩せ痩けた女の顔を。
…ック…カハッ…ヒュー…カハッ…ヒュー…ヒュー…クハッ…
呻きのような衣擦れのような掠れた不快音に瞬間的に女の口に目が行く。唇は青白くまるで温かさを感じ無い。
生気の無い口から少し尖った顎へと視線は移り、スラッとした細い首迄行った所で私は息を飲んだ。
女の喉(首)の中央から胸元、下腹部にかけて見事に切り裂かれていたのだ。服も下着もない全裸。所々裂けた断面がめくれて赤黒い肉とピンク色の内臓とおぼしき物がヒクヒクと蠢いている。
私の右足は女の裂けた体、へそよりやや上の辺りに脛の半分程まで浸かっていた。先に感じた硬い感触は女の背骨を踏み砕いたのだと悟った。
ヒッ…と自然に小さく声が漏れた。全身も思考も鉛のように硬直した。今自分に起きている状況を受け止める事も瞬きする事も出来ず、私は呆けたように裂け女を見下ろしていた。
ヴァァぁああぁああぁあ゛!?…ああ゛…あ゛あ゛あ゛アァアあぁああぁあ゛!!?ぁああぁあ゛ァあ゛アぁああぁあ゛アぁ…ああぁ!?!
突如として裂け女が叫びだし、手足をバタバタと動かし始めた。それに呼応するように体が一度だけビクッと震えて現実に引き戻された。ここで私はやっと恐怖を感じ悲鳴をあげる事が出来た。
私『うぅぁあぁあああっっ!!?』
動き出すと同時に私の脳が命令したのは、先ずは裂け女の中に埋もれた右足を引き抜く事だった。まだ階段に残っていた左足に重心をかけ壁に手を付きバランスを取りながらヌメった裂け女の腹からジュグッと一気に足を引き抜いた。
裂け女『グギャアァあ゛あ゛アぁぁ!?』
痛みに顔を歪ませた(ように見えた)裂け女が悲痛の叫びを上げて更に激しくでたらめに手足をバタつかせた。狼狽えた私の隙を突くように裂け女は引き抜いたばかりの私の右足を両手で掴んだ。
私『ヒィッゃっ…やっ…離っぁ…れっろぉおぉおおおおおっおぉ!!?』
足を振って何とか振り落とそうとしたが裂け女は凄い力で足を掴んでいて離さない。がむしゃらに抵抗し、体勢が崩れた所を更に強い力で足を引っ張られ、私はその場にトスっと尻餅をついてしまった。
私『ひっ、ひぃぃっ…』
何とか立ち上がって逃げなきゃ。しかし足にも腰にもまるで力が入らない。全身ガクガクと震えるだけでまるで言うことを聞かない……腰が抜けてしまった。
私『ぅうっ…もぅっ…ふぅっ…ぐっ…いやっっだっっ…よぉうっ…』
抵抗力を失った私の足から、あれ程強く掴んで離さなかった手の力がすうっと消えて足から離れた。
私の足を自由にした後、それまで横になっていた裂け女がゆっくりと立ち上がった。
腹の裂け目から、ボトッ…ビチャビチャッッ…とピンク色の臓物が零れ落ちる。
裂け女は腰を曲げ床にぶちまけられた臓物を、さも愛おしげに手に取ると、うっとりとした恍惚の表情で私の首に腸を巻き付けた。
私『ヒッ…ひっ…ひぃぃっ……ハッ…ハファッ…ハッ…ひぃぃ…ひゃっ…ヒャッ』
裂け女は恐怖に壊れた私を眺め、満足そうに更に恍惚の極まった弛緩の無い顔でぶるぶると喜びに満ち震えている。
発狂寸前ながら、かろうじて意識のあった私の顔を、裂け女が左右ガッシリと掴み強引に顔前に引き寄せる。
裂け女が姿からは想像の出来ないあどけない少女の声で話す。
裂け女『〇〇〇〇〇〇〇〇〇♪』
キーーーンと強烈な耳鳴りのような物に襲われて意識が遠のいて行くのを感じた。私は生まれて初めて気絶した。
数時間後、同じくトイレに起きた父が倒れている私を発見した。
父に介抱され、むせび泣き嗚咽しながら裂け女の事を話したが、父も騒ぎで起きて来た母も、受験勉強で疲れてたんだろう。夢だよと信じてはくれなかった。
裂け女の撒き散らした内臓の一部なんか残っていれば信じて貰えたかもしれないけど(いや本当に残ってたら嫌だけども)残されたのは私が作った大きな湖と、溜め息をつきながら雑巾がけをする母の姿だった。
あれから五年経ちましたが、あの時の裂け女の言葉が脳裏に焼き付いて、今だに深夜おトイレには行けません。
裂け女『内臓ちょーーーだいッ♪』
終わり
怖い話投稿:ホラーテラー 丸ごとレタスさん
作者怖話