中編3
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じいちゃん

お盆が近付くと、うちら一家(父以外)には緊張が走る。

お墓参りももちろんだが、家中を掃除し、迎え火とともに帰ってくるじいちゃんを待つ。

母方の祖父なのだが、昔気質の軍人さんだ。

「お帰りなさいまし」

母の声に気付き、

ふと見るとフローリングの床に気難しい顔をした軍服姿の若い男性が正座している。

戦争中に若くして亡くなったので、ある時から私よりも年下になるのだが

続柄としては立派なじいちゃんである。

うちは5人家族なのだが6人用のテーブルを使っており、

じいちゃんが帰って来たときにはもちろん空いている席に食事を出す。

じいちゃんは食事の前で長いことお祈りをし、その間うちらは食べることができずただ待つしかない。

しかし父だけはじいちゃんの姿を見ることができないため、

一度何も考えずに食べ始めたことがあった。

・・・その後サーベルを振りかざしたじいちゃんに対し、家族4人必死で謝ったのは言うまでもない。

一人ゴリラだけがきょとんとしていた。

小さい頃はよくわからなかったのだが、とにかくじいちゃんは食事に対して厳しく

ご飯粒でも残そうものなら「全部食え」と容赦なく叱られていた。

お腹いっぱいでもう食べられないのに強要され、泣きながら食べたこともあった。

でも歴史を勉強した後は、そんなじいちゃんの気持ちもわかるようになった。

日常の所作にも厳しく、私があぐらでもかこうものなら

「女子たるもの」と延々説教されていたし、

反抗期だった兄が父に対し「誰のせいでこんなゴリラ面に」と怒鳴ったときは

家中サーベル持ったじいちゃんから追いかけ回されていた。

そんなじいちゃんだが、

仏壇の前にいるときだけはとても優しい顔になる。

幼馴染だったじいちゃんとばあちゃんはその時代には珍しく恋愛結婚で、

とても仲が良い夫婦だったらしい。

でもその結婚生活はたったの2年で、母が生まれて間もなくじいちゃんは出征し、

そのまま帰らぬ人となった。

「ばあちゃんに話しかけてんやろうな」

母はぽつりとつぶやく。

私が小さい頃に亡くなったばあちゃんは、お盆になっても帰って来ない。

いつも母の背中で優しくうちらを見守っているのを見るだけだ。

「ばあちゃんも見えたからな、生きとった時にはこの時期よう二人で話しよったよ。」

「初老のばあさんと若い男性が頬染めながら話しよってね、

なんや変な感じすんねんけどでも幸せそうやったな。」

私はばあちゃんの写真に話しかけているじいちゃんしか見たことないが、

それでもじいちゃんはいつもそのときだけは楽しそうにしている。

毎年お盆の時期に放映される戦争ドキュメントが始まると、

じいちゃんはテレビの前で正座して、当時の映像を見ながらはらはらと涙を流す。

「戦争はあかん」

そう言いながら、ただはらはらと涙を流していた。

送り火とともにじいちゃんはまた去っていく。

今では随分年上になった母を父親の顔で優しく見つめながら

敬礼と共に消えていく。

このときだけは毎年母は「今年もありがとうございました」と言いながら号泣していた。

うちらも大人になり、三人兄妹それぞれが結婚し、今は別々に暮らしている。

それでもお盆の時期だけはそれぞれの配偶者にお願いして

父と母が待つ実家に帰り、再会を喜びながら家族全員でじいちゃんが帰って来るのを待っている。

「お父さんも死んだらみっちゃんと一緒にお前らに会いに行くで!」

父は今から無駄な張り切りようを見せているが、母から冷たく

「一人で行きぃや」

と言われしょぼくれている。

そんな父に、うちら子供三人は

「そんなことよりうんと長生きしてや!」と笑ってお願いをし、

父は嬉しそうに「やっぱ家族が一番やな」とゴリラ面をくしゃくしゃにして笑っていた。

*今まで長文駄文を読んでくださいありがとうございました。一気に投稿させていただきましたが、これからはまた一読者としてホラテラ応援させていただきます。

怖い話投稿:ホラーテラー 末娘さん  

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