高校3年生の春。
「春」といってもまだ3月で上着が手放せない。
私の住む地域では雪が少し残っていた。
ある日の夜、24時を過ぎたころだろうか。
友達のDから電話がきた。
『今からみんなで遊ぶんだけど、お前も来ない?』
みんなというのはいつも遊んでいるグループでD、Y、N、T、私の5人のことだ。
いつもDの家に集まって遊んでいた。
『いいよ、今から行く』と私は返事をしてDの家へと徒歩で向かった。
本来なら自転車で行くところなのだが、あいにくその日は学校に自転車を置いてきてしまっていた。
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Dの家に着くと、私以外の4人はすでに集まっていた。
お世辞にもキレイとはいえないDの部屋。
だが、小学校のころから来ているものだからなんだか落ち着いてしまう。
皆、ゲームをしたり、漫画を読んだりと、遊ぶといってもただ集まって好きなことをするだけ。
それが私たちのいつもの「遊び方」だった。
私もDの家についてすぐ漫画を読み始めたのだが、ふと時計を見るともう午前1時半。
時間を認識して初めて自分の目が疲れていたことに気づいた。
「なんかおもしろいことないのかよ〜」
違和感のある目をこすりながら私は誰ともなく言った。
すると、Yが
「俺さ、DVD借りてきたんだよね。めずらしくホラー。」
真夜中のテンションとはおそろしいもので、ビビリな私たちがノリノリでそれに賛成した。
ビビリといっても、私がいつもホラーを敬遠していたのは違う理由だったのだが。
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Yが持ってきたホラーDVDはなんだかよくありがちなもので、理不尽な理由で殺されてしまった女がこの世を恨み、次々に人を殺していく…といったストーリーだった。
頭部が血で真っ赤に染まり、苦悶の表情を浮かべたその女が着ていた白いワンピースがやけに美しかったことをやけに覚えている。
見終わると、時間は午前3時。皆そろそろ眠気が限界だった。
いつものようにDの部屋で雑魚寝。
Dは自身のベッド。YとNは窓側、Tはタンス側、私はドアに一番近い場所。
皆いつの間にか寝てしまっていた。
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携帯のバイブで目を覚ました私。
何時間経ったのだろうか。まだ外は真っ暗だった。
午前4時を示す携帯には母からの着信が10件も入っていた。
携帯のバイブが知らせていたのはこれだったのか、とため息をついた。
いつものようにうまく家を抜け出せたと思ったのに、今日は運悪くバレてしまったのかと私はそっとDの部屋を出た。
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やはり先ほどのDVDのこともあり、真っ暗な夜道は私を怖がらせた。
街灯もほとんどなく、自分の携帯の明かりだけが頼りであった。
あと少しで家に着く、と思ったときフッと私の携帯の電源がおちた。
まだ充電は残っていたはずなのに、急におちるなんてついていない。
「まじかよ、ふざけんなって…」と少しでも恐怖心をやわらげたい私は強がったような独り言をいった。
私は、幽霊やそういった類いのものが「出るのではないか」とビクビクしていたのではない。
「それ」が「出て」「ちゃんと見えてしまう」からいやだったのだ。
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携帯という自身を勇気づける武器をなくした私は、せめて前を見ないで、下だけを向いて歩くことにした。
歩きなれた道だ。家の位置ぐらい前を見ていなくてもわかる。
よし、ここを曲がれば家だ、と気が緩んだ瞬間それはやってきた。
shake
「ァあアぁあ…ねェ」
「ミえてる?」
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「あ、やばい」と思った。
声が聞こえたうえに、私の視界の左下に何かがうつりこんでいる。
真っ白なワンピースと真っ白な足。
それを見たときの自分の行動を今でも後悔している。
私はなぜか、顔を少しだけ上げてしまったのだ。
私の視界の左にうつったのは「真っ赤な何か」。
「何か」はその赤い部分を傾けて私の視界の真ん中に入ろうとしているのがなんとなくわかった。
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全身から冷や汗が出ていた。
「見えてしまう」ことはあっても「話しかけられた」ことはなかった。
息を止めて家までの道を早歩きで帰った。
走ってはいけない気がしたから。
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家の玄関には明かりがついていて、母が仁王立ちしていることがわかった。
母の怒号もなぜだかそのときの私にとっては安心材料でしかなく、気がぬけてその場で倒れ、そのまま寝てしまっていたようだった。
朝といっても昼近くに目を覚ました私は、数時間前の出来事を布団の中で思い出していた。
『真っ白い部分と真っ赤な部分…。
Yが持ってきたDVDに出てきたあの女?
いや、ちょっと待てよ。
歩道を車道の区切りをつけるための紅白のポール…?
私の身長よりも少しだけ高い、そんなポールをいつだか見たような気がする。
…うん、きっとそうだ。』
私は、自分が怖がり過ぎてDVDの女と紅白の安全ポールをリンクさせてしまったのだと笑った。
声もきっと気のせい。
サッと開けた自室のカーテンから見えたのは、紅白のポールなどひとつもない道路だった。
作者ちゃんこー