初めて一人暮らしをした時の話。
部屋は二階のボロ1Kだったが、そこの窓から見える景色が好きだった。
田舎で遮蔽物があまり無く、遠くまで見渡す事が出来た。
目の前は田畑、そして奥に小高い山があり、その手前は線路が通っていた。
夜はポツンポツンと家明かりが見え、列車の長い光の列が黒い山をバックに横切る。
僕は窓の外を眺めながら過ごす事が多かった。
初夏の夜
いつものように窓の外を眺めていた時、今までは無かった不思議な光がある事に気づいた。
小さな青白い光
それが山の中腹あたりに見える。
僕は新しい光の登場にしばしそれを観察していた。
光はチラチラと揺れているようだ。
いったい何の光だろう。
そう思い、双眼鏡を手に取った。
覗きながら光の場所を探す。
青白い明かりが見え、人影が幾つかあるような・・・
玩具みたいな双眼鏡では、その程度しかわからなかった。
お祭りでもやっているんだろうか。
そんな事を考えながら、その日はカーテンを閉めた。
次の日、光の場所に行ってみようと自転車を走らせた。
お祭りだったらまだやっているかもな
などと考えながら、山のふもとを通る道を自転車で散策した。
程なく目的の場所に続くと思われる石段が見つかった。
しかし木々の間を上がって行く階段の入り口は
「立入禁止」
と看板に手書きで大きく書かれ、鉄条網が大きく石段を囲むように木に張り巡らされて通れなくなっていた。
自転車を降りて石段を見上げるが、先に何があるかは全く見えない。
少し恐怖感が湧き出したが、階段の上にあるものをどうしても確かめたくなった。
取り囲む鉄条網を調べると、何とか通る事ができそうな場所を見つける事が出来た。
服を引っ掛けないように気をつけながらくぐり抜け、ところどころ崩れている石段を登り始めた。
下から上にあるものが見えないのも当然だった。
石段は100段以上あった。
登り切る頃には僕は肩で息をしていた。
石段を登り切った所は、半径10メートル程の広場のようになっていた。
街灯どころか電気も来ていない感じだ。
奥の方に小さい祠と石碑のような物がある。
近づいて見ると、祠も石碑も相当古いものなのかボロボロだった。
石碑には何か書いてあった形跡はあるが、とても文字を読む事は出来ない。
シャン
鈴のような音が小さく聞こえた気がして、僕は一瞬身を固まらせた。
聴覚が研ぎ澄まされる感じがしたが、もう木々のざわめきしか聞こえない。
怖くなった僕は、足早にその場を去り石段を下りた。
その日以降、不思議な光を見る事はなかった。
晩夏の夜
近くに住む友人の祐介とアパートで酒を飲んでいた。
多少酒が入った頃、あの光の事を思い出して祐介に話した。
祐介は
「それってマジ心霊現象じゃないの?。今から行ってみようぜ。」
と食いついたが、それから光が見えた事が無いと僕が言うと、少しがっかりしたようだった。
とりあえず祐介に場所を説明しようと、カーテンを開けて山のあたりを指差す。
「へぇ、あの山か・・・って光ってないか?」
祐介の言葉に僕は目を凝らした。
あの時と同じ光。
あの広場の辺りが小さく青く光っていた。
酒の勢いも手伝い、二人で懐中電灯を持って石段の場所へ自転車を走らせた。
石段の入り口に自転車を乗り捨て、前に鉄条網をくぐり抜けた場所から中に入った。
石段の下で僕と祐介は用心のため懐中電灯を消す。
月は出ていなかったが、目が慣れてくると何とか石段は見えた。
暗い中、石段を慎重に登る。
転ばない為に殆ど四つん這いに近い登り方になっていた。
半分程登ると石段の上の方がボンヤリ明るい事に気がついた。
まだ光ってる。
僕は緊張した。
横を登る祐介も緊張しているようだった。
あと20段程の所に来たとき
シャン
シャン
音が聞こえてきた。
あの時聞いた鈴のような音だ。
シャン
シャン
同じリズムで鳴り続けている。
祐介が小声で話しかけてきた。
「鈴が聞こえるよな。変な儀式でもしてるのかな?」
といってそっと笑った。
僕は鈴の音が祐介にも聞こえている事に安堵して
ホントに怪しげな儀式とかなのかも
と考えた。
上に登る度に音はハッキリと聞こえるようになった。
それと共にさっきの安堵感がドンドン消えていく。
ハッキリ聞こえてくるその音は鈴の音ではなくなっていた。
シャラ
シャラ
一番上の段から顔を半分だけ出して様子を伺った。
僕等は息を呑んだ。
ジャラ
ジャラ
祠がボンヤリと青白く光って広場を薄く照らしていた。
薄明かりに照らされているのは、10人程が石碑の周りを歩いている姿だった。
男も女もいるようだったが、一様に虚ろな表情でボロボロな服を着ている。
そして足は鎖で前後の人と繋がれていた。
歩くたびに鎖が鳴る
ジャラ
ジャラ
この奇怪な光景に僕は呆然としていた。
ジャラ
ジャラ
いきなり肩を叩かれた時、腰が抜けそうになった。
真顔の祐介がこっちを見て小声で言う。
「絶対マトモじゃない。逃げよう。」
僕は無言で頷く。
・・・と音が止んでいた。
二人とも恐る恐る石碑の方を見た。
全員が立ち止まり、ギョロリと目を見開いてこちらを見ている。
「!!!」
僕らは足元が悪いのも忘れて一目散に階段を駆け下りた。
途中、遠く上の方から激しい音がした。
ジャラジャラジャラジャララララ・・・
一気に階段を降りた僕らは、鉄条網に服を破られつつも自転車に飛び乗り、全速力でその場から逃げ出した。
部屋に逃げてきた時、祐介は興奮気味だった。
「凄いの見たんじゃないのか?俺たち!」
僕はあの鎖の音が耳から離れずに、相槌しながらも少し震えていた。
その夜は、あの正体の推測話を二人でした。
すぐに祐介が帰らなかった事で僕はかなりホッとした。
話し込んで気がつくと昼になっていた。
「そろそろ帰る。来週図書館であの場所調べてみようぜ。」
と言って祐介は近くのアパートに帰って行った。
僕は祐介が帰った後も色々考えていた。
罪人の霊とかなのか?
あの祠は?
石碑には何て?
そのうちに興奮の反動なのか、いつの間にか寝てしまっていた。
目が覚めると既に夜の10時頃だった。
窓を開けて外を眺めた。
山には光は見えない。
ちょっとホッとして遅すぎる朝飯を作って食べた。
携帯で祐介に電話してみる。
・・・・・・
かなり長いコールの後、眠そうな祐介の返事が聞こえてきた。
祐介も今まで寝ていたようだ。
祐介に今日は光が見えない事を伝え、他愛の無い話を10分くらいして電話を切った。
テレビを見ながら漠然と過ごしていると夜中の1時頃になっていた。
突然地震かと思うような激しい家鳴りがした。
慌てて立ち上がるが全く揺れていない。
しばらくすると家鳴りは止んだ。
シャン
最初は昨日の体験からの幻聴かと思った。
シャン
確かに聞こえる。
背筋に冷たいものを感じて身震いした。
シャン
嫌な汗がふき出してきたのがわかる。
音は確実にハッキリしてきている。
シャラ
シャラ
窓の下の方から聞こえてくる。
怖くてカーテンを開ける気にはならなかった。
逃げなきゃ。
でもどうやって。
シャラ
シャラ
家の前に回りこんでいるようだ。
僕は怖くてどうしていいか分からなくなっていた。
藁にもすがる思いで祐介に電話した。
祐介はすぐに出た。
僕が状況を伝えようとすると、祐介が混乱した声でまくし立てた。
「あの音が家の前でするんだよ!近づいてきている!助けてくれ!どうしたらいいのか教えてくれ!」
一瞬で理解できた。
祐介も同じ状況だ。
祐介に僕も同じ状況だと伝えると、祐介は「どうしよう、どうしよう」と繰り返した。
ジャラ
ジャラ
いつのまにか部屋の前から音がしている。
途端に僕の家のドアが激しく揺れた。
ガタガタガタガタ・・・
耳をあてている携帯からは祐介の声が聞こえてくる。
「もうドアの前から音が!ドアが!ドアが!」
僕は揺れるドアの恐怖から逃れたくて、思わず押入れの中に逃げ込んだ。
押入れの中で、声を押し殺しながら携帯に祐介の名前を呼びかける。
祐介の押し殺した声が返ってきた。
「俺も押し入れに隠れた。でも逃げ場がないよ。どうしよう。」
祐介は泣きそうな声だった。
そのうちドアが軋みながら開く音がした。
キィィー
途端に部屋の中でする鎖の音
ジャラ
ジャラ
ジャラ
僕は息を殺して押入れの奥で震えていた。
ジャラ・・・
押入れの前で鎖の音が止まった。
自分の心臓の音が押入れの外まで聞こえるくらい大きく感じる。
ズズ・・・
押入れが少しだけ開いた。
明るい室内が垣間見える。
もう覚悟を決めてヤケクソで飛び出すしかない・・・
少し開いた隙間から黒い影が覗いた。
ギョロっと見開いた目が見えた。
僕の目とその目が合った瞬間・・・
「うわぁぁぁーーーーーー!」
携帯から祐介の凄い叫び声が聞こえてきた。
僕はその声に飛び上がりそうになった。
「ちくしょーーー!○×#$%&!!!!」
携帯からは祐介の怒声が聞こえてくる。
押入れを覗いていた見開いた目が離れた。
僕は覚悟した。
祐介は恐らく僕より一瞬早く飛び出したのだろう。
僕も押入れが開いた瞬間に飛び出るしかない。
押入れの奥で身構えながら、その瞬間を待った。
自分を待ち受ける事を想像すると震えが止まらない。
ジャラ
ジャラ
ジャラ
ジャラ
シャラ
シャラ
シャラ・・・
鎖の音は部屋の外へだんだん遠ざかって行く。
「ぎぃぃーーーーーーーー!」
携帯からは祐介の声にならない悲鳴のような音が聞こえた。
その声に混じって
「ジャラジャララララ・・・!」
と激しい金属音がした。
いきなり静寂が訪れた。
携帯からは何の音もしない。
僕の部屋からも鎖の音は消えている。
恐る恐る押入れを出た。
部屋のドアは閉まっており何事も無かったようにテレビだけが音を出している。
ホッとしたのも束の間、僕は携帯に向かって祐介の名前を何度も叫んだ。
「・・・・・・」
携帯からは何の音もしなかった。
僕は泣きながら祐介の名前を呼び続けた。
「大丈夫」
いきなり平然とした祐介の声がした。
返事を返そうと思った瞬間に電話が切れた。
それから何度電話しても祐介は出なかった。
次の日学校に行くと、祐介は普通に授業を受けていた。
しかし僕が何を喋りかけても一切返事もせず、僕を避けるように教室から立ち去った。
そしてその足で校舎の屋上へ行き
飛び降りた。
この出来事から1年経った。
僕はいつものように夜の景色を眺めている。
ポツンポツンと家明かりが見え、列車の長い光の列が黒い山をバックに横切る。
そして山の祠が光っているのが見える。
あの青白い光の下に祐介はいるのだろうか・・・。
終
怖い話投稿:ホラーテラー からくりさん
作者怖話