「あの〜佐々木さん?」
「いえ、違いますけど・・・」
地下鉄新宿駅西口にいる、頭の割れたサラリーマン。
いや元サラリーマンか。
毎夜毎夜飽きずに声を掛けてきやがる。
正直鬱陶しい。
しかし、あいつの為に出口を変えるのも煩わしいし、何となく負けたみたいで気に食わない。
今夜もいつも通り西側出口に向かって歩く。
いた。
割れた頭蓋から脳みそが覗いている。
その日は上司の落ち度を俺のせいにされてムシャクシャしていた。
「あの〜佐々木さん?」
「ああ、佐々木だけど何か?」
「ああ!やはり生きてらしたんですね!」
その男は嬉しそうに微笑むと、消えた。
意味が解らない。
ふと足元を見ると一匹の猫がコンクリから顔だけ出している。
「ニャー」
一声鳴くとこれまたかっ消えた。
猫の頭には大きな傷口があった。
その夜を境に、その男は俺の前に一切姿を見せなくなった。
いつもの場所に彼がいない。
「あの〜佐々木さん?」
そこを通る度に声をかけてきた男がいない。
不思議なもので、会えなくなると何故か無性に彼の事が気になり始めた。
佐々木さんって誰だ?
俺がその佐々木さんって人に似ているのだろうか?
いつか気になって、離れた場所から彼の様子を観察した事があった。
何人もの人間が彼の前を通り過ぎる。
しかし誰彼構わず声を掛けるといった風ではなかった。
それどころか彼自身が、前を通り過ぎる数多くの人間に全く気付いていないように見えた。
彼がいなくなって3年が過ぎた頃。
俺はいつもの様に駅の西口に向かって歩いていた。
ぎょっとした。
身体が半分吹っ飛んだとしか言い様のない女が立っていたのだ。
今やもう、映像の中でしか見る事の出来ないモンペ姿だった。
嫌な予感を意識する間もなかった。
「佐々木さん?佐々木さんなの?」
腹から臓物をいくつもぶら下げた女が、おかしな方向に曲がった足を少しずつ交互に出しながらゆらゆら近付いて来る。
「違います!」叫ぼうとしたが声にならない。
「佐々木さん?」
二つの眼窩から黒い汁が流れ出ているのを間近に見て俺は気を失った。
病院のベッドの上で、自分が突然倒れ、その際通路に頭を打ち付けたのだと聞かされた。
気絶する間際の「佐々木さん?」の声が脳裏によみがえる。
佐々木さん・・・
佐々木さんって一体・・・
サラリーマンとモンペ姿の女・・・
どうして同じ名字を口にするんだ?
偶然だとはとても思えない。
そう言えば・・・
どっちも大怪我をしていた。
モンペ姿の女、あれはほぼ間違いなく戦争で亡くなっている。
おそらく空襲の犠牲者だろう。
サラリーマンは?
場所が場所だけに、飛び込みだと勝手に決め付けていたが・・・
あれはスーツというよりも背広だった。ボロボロだから気付かなかったんだ。それに、今思えば異常に古臭いネクタイをしていた。今時あんなネクタイ買おうったって買えやしない。
あの場所・・・
あの場所が関係してるのか・・・
検査の結果、骨にも脳にも異常が無いという事で三日で退院の許可が出た。
病院を出たその足で俺は図書館に向かった。
俺がまず考えたのは
あの場所に昔、おそらく戦時中、佐々木という姓の家があったのではないか、という事だった。
怖い話投稿:ホラーテラー ニート参上!さん
作者怖話