『ひっくり返った』
この話は、親友Tの実体験。
俄かに信じがたい話であり、常識的に考えたら不謹慎な投稿かもしれない。
ただ、聞いてほしいんだ。
何かのヒントになるのなら。
幼なじみで、親友であるT。
当時17歳の彼は高校を中退し『鳶』の仕事に就いた。
籍は入れてないが良き伴侶と出逢い、1歳になる娘もいた。
順風満帆な生活、当時の彼は幸せだった。
俗に言う親バカだったが彼のノロケ話を聞いて、私も羨ましがったのを覚えている。
荒れている彼を知っていた分、落ち着いて良かった…安心したんだ。
そんな日常の中、彼に不幸が襲った。
仕事中の転落事故。
5階建ての建築物での作業中、組み立てをしている足場からの転落。
全身をコンクリートに打ちつけられた。
救急車で搬送され、手術が行われた。
全身8箇所の骨折。
重傷であったが命をとりとめた。
しかし彼はこの事故で大事な物を失ったんだ。
事故から1ヶ月後、Tの母親から事故の知らせをもらった。
彼が大怪我をした事、入院している事、そして精神的におかしくなっている事を…
外傷から異常を起こした可能性は低く、転落時のショックからとの説明を受けた。
私はすぐに彼の入院先に行き、面会をした。
……そこには、やんちゃなTの姿は無い。
目はうつろで、私を見ていない。
問いかけにも応えず時々唸るような奇声を発する。
幾度とない面会を繰り返し、時がたつにつれ傷も癒えた。
でも彼の精神は壊れたままだった。
内縁の妻は献身的に看病をし、いつか回復する。そう信じてた。
病院から施設に移りリハビリをするも、変化もなく数年の月日がたっていた。
私自身も自分の仕事、生活に追われ見舞いに行くことも無くなった…
忘れようとしてたのか…
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日々繰り返す日常
事故から5年目の夏、携帯に電話が入る。
着信……T
通話ボタンを押し、恐る恐る「はい」と応えた。
受話器越しに懐かしい声が響く。
「お前、何してんの?最近、見舞い来ねーし!あっあれか、女が出来たか?クックック。とりあえず話ある。こっちこいな」
「う、うん」
ツーツーツー
勢いよく家を飛び出し彼のいる施設に向かった。
続きです。
扉を開けると笑顔の彼がいた。家族が揃い、彼女も両親も泣いてた。
6歳になる娘を抱きかかえ、私に「ただいまっ」って言った。
「おかえり」と泣きながら応えた。
当時に比べるとかなり痩せてしまったが、屈託のない笑顔はTそのままだった。
後日、色々な話を聞いて驚かされた。
彼は精神に異常持ってから今までの記憶を全て覚えていた。
彼女の言葉も私の言葉も。
第三者的に見ていたらしい。
ここからはTの言葉。
あのさー話を理解し返答しようとするんだけど、『奴』に邪魔されるだ。
言葉があいつを通すことによって奇声に変わってる。
動こうとしても『奴』に押さえつけられてさ…
俺はそいつに支配されてたんだ。
怖かったよ
『奴』は姿を変える。蜘蛛になったり百足になったり…俺の苦手な物になりやがる。
…自分で作り出してたのかもな。
このままだったら死んでしまいたいって何度も思ったよ。
でも娘の成長が嬉しかったし、アイツが俺の事見捨てないでいてくれたからさ。
あと、お前もな。
あの日なんだけど…俺さあ、娘を膝の上に乗せられたのね。抱きしめたくて堪らなかった。
そしたら当然『奴』が俺を雁字搦めにする。俺、もう死んでもいいって位に、泣きながら力を振り絞ったんだ。娘を抱かせろって。そしたらソイツさあ、ブリって音立ててひっくり返えってやんの。
元に戻れずに足バタバタさせてさ。
そしたら体中の血液が流れ出すの感じて…気づいたら娘、抱きしめてた。
…そして今に至る。
感覚的に言うぞ、『ひっくり返ったんだ』
精神、体、脳みそ、ぜーんぶ何もかも。
そしてTは、今も幸せに暮らしている。
このような臨床例があるのかは知らないし、調べてもいない。
Tも医者に色々聞かれたらしいが詳しく話てはいないようだ。
実際に精神病を患っている方々には不謹慎な話だと思う。
心からお詫び致します。
こんな話、信じて貰えないかもしれない。
ただ、こんな『奇跡』もあるんだと伝えたかったんだ。
オチのない話に付き合ってくれてありがとう。
怖い話投稿:ホラーテラー そらっぺさん
作者怖話